「馬鹿者が・・・」
夏の無人島でははき捨てるように悪態をつく。
「ね、ねぇ・・・クロノ君は大丈夫なの?」
「寝てるだけだ」
昏睡したクロノを心配してエイミィはに聞くが
帰ってきたのは心底疲れ切った返答だった。



        小さな別荘



クロノはたまたまあるものを手に入れた。
それは今は無き古代文明の遺産であり、特に危険は無いため譲渡が許された
モノで、小さな球体に無人島が丸まる一つ入ったものだった。
魔力を込めることで中に入る事ができ、そこはバカンスには最適な別荘になっている。
最近仕事が忙しく疲れ切っていたクロノは家族を連れてそこで二日ほど休みを取ろうと考えていた。

「へえ、そんなものがあったんだねぇ」
「まあそういうことだ。フェイトもアルフも都合は大丈夫か?」
「大丈夫だよ。・・・なのは達は呼ばないの?」
「向こうは向こうで忙しいらしい。演習その他の予定がぎっしりなんだそうだ」
演習に講習、模擬戦ととにかく忙しいそうだ。
「大変だねぇ。・・・は呼ばないのかい?」
「特に呼ぶ必要も無いしな。それに今は剣術の修行中だろう?」
「それもそうだね。毎日ボロボロになって帰ってきてるし」
「いい気味だと思うけどな」
いままで散々自分を痛めつけた相手に同情もしないクロノ。
「クロノ・・・あのをあそこまでボロボロになるんだよ?
美沙斗がどれだけ強いか分からないのかい?」
「あくまで剣術においてじゃないか。何でそこまであの女性を恐れるんだ?」
「・・・この前ね、と美沙斗がルール無用でやり合ってたんだけどさ」
「・・・魔法ありでか?」
「うん。・・・・ボコボコにされてたよ? いいところまで追い詰めたらしいんだけど」
背筋が凍るような感覚がクロノを襲う。
自分が手も足も出ない相手をどうすればそんな目に合わせられるのか。
どこまで強いんだ御神の剣士!、と心の中で絶叫する。
「ま、まあその話はさておき。準備をしておこう」
「そうだね。アルフ、手伝って」
「はいよ!」


翌日
「さて、行こうか」
「うん! や〜楽しみだー!」
準備が完了し後は魔力を込めるだけのハラオウン一家。
クロノがいざ魔力を込めようとしたとき、来客を告げるチャイムが響いた。
「一体誰だ? こんな時に・・・」
「お〜い。フェイト、お前学校に宿題忘れたろ? 持ってきたぞ〜」
だった。
フェイトの忘れ物を届けに来たらしい。
「え? ・・・ああ! そういえば!」
「提出近いんだから気をつけろよ。ほいこれ」
「ありがとう。ごめんね?」
「気にするな。ところで・・・どこか行くのか?」
ハラオウン一家の格好を見て疑問に思ったが尋ねる。
「まあ、ちょっとした旅行みたいなものだ。これを使ってな」
例の球体を出すクロノ。
はそれを見て眉をひそめる。
「・・・何かそれに見覚えが。なんだっけ・・・?」
「さっさと行こう。では「ああっ! 待てクロノ使うな!」・・・へ?」
の呼びかけもむなしく遺物は発動してしまった。
・・・も巻き込みながら。

真夏の無人島。
抜けるような青空。白い砂浜。青い海。大き目のコテージ。
まさに最高のリゾートといえる光景だった。
もっとも・・・その白い砂浜にはクロノが大の字で昏倒しているが・・・
「これはな、小さな異界を玉の中に作り出して擬似的にリゾート体験をするという魔道装置でな。
異界の維持に使用者の魔力を使うんでまともにバカンスを楽しめないという欠陥があるんだ」
「何その致命的な欠陥」
「本末転倒だよね」
「クロノはその事を知らなかったのかしら・・・」
「しかも恐ろしい事に、奴らの改造品だ。回復する片っ端から魔力を吸われるんで
一人ではいると一生そこから出られなくなる。ある種のブービートラップなんだ」
の解説に、聞いていた全員が肩を落とす。
クロノはとんでもないものを掴まされていたのだ。
「でもなんでそれをクロノが・・・」
「実を言うとな・・・まだ奴らの残党が少しばかり管理局に残っていてな。
その一人がクロノに渡したんだろう。此処に来る少し前に局長から連絡があった」
怪しい行動をしているものを監査部が発見、逮捕したらしい。
「第一、この装置の事は奴らの改造品のカタログを作成した際にクロノも見ているはずだ。
気付かないクロノが悪い。しばらく放置を提案するが?」
「仕方ないね。あたしがクロノ君の事診てるから皆は遊んでおいで」
「エイミィ・・・いいの?」
いいからいいからとフェイトをなだめすかしてエイミィはクロノに膝枕をする。
なんだかとても楽しげだった・・・というか嬉しそうだった。

「あ、あの・・・。遊びに行こう?」
「あ〜すまん。脱出方法を考えにゃならんのでリンディさんと遊んでくれ」
「ふふふ。仕方が無いわフェイト。私たち親子で親睦を深めましょう?」
「アルフは食料を集めてくれ。着替えしか持って着てないみたいだしな」
「まかしといて! 美味しい肉とか獲ってくるよ!」
「あ、釣竿がある。お母さん魚釣りをしよう」
「そうね。やり方はわかるの?」
「うん。前にとヴィータに習ったから」
それぞれする事を決めた一行は荷物を持ってバラバラに行動し始めた。

さて、脱出方法を考えているだが・・・
「やはり設置型の次元移動用の陣を張る方が良いか。さて準備を・・・」
あっさり考え付いて実行に移していた。
離れた所で陣を作成しつつ、エイミィの方を見ると、二人の顔が近い・・・
(なにも意識を失ってるところでやらないでもなぁ)
そんな事をつらつらと思いながらもエイミィの想いを知っているは何も言わずに
心の中でエイミィにエールを送る。
『お手伝い致しましょうか? 我が主』
「術式の検索を頼む。だがまだまだ不安定なんだ、あまり無理はしないでくれよ」
待機状態のアムルテンから女性の声が聞こえてきた。
は苦笑いしながら指示を出す。
「お前の事は暫くは秘密のつもりだ。完全な状態になるまで我慢してくれ《アイン》」
『分かりました。ではこの術式をお使いください』
アインと呼ばれた彼女はかなりの速さで検索を終え、の命に答えた。
相当に有能な秘書のようだった。
彼女の優秀さに満足しながら作業に取り掛かる。
「・・・え〜と、出口はハラオウン家の居間で良いか」
この異界は固定出来る様なので、脱出後に改造して自分の別荘にしよう。
そんな事を考えながら、簡易のトランスポーターを敷き、術式を構築し始めていた。

アルフは鼻歌交じりに狩を行っていた。
もう充分なほどに獲物を仕留めている。
「・・・ならさばけるよねぇ。・・・まあいいか」
ちゃんと料理になるのかを危惧しながら狩を続ける。
ついでに言うとフェイトはこういうのは無理である。
魚をさばくのは出来るが動物はどうしても無理のようだった。
しばらく狩を続けていたアルフは果物の木が群生している場所にたどり着いた。
「お、おお〜。果樹園だあ〜」
かなりの数の瑞々しい果物が木に生っていた。
持ってきていた袋に次々と果物を入れていく。
大量の食材を担ぎ、アルフは意気揚々とコテージに運んでいった。

フェイトとリンディは釣りに丁度良い岩場を見つけて糸をたれていた。
二人の傍らのクーラーボックスには大小さまざまな魚が入っている。
・・・ただし全てリンディが釣ったものだった。
「う〜〜〜〜・・・・」
「・・・フェイト、目がかなり怖くなってるわよ」
「うう、つれないよぉぉぉぉぉ・・・」
フェイトはマジにへこんでいた。
対してリンディはほくほく顔だ。ビギナーズラック恐るべし。
「フェイトは魚をさばけるの?」
「はい。こういうのはリニスからさんざん教え込まれました」
「いい家庭教師だったのね・・・」
「はい。なんでも花嫁修業も・・・兼ねていた・・・らしくて・・・」
花嫁のあたりで自分の望む将来を夢想してしまい顔を真っ赤に染める。
リンディはそんなフェイトを楽しそうに眺めながらとの恋模様を想像する。
リンディの予想ではしばらくの間今の状態が続くと予想している。
なにせまだ10歳なのだ。答えを出すのはいくらなんでも早すぎる。
夢想が妄想に変わって真っ赤な顔でもじもじしているフェイトを視界の端に収めながら、
リンディは何度目かになる魚とのファイトに集中し始めた。


それぞれ楽しんできた面々が集合し、みんなで料理を始めていた。
クロノはようやく目を覚ましたが魔力がほぼ枯渇状態なのでふらふらしている。
はどこで覚えたのかアルフが獲ってきた獲物を難なくさばき、フェイトは
結局釣る事が出来なかった魚を落ち込みながらさばき、ちゃんとした食材となった
肉等をエイミィとリンディが手際よく料理していく。
アルフは気になる事があるといって外出中だ。
「なあ。事情は分かったんだがこの扱いは酷くないか?」
「お前の所為でこうなったんだから少しは我慢しろ」
現在クロノは椅子に縛り付けられている状態だ。
もっとも本当の目的は体に力が入らないためずり落ちていくクロノを固定する為だが
あえて誰も言わない。
「ただいま〜」
「あ、おかえりアルフ。何が気になっていたの?」
「ん〜。なんかヤバイのが居る様な気がしたんだけどねぇ。気のせいだったよ<、要警戒だよ>」
「ほれ、簡単なおつまみだ。腹減ってるだろ?<やっぱりか。居るとは思ってたけどな>」
何事も無く会話する二人だが、念話でが危惧し依頼した調査の報告を聞いている。
ともあれ料理が完成し、皆で舌鼓を打ちながら楽しく食事が行われた。
しかし、約一名ほど体が満足に動かずエイミィに食べさせてもらい周りからからかわれまくっていた・・・


皆が寝静まった頃、二つの影が夜空を舞っていた。
「こっちか?」
「そうだよ。まったく・・・厄介な事この上ないね」
この装置は中に入った者を出られなくするだけではないと踏んでいたはアルフに調査を依頼していた。
そして調査の結果、やはり居たのだ。強力な魔獣の類が。
二人はせっかくのバカンスを楽しんでいる彼女たちの為に秘密裏にソレを始末し、何事も無かったように
みんなの元に帰るつもりだった。
「すまないなアルフ。お前も遊んでいたかったろう?」
「構わないよ。フェイトには家族の団欒ってのを楽しんで欲しかったしね」
そして二人はその魔獣の元へとたどり着いた。
そこに居たのは・・・小さな猫、に見えるが豹型の魔獣の子供だった。
「・・・・・・・・アルフ。親は?」
「あ、あははははは。ど〜もこいつの匂いだったみたいだねぇ。ほらそこに親の死骸が」
大き目の豹の死骸が折り重なっていた。かなり老いている事から老衰によるものだと分かる。
は魔獣の仔を抱き上げ観察する。
「こいつって確か第七管理世界あたりに少数生息してる奴じゃないのか?」
「そうだね・・・確か成獣になるとAAAランクまで強くなる奴じゃなかったっけ?」
このケモノは希少価値が高く闇市でかなり高額で取引されている。
しかし絶対数が少なく絶滅危惧種だったはず・・・と二人は思い出す。
二人がどうしようか迷っていると、仔はの手にじゃれ付き餌をねだる様に甘えてくる。
「・・・害意は感じられるか?」
「いや全然。むしろあんたに懐いちまってるよ。親かなんかだと勘違いしてるんじゃない?」
「環境保護部隊に引き取ってもらうか・・・」
「それもそうだね。ウチじゃあ面倒見切れないだろうし・・・」
二人は親の魔獣を弔った後、魔獣の仔を連れコテージに帰っていった。


「に〜・・・」
「ああ・・・・」
「すっごい癒されるぅ・・・」
魔獣の仔を連れて帰ってきて一夜が明けた。
朝、がかまっていた見た目子猫の魔獣をみて目を輝かせたフェイトとエイミィ。
今は彼女達が猫じゃらしで遊んでおり、飛びつき転がる仔を見ては恍惚とした溜め息をつく。
「大丈夫なのか?」
「心配ないな。かなり強い部類だが基本的に人に好意的な種のようだ。なおかつ赤ん坊」
完全に懐き甘えまくっている魔獣を見てクロノが心配しているが持ち歩いている
端末で魔獣の種を調べ終わったが安全を保障する。
「ほれ、朝食ができたぞ。食べ終わったらすぐに外に出るからな」
「は〜い。いただきま〜す!」
「ほら、あなたもよ」
「に〜!」


問題なくハラオウン家に戻ってきた一同。
クロノは魔力回復の為に爆睡中、フェイトとエイミィはまた改めて魔獣の仔と遊んでいる。
リンディとは今回の事を伝えるために本局に報告していた。
『ああ、クロノは大丈夫なのかね?』
「御心配なく。明日には全快していますわ」
「そっちの状況は?」
『うむ、残党は駆除済みだ。奴らの改造品におあつらえ向きなものがあったのでそれを利用した』
「なら安心だな。ろくでもない用途ではあるが、事その性能にかけては一級品だ」
『奴らも自分たちが作ったものが自分たちの首を絞めるなど思いもしなかったろうな』
自業自得な状況に苦笑いをしながら会話する3人。
『保護隊の人間をそちらに派遣するのでその仔を預けてもらえないか?』
「了解しました。元からそのつもりでしたし、ではまた」
通信を終えて一息つく。
「さて、帰りますかね」
「ごめんなさいね。こんな事に巻き込んでしまって・・・」
「思慮の足りないあの阿呆に説教の一つでもしてやってください」
「分かったわ。・・・本当にいつもお世話になってるわね」
「ああ、もうそれはいつもの事ですし」
「本当はそんなじゃいけないのにね・・・情けないわね。私たちも・・・」
娘と同じ年の少年に世話になることに大人としてなかなか思うところがあるようだった。
君。恩返しというのもなんだけどウチの娘をもらってくれても良いわよ?」
「ありがたい申し出なんだけど、早すぎないですか? いや、フェイトはむしろ
好きなんだけどね。自分的に色々と複雑で・・・」
さり気に告白しているようなにリンディが満面の笑みになる。
「はやてさんかしら?」
「・・・まあそんなとこです。困った事にどっちも好きなんだよねぇ・・・」
あの戦いの時に心を通わせた為か二人とも同じぐらいに好意を抱いていた。
「いっそのこと二人共もらってしまうとか?」
悩むにとんでもない提案をするリンディ。
さすがのも硬直する。
「いや、その、まあ、魅力的な提案ではあるんだけどね・・・」
「あら残念。いい案だと思ったんだけど・・・」
しどろもどろに却下する。
さすがにそういう不義理というか反社会的なことには抵抗があるようだ。
守る為ならば犯罪ぎりぎりの手段は躊躇い無く行うのだが。
「そ、それではまた。色々とやる事があるもので・・・」
「ええ。あ、そうだわ今晩の夕食はどちらで?」
「高町家です。美沙斗さんがいるんで父さんの事とか聞きたいし」
「・・・士郎さんは?」
「あの人ほとんど家に帰らなかったらしくてあんまり詳しくないみたいで・・・」
「そう、残念ね。また今度うちでご飯を食べていってね?」
「はい、それじゃ」
は帰宅していった。ただし家は隣の部屋だが。


クロノは結局休んだ気にならず、その週の仕事は散々な結果だったそうだ。
魔獣が引き取られていくとき、フェイトはかなり残念そうだった事を追記しておこう。
あと、翌日に月村邸(通称猫屋敷)に猫のおもちゃグッズを抱えて一日中入り浸っていたそうだ。





後書き
クロノ、散々な休日の巻
どこかで見た事のある装置かもしれませんがスルーしておいてください。
アニメと同じくクロノはエイミィとくっつきますんでその辺は御容赦を。
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