そこは灼熱の地獄だった。
ただただひたすらに暑かった。
季節は夏。ある少女の提案から始まったこれ―我慢大会―に
参加者達は激しい後悔を抱えて暑さに耐え続けた。


限界への挑戦(灼熱地獄編)



それはバラエティ番組の企画だった。
それを見ていたヴィータが一度やってみたいと言い出したのだ。
渋るメンバーに必死で頼み込み、結局それは実現した。
はそのころ修行が一段落して疲れ切って家で倒れん込んでいたのだが・・・
なぜかの部屋で行われる事になり、その際に優勝者には豪華な賞品がから送られる事になった。
それと一週間がその家庭の家事をやると言う、なぜか巻き込まれただけのが一方的に損をするという
ありえない条件で我慢大会は始まった。
メンバーはなのは・フェイト・アリサ・すずか・はやて・シグナム・ヴィータ・シャマル・リイン、そして
リンディに命令されたクロノだ。
関門は三つ。三十分ごとに試練と称して様々なモノが出てくることになっている。
それを耐えて更に三十分耐え切れれば優勝だ。
果たして彼らはそれを乗り越えられるのか。

「み、水ぅ・・・」
「・・・シグナム。炎を使う貴女がらしくありませんね・・・」
早くも息も絶え絶えのシグナムにフェイトが皮肉を言うがフェイトもいっぱいいっぱいである。
「シグナム。勝ったら君が毎日おいしい料理を作ってくれるわよ」
「シグナムの好みの和食中心の料理なんやろなぁ・・・」
「ああっ! シグナムさんの顔から汗が引いていく!」
「いままでのへたれ具合が嘘みてーにビシッとしてる!」
シャマルとはやての激励にシグナムが調子を取り戻した。現金なものである。
は外で色々と準備中なのよね・・・」
くんのことだからかなり凝ったものを作ってくると思うけど・・・」
アリサとすずかはの性格と今回の立ち位置について考え、嫌な予感に冷や汗を流しながら暑さに耐えていた。

部屋の外では教護要員のアルフ・ザフィーラ・リンディが中の様子をウィンドウで覗きながら威圧的なオーラを
纏って黙々と調理にいそしむに恐怖していた。
「なあ、やばいんじゃないかい?」
「そうは言っても我々にはどうする事もできんぞ」
「不機嫌になる理由が理由ですものねぇ・・・」
我慢大会用の料理を作るといって現在カレーを調理中で台所からは思わずよだれがたれそうないい匂いが漂うが
我慢大会にふさわしく激辛になると聞いているために彼女達には恐怖しか覚えなかった。
あのが、全開で不機嫌になっているがまともなものを出すとは思わない。思えない。
その思いが三人を支配していた。
ザフィーラはから渡された取っ手の付いた小さ目の樽を速過ぎず遅すぎず回し続けるように
命令されていた。報酬は一口で己を虜にした最高級のドッグフードだ。
終わった後に説明するらしく、以外は中身を知らない。
そして目の前に用意されたこれから持っていくはずの飲み物を見る。
あっついコーヒーはむしろ当然だろう。定番といっていい。
しかしそれはリンディが作るように厳命されていた。
しかも淹れて5分は経っているのに未だに沸騰している。
コーヒーがある程度冷めた(それでも熱い)ところで部屋の中へ持っていった。

「来たか第一関門」
「熱い飲み物だね」
アリサとすずかがとうとう来たかと眼前に出されたコーヒーをにらむ。
冷めるのを待っていても部屋の温度がかなり高いため時間を掛けても無駄。
シグナムは覚悟を決めてコーヒーを一気に飲み干した。
「おお!」
「やるわねシグナム」
はやてとシャマルが賞賛の声を上げるが様子がおかしい事にフェイトが気付く。
「シグナム? どうかしたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゆ、油断した。無念・・・」
シグナムは意識を失い倒れこみ、ザフィーラが速やかに回収していった。
「油断? どういうこと?」
「フェイトちゃん・・・この底に溜まってるのって・・・」
なのはがシグナムのマグカップを覗き込みあるものを見つけてしまう。
「これって、まさか・・・」
「砂糖ですか?」
『ああそれ、メイドインリンディだから』
なのはとフェイトそしてクロノに戦慄が走る。
三人は超甘党のリンディの味覚を知っている。
以前リンディの誕生日にが作った限界まで甘さを追及したケーキを、クリームをなめただけで
失神しそうになった悪夢のような甘いケーキを自分たちは忘れない。
作った本人でさえも食べなかった代物を満面の笑みで食い、いや貪り尽くした事はいまだに脳裏に
焼きついて離れてくれない。しかも1ホール丸々食べ尽くしていた。
「いきなりこれか・・・!」
「なんてヘビィな・・・」
「みんな。覚悟を決めよう。い、逝くよ!」
フェイト、字が違う。いや正しいのか?
全員が悲壮な覚悟を決め、熱いよりも甘いことが脅威なそのコーヒーを渾身の力と精神力で飲み下し、
彼女たちはその試練を乗り越えた。
脱落者一名。残り9人。

「あれを耐え切るか・・・俺には無理だ。・・・どうしたアルフ?」
「フェ、フェイトが精神リンクを無理矢理・・・くあぁ、甘いぃぃ・・・!」
ザフィーラは悶えるアルフにどうすればいいか分からずとりあえず傍観し、リタイアしたシグナムを見る。
元々甘いものが苦手な烈火の将は、甘すぎるそれを飲み完全に意識を断ち切られている。
どれだけ甘いのかを想像しようとして、胸焼けがしたので即座に想像を打ち払い、重くなってきた取っ手に
苦労しながらの命令を忠実に守っていた。
なおリンディは自分用に淹れ直したコーヒー(激甘)を優雅に飲んでいた。

「も、もうだめですぅ・・・・」
子供サイズなリインが目を回している。
ふらふらとしていて倒れる寸前だ。
「リイン。無理したらあかんよ?」
「はい〜・・・リタイアです〜・・・・・・」
その言葉を聞いたザフィーラがリインをつれて部屋から出て行く。
脱落者一名追加。残り八人。
出てきたリインはすぐさま服を脱ぎ捨て扇風機の前へと退避した。
「い〜き〜か〜え〜る〜で〜す〜」
扇風機に向かって声を出して遊ぶリインを眺めてザフィーラは苦笑している。
「リイン。水を先に飲みな。それとそろそろご飯の時間だ」
水を持ってきたがリインに食事を持ってきた。
カレーだ。先ほどから作っていた激辛カレー。
「それを食べるですか?」
「いや、これは中の連中の分だ。自信作だぞ」
「何を持って自信作と・・・」
の言に反射的に突っ込みを入れるアルフ。
「こっちがお前たちの分だ。間違えるとひどい目に遭うぞ」
「間違えないです!」
の笑顔に不穏なものを感じたリインが敬礼しながら即答する。
リインたちは適度に辛く美味しいカレーを心行くまで堪能した。

「だ、第二関門」
「カレーか・・・!」
はやてとクロノが呻きながらそれを見る。
一目見るからにスタンダードなカレーだ。
だが、はやては分かる。それがどれだけ辛いのかを自分も料理を嗜む者として想像がつく。
数分間、彼女たちはカレーを眺め、そしてついにすずかが動いた。
スプーンを手に取り、震える手を押さえつつ一口食べる。
「? そんなに辛くない・・・?」
「そうなの? じゃあいただきまーす!」
それを皮切りに皆で一斉に食べ始める。
一口食べて、もう一口と行こうとした時、そのカレーはついに牙を剥いた。
「あ、く、き、きたきたきたきたー!!」
「ぐう、ああああああああ!!」
舌を、脳を殴りつけるかのような強烈な辛さがなのは達を襲う!
辛さを自覚すると同時に体温が上昇し、体感温度が跳ね上がる。
「じ、時間差攻撃!? なんてえげつない・・・!」
「くううぅぅ! ・・・・あ、あれ? 辛さが・・・?」
突然辛さが急に引いて行った。
口に残っているのは極上に近いうまみだ。
なのは達はおそるおそるカレーを見て、ふらふらとカレーにスプーンを入れ、一口。
再び強烈な辛さに襲われるも、後に残るうまみがなのは達を・・・獲物を逃がさない。
哀れな獲物たちは次から次へとカレーを口に運び、一言も喋る事も無く辛さに耐えながらカレーを完食した。
食べ終えた後、そこにいるのは食事に全精力を注ぎ込み力尽きかけた参加者たち。
「くっ・・・なんて狡猾な罠を・・・!」
「美味しいのに辛い。辛いのに美味しいという強烈なコンボ・・・!」
「食べる手を止められないなんて・・・!」
『罠と言うものはな、分かっていても引っかからずをえないものを言うんだよ』
が通信で皮肉を言うが誰も反応を返せなかった。
「くっ・・・もう・・・駄目だ・・・」
クロノが倒れたのを皮切りにアリサ・すずか・はやて・シャマル・なのははついに耐えられなくなった。
脱落者六名。残り二人。

部屋の外はさながら野戦病院じみた状態になっていた。
ひれ伏した少年少女達が並べられ、アルフとリンディに団扇で扇がれている。
「フェイトとヴィータの一騎討ちか」
「ああ、あのカレーで大半が脱落したからな」
まだ台所にあるであろう激辛カレーを思い浮かべて、二人は身震いした。
食べ物に・・・ちゃんとした食べられる食べ物に恐怖したのは初めてだった。
「最後の関門は何なんだい?」
「いや、俺も知らん」
先ほどの樽はが持って行ったし。
さらに時間が過ぎ、ヴィータとフェイトが何の行動も起こさずいるのを観察していた時、とうとう
最終関門の時間が来た
そうしてが台所からそれらを持って最終関門を宣言した。

『これが最終関門だ』
フェイトとヴィータは朦朧とした頭を振りつつ現れたウィンドウを見る。
そこには・・・・・・・・アイスクリームとケーキ。
リインがバニラのアイスに様々なトッピングを乗せては満面の笑みで堪能している。
「ま、まさか・・・・」
「そんな・・・!」
最後はこの誘惑を我慢できるかだった。
「あ、アイス・・・アタシの大好きなバニラがぁ・・・・!」
「ヴィータ! だめだよ! 誘惑に負け・・・ちゃ・・・」
ウィンドウの中にはかつてが管理局入局祝いに作ってくれたフェイトの理想を実現した
ケーキの数々と、それを貪るアルフの姿が。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「これはアタシんだ! よこせリイン!」
「まだまだあるですよヴィータちゃん!」
「アルフ・・・? そのケーキが何か分かってるよね?」
「ご、ごめんよフェイト。がやれっていうから・・・」
「全員リタイア。勝者無し・・・と」
結局、フェイトとヴィータは同時に部屋から出てきていた。
「むしろ勝者はお前だろう」
「そうかも知れんが・・・賞品なんざいらんしなあ」
部屋を見渡し、その惨状を眺める。
「まあ、これに懲りたら勝手に人の部屋を会場にしたりとか勝手に人を賞品にしたりとかは
控えるように。またやったら同じ目にあわせるぞ」
「「「「は〜〜〜〜い」」」」
何とか意識を保っている者だけが返事をしていた。
「ところで。あのアイスはいつ作ったんだ?」
「お前に渡した樽の中身があれだ。なかなかいい出来だったぞ」
「そうか・・・あの樽はアイスクリーム製造機だったのか」
ああいう形ではあっても自分でも何かを作れることにちょっとした感慨を覚えながら
今度何か作ってみようとザフィーラは思う。
ザフィーラは、満面の笑みで自分の作ったアイスを食べる同僚と主に今までに得た事の無い
喜びを感じ、物を作る喜びに目覚め始めた。
きっと将来厨房に立つこともあるのだろう。
男が料理に嵌ると異様に凝るのである。

とりあえずが勝者であると会合一致で決まり、修行や研究で時間が無いの身の回りの世話を
持ち回りでやる事が決定した。一番張り切っているのはもちろんあの二人だ。
こうして突発的に開催された我慢大会は終わりを告げた。


余談ではあるが、シグナムは三日間眠り続け、起きた時にはコーヒー恐怖症になっていた事を付け加えておく。
あと、あのカレーに嵌った一部の参加者が時々の元に押しかけるようになったそうな。



後書き
我慢大会のはなし。
まあ我慢大会というより主人公の憂さ晴らしに近いものがありますが・・・
リインはどうも大きさを変えられるようなので普段は子供サイズ、仕事中は人形サイズで生活しているという
ことになっています。
主人公に甘えるときは基本的に子供サイズでよく抱きついたりしています。
父親に甘える娘か兄に甘える妹にしか見えないので、はやてやフェイトは微笑ましく見守っているようです。
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