鬼IN恋姫†無双

魏での風景 帝と妻たち

 不破が皇帝として即位して早一ヶ月。
 茫然自失状態でと結婚した桂花が正気に戻ってから四日目の朝。
 桂花は寝起きの朦朧とした頭で自分を包み込む温もりを堪能していた。
「・・・なんだかんだで嫌じゃないのよね」
 昨夜は激しかった。
 ようやく慣れた桂花が自分から積極的に迫って、双方満足するまで色々やっていたのである。
 結婚した事で何か吹っ切れたらしい桂花はデレた。思う存分に甘えている。ただし二人っきりの時だけ。
 まだ側室は迎えておらず、新たに建設された宮殿に務めるのは皇帝の親衛隊である禁軍と、侍女として務める女官達。
 完全な意味での住人はまだ皇帝と皇后の二人と、住み込みで働いている侍女長の詠とその補佐の月。平ではあるが大喬小喬
姉妹。そして親衛隊長の恋とその副長のねね。今暮らしているのは主にこの面子だけである。
「そろそろ他国からも側室を迎えさせる話が出るわね・・・」
 桂花の心中は複雑だった。
 桂花は表向きを嫌っているが、本心ではそうではない。
 何せある二点以外では嫌う要素がまるでないのだ。その上料理も上手くいろいろな方面で優秀である。それを加味すると
への好感度がどう足掻いても+方向に向くのである。自身が愛されていると言う自覚もあるので嫌うに嫌えないというの
もある。華琳が居ないのが残念だが、現在を独占できているこの現状は彼女にとって喜ばしかった。
 そこに別の女が来る。どちらかと言うとを独占したい桂花にすれば良い事ではない。
「まあ、仕方ないわよね。皇帝が政治的に縛られてしまうのはどうにもならないんだし・・・」
 その一言で彼女はいろんな不満を飲み込んだ。
 桂花は自分を抱きしめて眠る夫を眺めて、完全に寝ているのを確認してから、そっとの唇に自身のそれを重ねた。


 蜀の王宮の会議室。
 そこでは幹部たち全員が集まり皇帝の側室に誰を出すのかを協議していた。
「と言うわけで、私は白蓮ちゃんを推すんだけど」
「そうですね。私もそれが良いと思います」
 劉玄徳の言葉に諸葛亮が頷いた。
 現在の蜀には余裕が無い。そもそも幹部で書類仕事が出来る人間が少ないのだ。
 そして何より頭脳となれる人間が二人しか居ないという弱点が存在する。
 だから、嫁に出すのは政務にあまり響かない相手が良いとの判断だった。
 そこで白羽の矢が立ったのは公孫賛だったのである。
「・・・まあ、いいんだけどさ」
 彼女は不貞腐れたように呟く。いくら皇帝の側室になれるとはいえ、こうも【いらない子】宣言されるとどうにも気に食わ
ない。かつては彼女の方が上に立っていたのも相まってあまり良い気分にはならないのである。その所為でちょっと微妙な立場
になっていたりもする。桃香と同門で仲が良いから受け入れられているが、政治的にはここに居るのはまずかったりする。
 ちなみに嫁に行く事自体は嫌ではない。そもそも自由に恋愛するなんて概念はこの時代にはほとんど無いのである。
 農村部なら早くにどこか近くの村の男に嫁いで働き手となる子供を多く産むのが一般的で、豪族や貴族になると良い血筋の家
に嫁いで行くのが一般的なのだ。だから公孫賛自身もその事に嫌は無い。それが当たり前なのだから。
「でも、曹操さんから朱里ちゃんか雛里ちゃんを寄越せって手紙が来てなかった?」
「・・・私たちのどちらかが欠けると政務が回らなくなるんですよね。その分負担が桃香様に」
「うん! 大却下!」
 この判断ははっきり言って死亡フラグ以外の何者でもないことに桃香は気づいていない。
 何せこの大陸を統べる実質的な最高権力者の【命令】を拒否したのだから。

 会議が終わった後、朱里の元に手紙が届いていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はうっ」
 意識が飛びそうになったが何とか踏みとどまる。
 からだった。
 いい加減に時間を作れと言う督促状だった。実はアレ以来朱里と雛里は政務が忙しいなどといって逃げ回っていたのだ。
「・・・とうとうこの時が来ちゃったよ」
 いい加減諦めて楽になろうかと思ったが、思い出してしまった。
 実はアレからも執筆活動は終わってはいない。むしろの恐怖から逃れるために集中してしまい、新刊を二冊も出してしま
っていた。おそらくはそれを知ったのだと確信した朱里は、首を刎ねられる覚悟をした。皇帝を題材にするとか無礼にも程
がある。
「・・・もしかして、私が選ばれたのってこの事に対する報復なんじゃあ・・・」
 いまさら気付いた朱里は顔色が土気色になっていく。明らかに死相が浮かんでいる。
「しゅ、朱里ちゃん・・・」
「雛里ちゃん・・・」
 呆然としていた朱里の元へ雛里がやってきた。その手には朱里と同じように手紙がある。
 それだけで全てを察した朱里は、涙目の雛里を抱きしめようとして、
「朱里ちゃんを側室に迎えるから、私は朱里ちゃんの分も頑張るようにって・・・・」
「雛里ちゃんは無罪放免ですかああああああああっ!?」
 驚愕の事態に思わず天に向かって叫び声を上げた。
 雛里は別に無罪ではない。ほぼ二人でこなしてきた蜀の政務を一人でやれと言われているのだ。過労死しろと言われているよ
うなものである。

 その頃の皇居。
「なんで孔明なの?」
「お前も見ただろ、アレ」
「・・・そうだったわね。なんか凄くおぞましかったわ。で? 何番目に迎えるの?」
「俺は本人たちが幸せなのなら気にしないが、自分が題材にされるのは嫌悪しか覚えん。・・・予想は付くだろ」
「ああ、四番目なのね。軽いいじめよね」
「それに蜀から牙をもいでおく必要もあるからな。諸葛亮と言う天才軍師をこちらの手中に収めておけば奴らも迂闊に動けな
いだろうし、動いても怖くは無い。状況が状況なんで何かやらかす可能性が捨てきれんからな」
「あの子が居ない蜀か・・・ただの理想主義集団ね。相手にもならないわ」
「だろ? だから我慢してくれ」
「多めに相手をしてね?」
「言われずともな。正妻をほったらかすわけにもいかんし、ほったらかすつもりも無い」
 皇居の中庭で肩を寄せ合いながらいちゃつく二人を見て、人って変わるものだなあ、と銀髪で褐色肌、胸が異様に大きい
妙齢の美女は松葉杖をつき不自由な足を庇いながら手酌酒を呷りつつそう思った。


 呉の王宮。
 その会議室では喧々諤々の大論争が勃発していた。
「ぜっっったいに嫌っ!」
「小蓮様! 仕方が無いでしょう! 立場上貴女が行くべきなのですから!」
「祭を殺した奴のところにお嫁に行くなんて絶対にイヤ!」
 孫尚香は側室になる事を全力で嫌がっていた。事情は彼女が言ったとおり。
 黄蓋は呉の将たちにとって師であり、母親的存在でもあった。その彼女は赤壁の戦いでに策を見破られて
討ち取られている。
「そう・・・なら、私が王位を蓮華に譲ってから行ったほうが良いかしら」
「雪蓮様・・・」
 政治的な駆け引き上、呉の王族から出さねばならないのは自明の理。だから末妹を嫁に出そうと思ったのだが、その妹が
ここまで嫌がるならそうしなければならないと皆が思ったところで、冥琳が待ったをかけた。
「冥琳?」
「実はな、以前不破殿から天の国では次の代表者は誰が良いかなどを前もって調査したりしたという事を聞いたのだ。そこで
呉の豪族たちに王位に関して調査してみた事があるのだ」
「・・・それで、結果は?」
 雪蓮の先を求める言葉に、冥琳は大きくため息をついた。
「雪蓮が怪我や病気をしたわけでもないし、自分たちが忠誠を誓っているのは孫伯符だ。まだ孫仲謀に王位は早い、というのが
彼らの総意だった。今ここで王位を蓮華様に譲ったら呉が真っ二つに割れかねん」
 それは蓮華が王位に就くのは不服とする言葉だった。蓮華とその忠臣である思春は絶句している。
「蓮華様の何が不服だというのですか」
「実績だな。それなりに働いているが、政務はほぼ私と穏が、対外的に外交で動いているのは雪蓮だ。どちらも頑張っておられる
が彼らの満足するような成果を出していないのが現状だしな」
「・・・・・・・・・・・」
 押し黙った蓮華を気遣う思春だが、言葉が出ない。次期王として育てられてきたが、こんな事態は想定外だ。
「ねえ、側室の件はどうするの?」
「・・・私が行こう」
「蓮華様!?」
 自分が側室に行くという蓮華に周りの者が驚愕する。思春だけは何も言わないが。
「王になる事を否定されたのであれば私がここに居ても仕方が無い。その方が余計な波風は立たないし、孫家に天の血を
取りこめる。悪い事ではないだろう?」
「しかし・・・」
「それに、姉様の支持がそんなに高いのなら無理に王位の譲渡はしないほうが良いだろう。せっかく平和になったのに
その所為で国が荒れるのは御免だ」
 まるで自分が人身御供になるかの様な物言いだが、あながち外れでもない。
 それに、嫌がる妹を無理に嫁に行かせたくもない。
「ねえお姉ちゃん。それって、シャオのため?」
「・・・私のためよ。王になるのを否定された以上、将来何をして良いのか分からないのよ。今まで呉を継ぐものとばか
り思っていたから。それに・・・」
「それに?」
「不破殿、いえ、皇帝陛下の事は嫌いではないわ。実際に会って話したけど結構気さくな人で、人となりも好ましいものだった」
「はい。私も特に嫌悪感を覚えるような人物ではありませんでした」
「思春まで・・・」
 かつて会った彼はこの二人にとっては好ましい人物だった。・・・いろんな意味で。
 だから、蓮華自身は彼の元に嫁に行く事はイヤだとは思わない。そして思春も、主が嫁ぐ事を止めはしない。
「だから私が行きます。姉様。良いですね?」
「・・・ふう。仕方ないわね。冥琳」
「はい。こちらから不破殿のところに文を送りましょう」
「よろしくお願いするわ。じゃあ私は嫁入りの準備をするわね」
 蓮華はそういって自分の部屋に戻る。心なしかウキウキしている。
 そして、思春も立ち上がった。
「思春?」
「・・・私が忠誠を誓っているのは蓮華様です。その蓮華様が行くのでしたら、私も行きます。使用人としてでも私は一向に構
いません」
 冷たくそう言い放った思春に、呉の幹部たちは何も言えずにただ押し黙った。
「では、私も準備をしますので。ああ、そうそう」
「どうした?」
「雪蓮様のお見合いをする必要があります。雪蓮様の御子が呉を継ぐならば彼らも文句は無いでしょうから。ではこれで」
 最後に爆弾を投げ込んだ思春はさっさと出て行き、雪蓮は・・・
「・・・冥琳」
「・・・なんだ?」
「確かさ、モノが生える蜂蜜があるって噂を聞かなかった?」
「・・・おまえ、まさか」
「冥琳! 私の子を産んで頂戴!」
「ちょっ! 待て! そっちなのか!?」
「当たり前でしょう! 明命! すぐに探しなさい!」
「は、はいっ! 失礼します!」
「ま、待て明命! 探す必要など」
「ふふふふふふ・・・逃がさないわよ冥琳♪」
「イヤアアアアっ! 犯されるううううううっ!!」
 突如展開された百合な空間に、幹部たちはこそこそと逃げ出したらしい。


 その頃、皇居の程近くにある皇帝直轄の実験農場にて。
「予想外な事態が勃発したような気がする」
「・・・・・・・・?」
「気にするな恋。なんかそんな気がしただけだ」
 農場にある牧場でしっかり牧羊犬をやっているセキトを眺めると恋がそんなやり取りをしていた。
 皇帝の仕事は実はそんなに無い。政治はそれぞれの国の王がやっているし直轄領も無い以上出来る事など高が知れている。
 普通ならそこで遊んで暮らそうとするのかもしれないが、は権力を利用して農業技術の向上を画策していた。
 村を一つ丸々買い取り、村人たちに自分の知る技術を教え、農業研究を行っているのだ。
 ようやく形になったので視察に来ているのだった。恋は護衛であり、恋の家族の動物たちはここの牧場で世話されているの
である。
「ご主人様・・・ありがとう・・・」
「ん?」
「ご主人様のおかげで、みんなげんき」
「そうか」
 恋の視線の先には元気に遊ぶ動物たち。一部は労働力にもなっているため丁寧に面倒を見てもらえているのだ。
「それに、ご飯おいしい」
「お前にはそれが大きいか」
「うん」
 即答する恋には苦笑する。が視線を向けるのは畑の一角。西方、インドから流れてきた数々の香辛料。
「今度カレーでも作るか」
「かれー?」
「俺の故郷の国民食だ。美味いぞ」
「楽しみ」
 相変わらず表情が乏しいが、そこはかとなく嬉しそうな雰囲気を発しているのを見て、は恋の頭を撫でる。
 頭を撫でられた恋は嬉しそうに目を細めてに寄り添っていた。


 それぞれの国で側室候補が決まった頃、華琳の部屋には来客があった。
「いいの? 結婚しちゃってるけど」
「80年もすれば死に別れるのは分かっているしな。それに、いまさら他に女が出来る事はもうどうとも思わないさ。
 それほど魅力的な男だよアレは」
「そうね。永遠の時を生きるあなたたちにしてみればたかが数十年はどうともないのかしらね」
も跡取りができたら適当な理由で後を任せて帰るといっていたしな。心配はしていないよ」
「・・・貴女は良い女ね、チンク」
「君もな、華琳」
 華琳の部屋に居るのはの最初の恋人にして本当の意味での本妻である銀髪金眼の少女、チンクだった。
 行き来が可能になったので彼女は時折こうして遊びに来ている。
「でも良くそんなに余裕が持てるわね?」
「ふふ、自分が愛されているという絶対的な確信と信頼があるからな。それに・・・」
 チンクは自分の腹部に手を添える。華琳はそれだけで何かを察した。
「いるのね」
「ああ。との愛の結晶がここにな。もっとも、にとって初めてというわけではないが・・・」
「あら、そうなの?」
「ああ。の幼馴染みが酒に酔って意識が朦朧としているを襲ってな・・・見事に妊娠した」
「・・・複雑ね」
「ちなみにには彼女に対して愛情は持っていない。あくまで手のかかる幼馴染みだった」
 今でもアレは腹が立つ。自分の男を横から掻っ攫おうとしているように見えるのだ。本人的に。
 自分が認めた相手であるならと情を通じる事を認めるチンクだが、彼女だけは認める気にはなれなかった。
「それに、私たちは訪れた世界や国の風習には沿うようにしているからな。皇帝になった以上跡取りを作るのは当然なんで
【この世界での】正室や側室は特に気にしないよ」
「私がと子供を作っても?」
「ああ。むしろ祝福するよ。・・・ある意味姉妹だしな」
「下世話な表現をすればね。でも、貴女の様な姉が居るなら心強いわ」
 それは揶揄するでもない本心だった。なんと言うか、チンクとの時間はとても安らぐのだ。年の離れた姉に温かく見守られて
いる気分になるのである。
「さてと、私は妹たちが心配なのでそろそろお暇するよ」
「あら、泊まっていけば良いのに。まだまだ話がしたいわ」
「ヴィータやティアナに羨ましがられるのでね。あの二人も君の事を気に入っている。また今度私たちの居る世界に遊びにく
ると良い」
「ええ。またお世話になるわ。妊娠したら仕事も休みになるから、その時はお願いね?」
「ああ。その時を楽しみにしているよ」
 チンクはここに来るために乗ってきた次元航行艦に連絡を取り、その船のAIに転送するよう命令する。
 チンクの足元に魔法陣が現れ、光とともに彼女は消えた。
「またね、姉さん・・・」
 華琳は少し寂しそうに、その小柄な体からは想像出来ない包容力を持つ、密かに姉と慕う彼女を見送ったのだった。


 その後、皇帝に数人の側室が迎えられた。
 妙に顔色の悪いビクビクと怯える天才軍師と、それを心配する白馬長史が蜀から。
 普段の格好とは違う、どこかのお姫様のようなというか実際姫なのだが、気合を入れてめかしこんだ褐色肌の少女が
メイド服に身を包んだ元猛将を控えさせて呉から。
 そして、魏の王と軍師たちが。
「いまさら思うんだが、魏の政務は大丈夫なのか?」
「問題ないわ。ここで仕事をするから」
「側室になったといえど、遊びほうけるつもりはありません。風も分かってますね?」
「ぐぅ・・・」
「「「寝るなっ!」」」
「おおっ! 三人一緒に突っ込まれるとは。風も退屈なんでお仕事はしますよ」
 そういうことなんで問題無いらしい。
「わ、私たちもお手伝いするほうが良いんでしょうか・・・」
「まあ怠惰に暮らすのもなあ。陛下。何か仕事はあるのですか?」
「問題無い。しっかり働いてもらうので覚悟するように」
「私たちもですか?」
「思春には侍女の中で武の才がある子が居れば鍛えてもらいたい。普段の仕事もしつつな」
「武装侍女ですか・・・」
 思春はその有効性を考える。普段掃除などをしている侍女たちが同時に見回りを行って、侵入した賊が人質に取ろう
としても相手は一角の実力者・・・しかも侍女なので城内の何処にいてもおかしくない上に身の回りの世話と護衛を同時
にこなせる。
「有効的ですね」
「だろう? だから頼んだぞ」
「御意」
 早速仕事を与えられた思春を見て、蓮華も何か仕事を貰えるのかと期待する。
 彼女も怠惰に生活する気は無いらしい。
「私は?」
「俺もそれなりに仕事をしているんでその補佐だ」
「分かりました陛下」
「そうそう、身内だけならいつも通りで良いぞ。なにせ一応夫婦なのだし」
「ええ。分かったわ」
 蓮華は嬉しそうに微笑んで、他の者と友好を深めるべく積極的に会話に参加しに行った。

 皇居にて魏・呉・蜀の将帥が揃っての宴席が設けられた。
 は歓談する皆から少し離れて酒を呷る。大して強くは無い酒なので多少飲んでも問題ない。
「陛下。お傍に居なくともよろしいのですか?」
「詠か。身内しか居ないんだから普段通りで良いさ。客が居るなら相応の態度は取ってもらうが」
「わかったわ。・・・いいの?」
 此度の宴席、盛大にやった正室の結婚式とは違い身内だけのささやかな物だ。
 ここに居るのは基本的に顔見知りしかいないので多少言葉を崩しても問題ない。
「あの子らの間でも仲良くして欲しいしな。特に朱里は立場がな」
「ああ・・・またどぎついのを二冊も出してたからね・・・」
「とりあえず俺が普通に女の子が好きだというのはあの子の体に実地で教え込むとして」
「・・・それもどうかと」
「それ以外にどうしろと。ついでに言うとお前さんと月が持ってるであろうその本は没収後に焼却するとしてだ」
「うう・・・」
 実は月と共用なのだがそれは本人達だけの秘密。
 肩を落とす詠を白い目で見ていたは、かすかに目を細めて恋に視線を向けた。
 何かを察した恋が小走りでの元にやってくる。
「すまないが掃除を頼む」
「うん」
 ただそれだけ。その一言だけで理解した恋は宴席を抜け出し、外へと向かった。愛用の戟を持って。
「そういえば、先帝はどうしたの?」
「先帝劉協はまだ幼い。俺が庇護下においているが、あの子を祭り上げてどうにかしようとする奴が現れかねんし、
俺が傀儡にならないからと刺客を送って暗殺して、その後にあの子を立てるつもりの宦官もいるかも知れん」
「・・・ありうるわね」
 詠は宴席の中、立食形式のパーティーのその中に見慣れぬ幼い女の子がいるのを見て、それが誰かを理解する。
 無邪気に食事を楽しんでいるのを見てに懐いているのだと言う事も同時に理解した。
「だがまあ無駄なことだ。ここには恋がいる」
「そりゃあそうだけど。そもそも宦官って華琳が一掃したんでしょ?」
「何人かは生き残っているようだな。下卑た面で俺に擦り寄ってきた奴は華琳が悉く首を刎ねていたが」
 その中に司馬仲達の名前もあったりしたが、は見てみぬ振りをした。
 色々と悪名高いし、華琳にとっても都合が悪かっただろうし。
「今の朝廷は俺が中心で動かしている。もっとも、三国がそれぞれ政治を動かしている以上俺のすることはほぼ無いが」
「まあねえ、朝廷に力なんて殆ど無いんだし」
「華琳も漢臣とはいえ言う事を聞く気なんぞ端からないしな。事実上この国の最高権力者は華琳だ」
「あんた一応皇帝でしょ?」
「どの道朝廷に力が無い。華琳が側室になる事で少々違いは出るがな。だがそれは次の世代からだ」
「・・・そういうこと」
 天の血を継いだ覇王の子。それがどれほどの意味を持つかは想像に難くは無い。
 のやる事は次代への土台作りなのだ。


 だがまあ未来の事はひとまず置いておいて。
「ほら桂花。あ〜ん」
「あ、あんた何考えて・・・」
「あら楽しそう。はい桂花。あ〜ん」
「か、華琳様まで〜!!」
 今ある素材で再現したケーキをフォークに刺して食べさせようとしていると華琳に、桂花は羞恥で顔を真っ赤に
して嫌がる。こういうのは彼女の性格的に許容できないのだ。人前でさえなければOKだが。
「じゃあ稟。あ〜ん」
「えっ!? わ、わたしが・・・!? あ、あ〜むぐ。・・・美味しい・・・」
「はい次、朱里。逝ってみようか。あ〜ん」
「な、何か違う気がしますぅ〜!!!」
 がフォークを刺して持ち上げたそれは、嫌な感じに変色したクリームのケーキ。
「む? それは私が作った奴では?」
「ええっ!? 愛紗さん助けてー!」
「いや、駄目でしょうそれは」
 春蘭作のソレに対し愛紗に助けを求めるが、朱里の視線の先には同じく変色したクッキーを手に鈴々たちに食べさせよう
として全速力で逃げられている愛紗の姿。
「さ、あ〜ん」
 ソレはソレは良いエガオで朱里を追い詰めるは、普通に鬼だった。




あとがき

各国から側室がきました。
そして色々と可哀相な朱里ですが、まあ自業自得ですので。

実権が華琳にあるために政治系の仕事なんてほぼありません。
だからやる事は基本的に研究とその成果を民に与えるだけです。







おまけ

「・・・・・・・・・えっ!?」
「ば、ばかな・・・」
「なぜ貴女がここに・・・・・・」
「「「「「「祭(殿)!!!!!!」」」」」」
「久しいのう、皆の衆」
 呉の人間が集まって談笑している中、侍女に車椅子(医療用にが開発)を押されながら出てきた祭こと黄蓋に呉の人間が
名前を叫んだ後絶句する。
 死んだはずの彼女がここにいる事が信じられなかった。
「さ、祭! 貴女なんで!」
「生きておるか、か?」
「そうです。なぜ知らせてくれなかったのです?」
「そういうな。わしもつい最近までずっと昏睡状態じゃったんじゃ」
 実は祭は赤壁の戦いで秋蘭に胸を射抜かれた後、が回収していたのだ。は丁重に弔うために彼女を回収したのだが、
なんと彼女はかろうじて命をつないでいた。
 そして、神医と名高い華佗と、外科手術が可能であり効果の高い霊薬を作る事が出来るがタッグを組んで治療を開始。
 外傷をが霊薬で癒し、半ば死んでいた気脈を華佗が針治療で癒し、がとどめに己の気を大量に送り込んで
生命を繋ぎきったのである。もう少し処置が遅れれば本当に死んでいたのだ。もっとも、その後遺症で足が不自由になってし
まったが。
「あの人・・・祭を助けてくれてたんだ・・・」
「小蓮様・・・」
 小蓮は宴席の中で桂花に再現したケーキをあーんさせているを見た。顔を真っ赤にしつつそれに応じる桂花を華琳と二人
で愛でているがふと小蓮と視線を合わせて、微苦笑を浮かべた。
「・・・・はやまったかも」
「小蓮?」
「なんでもないよーっだ」
 蓮華を若干恨みがましく睨んでから、ちょっと頬を赤く染めた小蓮は手近なケーキを乱暴に口に入れる。そのケーキの甘さ
にすぐ笑顔になったが、蓮華に対する視線は変わらない。
 小蓮がもう一度の方を見ると、ビクビクと怯える朱里にとてもとてもにこやかに笑い掛けていた。
「ねえ、なんで朱里ってばあんなに怯えてるの?」
「えうっ!? さ、さあなんででしょう・・・・」
 その光景の意味が分からない小蓮は近くにいた給仕で忙しそうな月に聞いたのだが、顔を真っ赤にしつつ苦笑いで誤魔化さ
れてしまうのだった。

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