それは昔あった事。
 手を差し伸べる幼い少年と戸惑い怯える巨大な獣が向かい合う異常な光景の中で。
「大丈夫だ。お前が誰に恐れられようとも俺はお前を恐れない。強面ででかくて強い力を持ってても、
お前は子供じゃないか。恐がられるからっていじけるな。自棄になって暴れるな。俺がお前を
抱きしめてやる。甘えさせてやる。だから、そんなに泣くんじゃない!」
―・・・ぐるるる―
 獣はおずおずと少年に擦り寄る。まるで甘えるように、じゃれる様に・・・
 少年は小さな身体で優しく獣を抱きしめ小さな手で頭を撫でる。
 周りで見ていた獣と戦いボロボロな大人たちは、目を丸くしてその光景に見入っていた・・・


 アナザーIF 第4話
 魔獣の刃


 ある冬の日、アースラのブリッジにて、リンディとエイミィがクロノにある報告をしていた。
「桜台の国守山の頂上付近で正体不明のエネルギーを検知したって?」
「ええ。ユーノ君が発見したのよ。おそらくロストロギアだと思うわ。調べたところこの泉の底に刀があるの」
「・・・・・・ロストロギアだとしたら危険だ。すぐに回収しよう」
「りょーかい。ヴィータちゃんは本局で勤務中なんで居ないけど他の皆はこっちに居るし
みんなにも教えておくね」
 クロノたちはソレがなんなのかも深く考えずにロストロギアだと断定する。
 そしてそのロストロギアの回収が計画されたのだった。

「しっかし・・・海鳴ってどうしてこうロストロギアと縁があるんやろ」
「にゃははは・・・。多分考えても仕方がないと思うよ」
「そうだよはやて。それよりも今は・・・」
 海鳴のハラオウン邸にて、見つかったロストロギアを回収するための会議が行われていた。
「そこって私有地だよね。許可は取ったの?」
「いや。ロストロギアの事は可能な限り現地の人間には知らせないほうが良い。それにそのロストロギアも
活動していないみたいだからな。すぐに回収して終わりにする」
「でもクロノ君。一応断っておいた方が・・・」
「素直に事情を話すわけにも行かないからな。無許可でやるよ」
 クロノの強引な進め方になのはは眉をひそめる。なのはとしては地元の事だし穏便に事を済ませたいのだが・・・
「ユーノ。何か情報はあるか?」
『まったくと言って良いほどないよ。その正体も機能も一切無限書庫に資料がないんだ』
「・・・? それも奇妙な話だな」
 泉の底に眠る刀は一切資料がなかった。ユーノはおそらく口伝でのみ伝わったものじゃないかと結論付けていた。
 無限書庫とて何らかの書類として残されていれば調べられるのだろうが、こういう人づてに伝わるものまでは
調べられないようだった。
「何にせよ回収はしなければならない。とりあえず行こうか皆」
「「「「はい」」」」


 さざなみ寮のリビングでは銀髪の女性―リスティ―と猫のような印象を受ける女性―陣内美緒―が妙な予感というか
胸騒ぎを覚えていた。そしてそれは美緒と戯れていた子狐―久遠―とその飼い主であり親友―神咲那美―も
感じ取っていた。
「なーんか・・・嫌な予感がするのだ。こう・・・真雪がなんか企むよりも嫌な感じ」
「美緒ー。それ聞かれたら酷い事になるよー。まあ、同感だけどさ・・・」
「くぅん・・・」
「久遠もなの?」
 3人と一匹は空を眺めていた。
 少したってから、白い兎の様な獣を抱いた女性―雪―がリビングに飛び込んできた。
「皆さん! た、大変です!!!」
「どうしたのだ雪?」
「嫌な予感・・・当たったかな・・・」
 全力で走ってきたらしく息が上がっている雪は呼吸を整えてから、
「ざからが、何者かがざからを連れて行こうとしてます! 氷那を通じてざからから助けを求められたんです!」
「な・・・・・」
「「「「なんだって!!!!!」」」」
 リビングにはいつの間にかさざなみ寮の戦闘要員、管理人の槙原耕介と元寮生の神咲薫、そして仁村真雪とその妹知佳、
現在海鳴大学病院に勤めるフィリス・矢沢がいた。
「一大事だぞ。ざからは君との約束で非常時以外は暴れないように厳命されてるんだ」
「はい。なのでこの周辺でざからが大暴れする可能性があるんです!」
「連れて行かれるなんて・・・大体何処のどいつだよ! ざからのことはあたしたちしか知らないはずだろ!?」
「・・・・・・まさかとは思うけど」
 リスティの呟きに全員が彼女に振り向く。
「何か知ってるんかリスティ!?」
「知ってるっていうか・・・やりそうな連中が居る」
「・・・どこかの犯罪組織なの?」
「いや。むしろ治安維持組織だ。でも色々ときな臭いところがあるんだよ」
 リスティはかつて知ったかの組織を信用などしてはいなかった。
 そして彼女達は自分達の正体を悟られぬよう仮面をつけて、ざからが封印されている泉へと急行した。


 泉では局員が刀を引き上げる作業をしていた。
「ふむ。何事もなくいきそうだな」
「そうだといいんだけどね・・・」
 フェイトは妙な胸騒ぎを感じていた。何かが現れるような気が、不吉な事が起こるような気がしてならなかった。
「・・・む? クロノ執務官。何かが来るぞ」
「なに!?」
 ザフィーラからの警告と同時に、泉の周りに雷が連続して落ちる!
 局員達は為すすべなく打ち倒されていくが、なのは達は辛うじてその範囲から離れていた。
「ちぃっ! 何者だ一体!!」
 クロノは思わずそう叫ぶ。が、空中に逃げた彼女らに容赦なく雷が降り注ぐ!
 なのは達はシールドを張って雷を防ぐが、そこに一人の女性が踊りかかった。
「ああああああああああああ!!」
 雷を纏った爪をクロノに振り下ろし、五尾の妖弧となった久遠が更なる雷撃を叩き込む!
「ぐううううっ!!」
 クロノはバリアをはって何とか耐えるが、電撃を防ぎきれず体が痺れ一時戦闘不能に陥った。
「あなたは何者なの!?」
「ざからを連れてく奴、敵。友達との約束、守る!」
 久遠はなのはの言葉にまともに取り合わず、自分達の前から居なくなった友達との約束を守るためにその強大な力を
最大限に振るっていた。
「話を、聞いてってばっ!!!」
 そんな事を言いつつなのはは久遠に砲撃を放つ。しかし久遠はその俊敏さを生かし木から木へと高速で飛び移り
砲撃をかわしていく。絶対的な運動性能の違いから、なのはは久遠に完全に翻弄されていた。

 局員の一人が傷ついた体をおして泉で刀の引き上げを再開しようとしている。
 だがそこには、巫女のような白と紫の装束に身を包んだ女性―雪―が手から氷の刃を作り出し泉の前に立っていた。
 迷いも無く局員に斬りかかろうとしたその時、シグナムが局員と雪の間に割って入りその刃を受け止めた。
「ゆけ! 作業を続けろ!」
「は、はいっ!!」
 シグナムの檄に局員はすぐさま引き上げるための機械を起動させる。
「お前は何者だ。邪魔をするならば逮捕するぞ!」
「逮捕・・・ですか。何様のつもりです。我等のテリトリーに無断で侵入した上にあの子を無理やり引き上げようなど。
あなた方が何者かは知りませんし知るつもりもありません。しかし、ここに眠るあの子を、ようやく心安らかに眠る
事が出来るようになったあの子に害をなすつもりならば容赦などいたしません。消えなさい!下郎!!」
 突然吹雪が周囲を覆い、まわりの全てを凍てつかせる。
 シグナムは雪の言葉に彼女が管理局を知らないことに気付き動揺する。しかしこの世界には魔法やそういうものは
無いはずだと思っているだけに彼女が異世界の存在ではないと思い至らず戯言だと斬って捨て、構わず彼女に斬りかかった。

「なのは! 今フォローに入るから!」
 フェイトは久遠に翻弄されるなのはを助けようと接近しようとする。が、その眼前に妖精のような羽を持つ女性が
割り込んできた。
「サンダーブレイク!!」
「くうっ! この、くらい!」
 ほぼゼロ距離から放たれたソレをマントにかすらせる程度で回避したフェイトはその女性―リスティ―に向かい合う。
「邪魔をしないでください! なのはを助けないと!」
「させるわけが無いだろう? キミ達がどうなってもボク達には関係ないんだ。ただ重要なのはあの泉にある刀は
キミ達が思っているようなものじゃないことと、こちらの事情で持っていかせるわけにはいかない事さ」
「あれはロストロギアです。放って置けば大惨事に繋がります。だから回収するんです!」
「何を以ってアレをロストロギアと呼ぶのかは知らないけど、大惨事なんて起きないとわかっているから放ってあるのさ。
むしろキミ達が無理やり奪っていった方が大惨事が発生するよ。アレがキレたら例え何者であっても勝てはしないか
らね。そう、あいつと心を通わせた今は居ないあの子くらいしか!」
「貴女達は何もわかってない!!」
「わかってないのはそっちだ!!」
 お互いの主張を聞いても全く譲り合わない二人。ソレもそうだ。フェイトはロストロギアの危険性を知っている。
だからこそ譲れない。しかしリスティも知っている。アレはロストロギアではなくもっと凶悪な魔獣であることを。
だが、この場面でどこまでも正しいのはリスティの主張だった。
「そこをどかないならあなたを逮捕します!」
「くだらないね。何でもかんでも力ずくか狗如きが!」
 フェイトはプラズマランサーを幾つも射出するが、リスティはその全てをサイコキネシスで捻じ曲げ他の局員達に
叩き込む。それを見たフェイトは接近戦に切り替えるが、どんなに速く近づいても一瞬で距離を離されあるいは後ろに
回りこまれる。
「転移!? 魔法も使ってないのに!?」
「自分達の認識や価値観が全てと思うな小娘!!!」
 魔法と超能力。異なる二つの能力がぶつかり合う激闘が、今始まった。

 クロノはこの非常事態を告げるためにアースラに連絡を取ろうとしていた。
「・・・くそっ! ジャミングが掛かっているだと!? 一体なんなんだ!?」
 いくら念話を送っても一切返ってこない。それもそのはず、現在アースラには強力なジャミングが掛かっており
完全にあらゆる情報から隔絶されているのだ。艦内もパニックに陥っている。
 そんな時、局員が刀の引き上げに成功した。
 全員がその刀を見て、なんともいえない顔で困惑する。それもそのはず、その刀は錆びつき朽ち果てていた。
「アレがそのロストロギアなのか?」
「アレじゃあ動いたって何にもならないんや無いか?」
 クロノ達は自分達の心配は要らなかったんじゃないかと思ったその瞬間、今まで戦っていた彼女らが突然逃走した。
 なりふり構わず凄まじい速度で山を離れていく。
「な、なんや?」
「いったい、どうして・・・?」
 呆然と彼女らを見る管理局員一同だが、その時、獣の唸り声が聞こえた。
 全員が声の聞こえた方向を見ると、そこにはその朽ち果てた刀があるだけ・・・?

―グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!―

 その場の全員が注視する中、刀から凄まじい咆哮が聞こえた。
 あまりの音に大気が振動し、なのはたちも身動きが取れなくなる。
「な、なにが・・・」
「起こってるの・・・?」
 刀が己を拘束していた機械から離れ空中に浮かび、凄まじいオーラを放ち始める。
 そして・・・そのオーラが凝縮され、徐々に巨大な獣の姿をとっていく。
 オーラが完全に凝縮された時、そこには朽ち果てた刀を額に差した身の丈10メートル以上もの巨体を持つ
獣―空に座す災厄・魔獣ざから―の姿がそこにあった。
「これがわかってて逃げたのか!」
「だが、アレはやはり危険物だった。彼女らはそれがわかっていなかったんだろう」
 クロノが言う事になのはたちは頷くが、や彼女達が居たらあまりにも見当違いなその言葉に呆れ返っているだろう。
 この事態を引き起こしたのが自分たちであるということに、この自称正義の使者達は全く気付いていなかった。

 姿を現した獣から遠くはなれた場所で、リスティ達は止められなかったことを悔いていた。
「くそっ!! とうとうざからが!!」
「なんてこと・・・このままじゃこの一帯が焦土と化してしまいます!」
「ごめん耕介。ボク達の力が足りないばっかりに・・・」
「お前のせいじゃないよリスティ」
 逃げ足という点であえて戦いに参加しなかった真雪や耕介たちが逃げ帰ってきたリスティたちを慰めていた。
 彼女らの目には遠目ではあるが、暴れ狂うざからと羽虫のように周りを飛んでは叩き落される管理局員たちの姿が
そこにあった。巨体でありながらすさまじい速度と膂力で体を振り回し、炎を吐き、植物を操るざからの前に
かつて闇の書の闇を滅ぼした英雄たちは成す術もなかった。
・・・ごめんね・・・」
 久遠は局員らを無視―初めから眼中にない―して、ただ友達との約束を守れなかったことを今は居ない友達に謝り続け
ていた。自分に対するふがいなさに涙し、そんな彼女をただ見守る事しか出来なかった彼らの耳に、声が聞こえた。

―大丈夫だ久遠。俺があの泣き虫で寂しがり屋なあいつをを止めて、寂しく思わないよう連れて行くから―


 ざからの暴風のような圧倒的な暴力の嵐に、なのはたちはどうすることも出来なかった。
 しかし、彼女らにはその場違いにもほどがある責任感と使命感により士気を保ち続けていた。
「グオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」
「ちいっ! 魔法が効かない・・・痛痒すら覚えていないのか!?」
「駄目・・・普通の砲撃や攻撃魔法じゃ傷一つ付かない!」
「なんて化け物!!」
 フェイトやクロノ、シグナムはざからの巨腕を掻い潜り、衝撃波で吹き飛ばされながらもなんとか直撃を避けていた。
 そして彼女らは思う。倒す手段はあれしかないと・・・
「なのは! フェイト! はやて! フルパワーの最大砲撃のチャージをするんだ!!」
「う、うん!」
「それしかないか・・・ザフィーラ! しっかり守ってや!!」
「御意!!」
 三人はトリプルブレイカーを放つ為散開し、それぞれ持ち場に着く。
「響け! 終焉の笛!!」
「雷光一閃!!」
 はやてとフェイトはすぐさまチャージを完了させる。だがなのはは・・・
「全力全開―――っ!!!」
『マスター? いかがなされました?』
「な、なんでもないよ。レイジングハート!!」
『・・・チャージセット』
 なのはの様子がおかしかったが、誰もそれに気付く事はなかった。
 改めてチャージが始まり、なのはの前に桜色の魔力球が形成されていく。そして完了までもう少しというところで、
「っ! はやてちゃん! 超超高空から熱源接近! なのはちゃんにぶつかります!!」
「なんやてっ! シグナム!!」
「御意!!」
 シャマルが自分たちのところに降って来る何かに気づき、はやてはシグナムに阻止を命令する。
 シグナムが上空に上がり迎え撃とうとするが、音速を超えて急降下してくるそれに対応することが出来ず
素通りしてしまう。
 そしてそれは、なのはが貯めていた魔力球を斬断。集められた魔力が統制を失い爆発する!
「なのはっ!」
「シャマル! なのはちゃんは!?」
「無事で・・・・・す?」
 煙が晴れ、なのはの姿が確認できた彼女らは驚愕し、言葉を失った。
「なの・・・は・・・?」
 なのはの前には、赤い鬼の面をつけた15・6歳ぐらいの背丈の少年がいた。
 いや、正確に言うと・・・その少年はなのはの頭をつかみぶら下げていた。
 そしてぶら下げられたなのはの腹部には―――鬼面の少年の握る刀が突き刺さり、血を流して・・・!
「「「「なのはああああああああああああああっっっ!!」」」」
 現状を認識した彼女らは悲鳴のような絶叫を上げる。
 そしてフェイトが自身の限界を超えるような速度で鬼面の少年からなのはを取り返そうと接近するが、
なんとざからが二人の間に割り込みフェイトを叩き落した。
「なっ!!!」
「なんでやっ!!!」
 はやてたちは予想だにしない事態に驚愕、しかしすぐに頭を切り替える。あれらは仲間なのかもしれないと・・・
 鬼面の少年は無雑作になのはから刀を引き抜き、シャマルのいる方向になのはを投げ捨てる。
 シャマルは大慌てでなのはを受け止め、即座に治療を始めるが・・・あることに気づく。
「嘘・・・これって・・・!」
「シャマル!! なのはの具合は!?」
「だ、大丈夫よ! 命に別状はないわ!」
 シャマルの報告にクロノたちは安心するが・・・シャマルは内心でこうごちる。
(あの少年の一撃はまったくと言っていいほどなのはちゃんにダメージが無い。少々の出血と刺されたというショックで
気絶したんだろうけど・・・それ以上に・・・!)


 フェイトたちが一人と一体を睨み付けている中、鬼面の少年とざからは見詰め合っていた。
 そして、ざからは額に刺さった刀を少年に近付け、少年はその刀を柄を手に取った。
 その瞬間、ざからの体が光に包まれ刀の中に吸い込まれるように消えていく!
「な、何が起こっているんだ・・・」
 目の前の光景に理解が及ばず呆然と見ている中、完全にざからの姿が消え、少年の手には・・・
「か、刀の色が変わってる・・・」
「馬鹿な・・・」
 錆付き朽ち果てていたその刀は、刀身が黒く染まり、炎のような紅い刃紋が浮かび、そして柄には植物が絡みついた
かのようなものに変質していた。
 少年は新たに得たその刀を愛しそうに撫で、自分の周りを囲む無粋な輩に鬱陶しげな目を向ける。
「何か用か?」
「それを渡してもらおう。それは人の手には負えない代物だ」
「見ていたでしょう? あんな化け物誰にも制御なんて出来ない!」
 クロノとフェイトが口々に刀を渡すように言うが、少年は明らかに失望した視線で二人を見ていた。
「今見ていたならわかるだろう? こいつは今、この俺を主に選んだんだ。貴様らに渡してやる理由がそもそも無い」
「それでもだ! 危険なロストロギアは封印しなければならない!」
「・・・・・・・・何を以って危険とする。今こいつは俺の手の中で大人しくしているだろう?」
「・・・なるほど。交渉は決裂というわけか」
「・・・うん? 今お前は交渉と言えるだけのことをしていたのか?」
「・・・ロストロギアの不法所持と局員への暴行と殺人未遂の現行犯で逮捕する」
「聞けよ無能」
 交渉などとは決していえない交渉。そして上から物を見ているかのような態度。【彼】は改めて失望する。
 せっかく、ざからの暴虐から助け出してやったのに・・・
 それが【彼】の偽らざる本音だった。
「・・・これが、時空管理局か。所詮は自称正義の味方。無能の群れか・・・」
「な、何だと貴様あっ!!!!!」
 呆れ返ったような少年の言葉にクロノが激昂し襲い掛かるが、少年の姿が忽然と消える。
 その場の全員が慌てて周りを索敵するが、もはや彼は何処にも居なかった・・・・・
『クロノ君! みんな! 聞こえる!?』
「エイミィ? 今まで何をしていたんだ?」
『何をしていたも何も、引き上げ中に突然アースラそのものに強力なジャミングがかけられたんだよ!
 どんなに解析してもパターンをいくつも変えられてどうにも出来なくて今さっきジャミングが解けたとこで!』
「そうか。わかった」
「クロノ! それよりもなのはを早く!!」
「あ、ああ。エイミィ! なのはが負傷したから治療の準備を!」
『なのはちゃんが!? わかった! 医療班にすぐに連絡しておく!』
 クロノたちは作戦が失敗したことをようやく受け止めながら、アースラに帰還するのだった・・・


「すまないなトーレ。こんなところにまでつき合わせて」
「そう思うなら食事で少しサービスしてくれ」
「来週の晩御飯のリクエスト権はお前にやるよ」
「うむ。しかし、あれがお前のかつての友人か?」
「ああ。あまりの能力はあるのにあの無能ぶり。軽く鬱になりそうだよ」
 鬼の面―かなりいかつい仮面(ボイスチェンジャー付き)―を外したがトーレと会話をしていた。
 ここは海鳴の廃ビルの一つ。なにか怪しいゴロツキ共がたむろしていたので程よく半殺しにして放り出し
匿名で警察に通報しておいた。そのうち一人が昇竜の刺青をしていたのが妙に気にかかったが・・・
ちゃ〜ん。私にも何かくださいません〜?』
「スイーツ特盛り」
『オッケーですわ!』
 アースラのジャミングを担当していたクアットロがトーレだけずるいとねだってきた。
 の示した御礼に空間パネルの向こうで親指を立てて了解している。
 クアットロが居るのは海鳴の海底に潜んでいる小型次元航行艇(4人乗り)である。
。つれてきたぞ」
「ああ。ありがとうチンク」
 クロノたちの計画を聞いて急遽海鳴に駆けつけたメンバーの最後の一人、チンクが客を連れて廃ビルに帰ってきた。
「お久しぶりです。さざなみ寮の皆さん」
「やっぱり生きていたね。ヴィータの読み通りだったよ
「まったく・・・心配かけさせやがって」
!!」
 リスティはの無事に安堵し、真雪が乱暴にの頭を撫でて無事を喜び、久遠がに飛びついて
何年も会えなかった友達に甘え倒していた。他の面々も再会を喜んでいた。
 そして、話は彼らへの対応に移る。
「ジャミングをかけて管理局の目から隠したから正確な情報を得ることは出来ては居ないはずだ」
「むしろ他所の世界に似た能力者を探しに行きそうではあるな。愚かしいことに」
「そうか・・・後何か注意点は?」
「あいつらの仲間のうち一人は翠屋の末っ子だ。あまり近づかないことをお勧めするよ」
「マジか? あたしら一同翠屋のケーキのファンなんだぞ?」
 真雪もリスティも残念そうな顔をする。だが戦いに参加していなかったものが買いに行けばいいじゃないかという
結論で落ち着いたらしい。
「あの、ざからは?」
「この通り。大人しくしてますよ雪さん」
「良かった。・・・あの、君。ざからはこれから・・・?」
「ああ、連れて行くよ。なあ相棒?」
 雪はざからを心配していたが、その心配は無用だったようだ。
 の肩にはざからの化身であろう見た目小さな幼い・・・少女の姿が?
「・・・おい待てざからって」
「無性だったらしいんだけどね。男に好意を持ったのが原因で雌性体にシフトしたらしい」
「・・・責任とってやれよ」
「その前に色々と教えることがありそうだよ。とりあえず言葉と一般常識からかなあ・・・」
 ざからは数百年単位で生きる魔獣ではあるが、生まれたときからその凶悪な外見と凄まじいまでの力により
一方的に倒すべき敵として見られてきたうえにその生の大半を封印の中ですごしてきたのだ。その為ざからの精神は
育つことも無かった為まだまだ子供なのだった。の肩に乗っているのはイメージ映像のようなものであるらしい。
「これからお前はどうするんだ?」
「・・・今居る場所で過ごすことにするさ。それに俺は正体は明かしてはいないとはいえ奴らからすれば俺は
凶悪犯罪者だ。指名手配もかかるだろうし海鳴には顔を出せなくなる」
「・・・何か犯罪をしたか?」
「なのはを刺したのは確かだし、奴らからすれば俺はロストロギアを強奪したことになる。管理局にとっては
許されざる犯罪者だよ」
「そうか・・・聞けば聞くほど胸糞悪いな。好き勝手やった上にざから押さえ込んで被害を抑えたお前が犯罪者なんてな」
「それが連中だ。世界を管理するなんて嘯いてるやつらだ。傲慢なのはいつものことだよ」
 その場の全員が盛大にため息を吐く。
 たちはリスティたちにお土産になるものを買ってきてもらい、礼を言ってから海鳴を後にしたのだった。


「さてざから。これからよろしくな?」
「くるるる♪」




あとがき
海鳴にて、エース揃いのチームが作戦を失敗するの巻。
ざからが凶悪な感じになってますが、闇の書の闇との戦いをしたときは一方的に大威力砲撃を連打したから
勝てたんだと解釈してます。アレが完全に動き始めていたらなのは達では勝つなど出来なかったのではないでしょうか。
ざから人間体は白髪の久遠(耳と尻尾なし)をイメージしていただけると幸いです。

ではヴィータ視点のおまけに。


 ここはある人物の執務室。ヴィータはかかってきた通信を部屋の主の許可を得て通信をつなげていた。
「なのはが堕ちたって聞いたけど容態はどーなんだ?」
『命に別状は無いわ。刺された痕も残らないだろうし内臓にも傷は無いわ。どうも内臓の隙間を縫うように刺したらしくて
多少の出血以外に被害は無いの』
 ヴィータは予言を聞いたときからこうなることが半ば予想できていただけになのはの容態だけを聞いていた。
 シャマルはなのはの容態を話しているが、あの少年の行動には疑問を感じていた。
『それよりも酷いのが魔法の行使の反動ね。エクセリオンモードの問題点がここで出てきたのよ。今回の事が無かったら
いつか取り返しのつかない大怪我をしていたかもしれないわ』
「そーか。前にあったとき無理をしてるんじゃねーかとは思ったけど」
 なのはのダメージでの少年の攻撃による被害の比率は9.5:0.5。その大部分がエクセリオンモードの反動によるものだっ
たのだ。ヴィータの予想ではその少年はなのはの体の状態に気づき、最小限のダメージだけでなのはを落として見せた
のだと確信していた。その少年がであるのならばその可能性は飛躍的に高まる。
「そっちの状況はわかった。なんかあったら連絡をくれ」
『わかったわヴィータちゃん』
 通信が切れて部屋の主と改めて向かい合う。その主はただニコニコと微笑んでいた。
「ごめんミゼットばーちゃん。あたしの頼みごとを聞いてもらってる最中だったのに」
「かまわないわよヴィータちゃん。ロストロギアの管理体制を見直して欲しいんだね。お安い御用だよ」
 その部屋は時空管理局本局統幕議長ミゼット・クローベルの部屋だった。
 しかし二人の会話内容は上官と部下ではなくまんま祖母と孫だったりする。
「しかし第97管理外世界で見つかったものがロストロギアじゃないなんてねえ・・・」
「昔友達から聞いてたんだ。海鳴には友達が刀の中で・・・いや刀と一体化して眠りについているんだって」
「そしてその友達をロストロギアと勘違いしたアースラのクルーが奪取しようとした。後は大体予言の通り、と」
 ミゼットはため息を吐いて今の管理局を思う。ロストロギアと見れば何が何でも回収する。
 それではまるで強盗団ではないか、それがミゼットの偽らざる本音だった。
「でもいーのかミゼットばーちゃん。あたし護衛なのに・・・」
「いいんだよ別にそんなこと気にしなくて。こうして傍にいたほうが守りやすいだろう?」
「そりゃそーだけど・・・」
 護衛任務を請け負いここに来たヴィータは納得がいかなかったが、ミゼットには思惑があった。
(一部の幹部がこの子に過剰なまでに仕事を与えている。それは彼らにとって都合の悪いことをこの子が
調べていることに繋がっている為に他ならないわね)
 今回彼女が護衛を頼んだのはヴィータに少しでも休憩を取らせるためだった。
 ミゼットはさすがに気付いていた。今の管理局は決してまっとうな司法組織ではなくなっていると。
「ヴィータちゃん。けして無理はしないで。頼れる手があるならばいつでも頼りなさい」
「で、でもばーちゃん」
「あなたの周りは敵ばかりかもしれないけど、私やレオーネたちが後ろ盾になってあげるわ」
「あ、ああ・・・・」
 ミゼットの言葉に、ヴィータは知らず涙を流していた。回りは敵ばかり。肝心の主たちも相談など出来るわけもなく
ずっと孤独を感じていたのだ。
「ばー・・・ちゃん。あたし・・・」
「辛かったね。ずっと一人だったんだろう? 私が、私たちがついていてあげるから。今の管理局が異常であることは
私たちも最近気付き始めていたからね」
 ヴィータはミゼットの言葉に今までこらえていたものが決壊し声を上げて泣き始め、ミゼットはそんなヴィータを
孫を抱きしめるように抱き寄せた。
(これが私たちの最後の仕事ね。管理局の腐敗を潰すのにこの子を利用するのは気が引けるけど、もはや手段を選べる
状況じゃあない。根は深く、広く張ってしまっている。大丈夫よ。全責任は私たちが取ってあげるから)
 泣きじゃくるヴィータを抱きしめあやしながら、ミゼットは知ることが出来なかった管理局の裏を調べることを
決意するのだった。
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