広大なミッドチルダは高い技術力を持つ人間たちによって開発が進んでいるが、人が寄り付かない所は 基本的に野放しである。野生の獣がその自然の中でのんびりと暮らしている。 だが管理局、いや世界をも飛び越える魔法という技術を持つ人間がミッドチルダ本来の生態系には存在しない 生物をこの世界に持ち込んでしまっていた。高い知能、強靭な肉体、そして人には計り知れぬほどに強大な魔力。 これらを持つものすら彼等はこの世界に持ち込んでしまった。そしてこの獣たちはミッドチルダではこう呼ばれている。 ――――――――ありえざる獣。魔獣と・・・・ アナザーIF 第八話 魔獣とよばれし者達 ミッドチルダの中でも秘境と呼ばれるその地域に達は来ていた。 メンバーはは当然として、ノーヴェ・ウェンディ・クイント・メガーヌ・ルーテシア・ざからである。 の不具合がほぼ消えた事によりチンクは今回同行してはいない。別の任務が与えられて別行動中だ。 目の前には険しい山々。道など無いに等しく人が寄り付くところではないと雄弁に語るその秘境。 通称、魔獣隔離地域。管理局員や昔の魔導師が連れてきたは良いが手に負えなくなった獣達を捨てる場所だ。 いわば魔法という技術が生んだ被害者達の巣なのだった。 「ようやく着いたッすね」 「長かった・・・管理局に気付かれないように車で飛ばして近くまで来てあとは徒歩なんだもの」 ウェンディとクイントは感慨深げに目の前に広がる光景を見ている。ここに来るまでゆうに3ヶ月掛かっていた。 「二人とも少しは手伝えよ。ルーテシアもざからもアニキの手伝いをしてテントの設営やってるじゃねーか」 「ノーヴェ。メガーヌは何やってるの?」 「さっき出くわした鳥っぽいトカゲを捌いてるところだよ。アニキが食えるって言ったから」 二人が振り向くと不機嫌そうなノーヴェが薪を抱えたまま視線で後ろを指す。ルーテシアとざからがテントの周りに 外敵避けの簡易結界(穏行の札)を張っており、が手際よく大きなテントを建てていく。 メガーヌはここに来る途中に襲いかかってきたそれを解体していた。一応がグラムサイトで毒があるかどうかは 確認しているので今晩の食事にするようだった。 「あれ、食べるんっすか?」 「さっき味見したけど鶏肉とそう変わらなかったぞ。アニキが言うには鳥の祖先は恐竜の類らしいし」 あくまで地球の生物進化論だが、よほど特殊な環境で無い限りそう変わらないらしい。もしかしたら他の世界には 進化の過程で水中で生きるようになった水棲人類なども居るかも知れなかった。 「さっさと働けよ。アニキが晩飯無しにするって言ってたぞ」 「そ、それは勘弁ッす!」 「行くわよウェンディ!」 ウェンディとクイントは大慌てで手伝いに行き、ノーヴェはそんな二人を見て溜め息をついた。 「・・・あれがあたしの母親になんのかよ。複雑な・・・」 とっぷりと日も暮れ、満開の夜空を眺めながらバーベキュー中の達はこの後の話し合いをしていた。 「ここから先は管理局も手を出さないというか、一切関わろうとしない場所だ。魔法もISも好きに使える」 「でもここにはミッドの魔導師達が手に負えなくなった危険な連中がうようよいるわ。気を引き締めなさい」 とメガーヌの言葉に他のメンバーは頷く。 「どんな子達がいるの?」 「それはわからぬ。だが、ほとんどは魔導師達が元居た場所から勝手に連れてきて勝手に捨てた過去があるゆえ あまり好意的ではないかも知れぬ」 ルーテシアとざからの会話には軽く溜め息を吐く。自身勝手に連れてこられた人間だからだ。 ざからはやたらと古めかしい話し方をする。やウーノは直そうとしたのだが、本人はこれが一番しっくり来るらしい。 もしかしたらかつて自分を認めてくれた友人・骸の影響があるのかもしれない。 「ここいら一体を治める主のような者が居るかもしれないからな。まずはそいつに会えたらいいんだが・・・!」 がそういった瞬間、彼は突然後ろに振り向きざまに飛針を投げる! 「何者だ。いきなり殺気を飛ばしてくるなんて無粋じゃないか?」 『・・・そうだな。それは詫びよう。だが、何をしに来た人間ども。ここは我等の領域だぞ』 針が突き立った木の陰から、馬のような獣が現れる。メガーヌやクイントはその馬もどきの持つ力の強大さに驚き ノーヴェたちは人語を解するだけでなく喋るその獣に驚いていた。 そしてと今まで眠っていた美影はというと・・・その正体に顎が外れそうなぐらいに驚いていた。 「・・・まじか? なんでミッドにこんな・・・」 「・・・瑞獣とは・・・まさか連れてこられたのか・・・」 達の前に現れた獣は馬のような姿に頭に角、鱗のようなものがありそのたてがみは黄色。地球、日本や中国において 神獣とされる存在―――麒麟だった。 『ほう・・・お主達は我等のすんでいた世界の人間か。剣に憑いておる霊に、ふむ、人間にしてはなかなか強大な霊力を 持っておるな。興味深いものだ』 「やっぱり地球に存在していたのか」 『少しばかり位相をずらした空間を作ってそこで棲んでいたのだ。時々お主らの居る地上に顔を出したりしたものよ』 どうやらミッドの魔導師が位相をずらした結界を張ったところ同じ位相に繋がってしまい不意を付かれて捕らえられ ミッドに連れてこられたらしい。しばらくの間実験動物にされていたらしいが隙を見て大暴れし、この地に隔離されたのだ。 一人と一匹は睨みあったまま隙を見せずに会話して行き、互いの身の上話に入ったところで意気投合してしまっていた。 『いやいや。お互いに理不尽な連中に目をつけられたものだな』 「まったくだ。それまでの生活は完全に奪われた上に友人達に会うこともままならん。今会いに行っても上の連中や 俺を攫った屑どもに付けねらわれる事になるだろうし、その前に俺が殺すかもしれんし・・・」 『そうなったらお主が奴らに追われる立場になる。その友人達にも追われる事になるだろうな』 「仕事熱心なのは良いが基本的に身内に甘い奴らばかりですでにあの組織は犯罪の温床になっている。今は潰すために力を 蓄えている状態でな」 と麒麟は酒(麒麟が何処からか持ってきた)をかっくらいながら愚痴りあっていた。なんかもうすっかり仲良しである。 なお麒麟は人間の姿に擬態している。これくらいは朝飯前なんだそうだ。なおその姿は渋いおぢさまである。 今達は麒麟や他の住人が作った集落に来ていた。 「ところで、ルーテシアが乗ってるアレもどこかから連れてこられたのか?」 『うむ。どうやら地球の神話や物語に出てくる聖獣・魔獣・妖獣に似たもの、もしくはそのものが色々な世界にいるらしくて な。捕らえられては大暴れして最終的にここに来るのだ』 ルーテシアは今翼を生やした純白の馬に乗っている。まだ子供のようで飛ぶ姿はおぼつかないが。 ノーヴェたちのそばにも三つ首の犬とか角の生えた馬とか朱い鳥とか黒い亀とか白い虎とかが集まっている。 「・・・何処の幻獣動物園だよ」 『そういうな友よ。といっても奴らは多少風変わりな生物で、我の様な本物はほんの一握りだ。あとはほとんど自力で 棲みかに帰りおったからな』 「さすが神の獣。人知を超えた能力だ」 自力で空間を渡ったらしい。麒麟はどうせだからとこの異世界に棲み付いたらしかった。 その後も二人は酒を酌み交わし、がほぼ泥酔状態で眠りこけるまで酒宴は続いたのだった。 眠っているにルーテシアとざからが抱きついている。チンクが居ないためここ最近よく見る風景だ。 母よりも兄的存在に甘えまくりのためメガーヌはとても寂しそうだが・・・ そしてそんな三人に近づく人影が一つ。 『・・・よくもまあ。可愛らしくなったものだな。【空に座すもの】』 「・・・いうでない。我はこやつが愛しくてたまらんのだ。麒麟殿」 眠っていたはずのざからは麒麟の言葉に答えて起き上がった。それでもの手を握ったままだが。 『かつてその強大な力を持って暴れたお主がそこまで入れ込むか。何かあったのか?』 「ふふっ・・・。あの当時は真実真っ当に子供での。生まれたばかりの我は強すぎる力と凶悪な容姿のせいですぐさま討伐対 象になった。近くに住んでおった雪妖を滅ぼしてしまい、その生き残りと封印の獣、それとあの剣士によって封印されたが 我が暴れた理由は簡単に言えば子供の癇癪よ。我が凶悪な獣であると言うのならそうなってやろうとな。 その後2度ほど封印から解き放たれた我はに出会った。小さな体で我を恐れることなく抱きしめおったの だ。誰かに抱きしめられる事も頭を撫ぜられる事も初めての体験だった。誰もが怒りと恐怖で我を見る中、だけが 我の本質を見抜き諭してくれたのだ。遊び相手になってやると言ってくれた骸の事も好きだったが、そばにいて我を 受け入れてくれるのことも、な」 ざからは眠り続けるの顔を優しくなでる。ざからの顔はとても優しかった。 『確かそやつには恋人が居るのではないか?』 「確かに居るがの。今の我はこやつの刃、我はが振るいし爪牙よ。たまに愛してくれると嬉しいし、チンクも 大目に見るだろうて。後でナニを要求されるがわからんがな」 その後ざからの惚れた男の惚気話に発展したが、麒麟は華麗にスルーして話を終わらせるのだった。 ミッドチルダの大統領府では大統領が頭を抱えていた。 「・・・で、他の管理世界でのテロの具合は?」 「相変わらずです。特に無理やり管理世界にされた世界では治安は悪化の一途を辿り、管理局が鎮圧部隊を投入して ほぼ戦争状態です。その世界の政府もテロに支援しているとか・・・」 「当然でしょうね。あそこまで好き勝手されて黙っているはずが無いわ」 時空管理局という組織は質量兵器の廃絶をしようとしている。この次元世界全体からだ。しかし、ミッドチルダのような 魔法技術が存在していない世界にとっては余計なお世話以外の何者でもない。むしろ魔法という技術が台頭している世 界の方がマイノリティなのである。質量兵器と言われているこの手の火器は人が自分よりも強いものに勝つ為に作った物だ。 だからこそ色々な世界でもこういった物は造られているし、そうでなければ人間など滅んでいる。 人間は生物としては大して強くはないのだから。 「国の方策や警察機構その他諸々にまで勝手に介入されて良い顔しているはずが無いでしょう。何故そんな事もわからないの」 「そ、そう言われましても。彼らの考えは私どもには全く理解が及びませんので・・・」 報告を済ませた秘書は足早に去っていく。大統領が大きく溜め息を吐く。正直に言って胃が痛かった。 ふと前を見た大統領は、そこに眼帯をした銀髪の少女が居るのに気付いた。 「・・・何者なの。ここがどこかわかっているのかしら?」 「はじめまして大統領閣下。私はチンク。少し貴女に用事がありましたので」 「ならちゃんとアポを・・・取れる人間じゃないのね」 「その通りです。なのでここまで忍び込ませていただきました」 警備体制の見直しをしようと大統領は心のメモに記しておく。ここは相当のセキュリティがあるはずなのに誰にも 気取らさせずにここまで来た少女に畏怖を感じながら。 「私はジェイル・スカリエッティの使者です」 「・・・広域次元犯罪者の取引を受けろと?」 「それに関しては少し言い訳したい事もありますが、我々は本来管理局のモノなのです」 「どういうこと?」 「我々を生み出したのが管理局なのですよ。詳細はこの資料にあります」 「とりあえず見せてもらうわね」 大統領はチンクを怪しく思いながらも資料を見て、愕然とする。そこには頭痛の種である管理局の不正や犯罪の 細かなデータが書き込まれていたのだ。 「・・・まるっきり犯罪組織ね。子供の誘拐までやってるなんて」 「未発達の管理外世界からですから抗議も来ません。あくまで裏や一部幹部の行動ではありますが、どの道管理局が 行い周りがそれを隠蔽しているのは事実です。それを踏まえて貴女は管理局をどう思いますか?」 「・・・頭の悪い組織かしら。無数に存在する世界の全てから質量兵器を無くそうなんて出来るはずが無い 事をやろうとしている時点で可笑しいわね」 「確かに。ですがこう考えられませんか? 彼等は自分達に対抗できるであろう戦力を潰そうとしていると」 「・・・斬新な意見ね。でもそういう見方も出来るわ。だとしたら何がしたいのか」 「では、管理するとはどういう意味でしょう」 「? ・・・意味としては――――っ!!」 管理というのは管轄し処理する事。世界を管理するというのは世界を取り仕切る、支配するのとほぼ同義である。 「管理局の本当の狙いは次元世界の支配だというの!?」 「さて、そこまで大それたものかどうかは。しかし彼らの中にはこう考えるものも居るのでは? ―――自分達が世界を管理してこそ世界に平和が訪れるのだと」 大統領は黙り込む。あり得ると、心の中で盛大に肯定しながら。 「評議会は何を考えてるのかしらね。まあ真っ当に機能しているかどうかは知らないけど」 「何故そう思うのですか?」 「その疑問は愚かしいわよお嬢さん。彼等は既に150年も代替わりもせずに君臨しているわ。なら機械処置で延命してい るか何かしていないとこんな事不可能なはずよ」 チンクは笑みを浮かべる。彼女が染まっていない人間だと認識したからだ。 「見てみますか? 評議会の実態を」 「・・・ぜひとも見てみたいわね。しわくちゃのジジイが居るのか。それとも―――」 チンクは一人大型バイク(ガジェットの技術を流用した空も飛べるやつ)に乗って研究所への帰路についていた。 今回の彼女の任務は大統領と接触し、上手く行くなら味方に引き込む事。そして任務は成功。大統領は評議会の現状を見 た後実に楽しげに了解してくれた。人の姿をしていないような連中に遠慮する事などないと言って意気揚々と仕事を始めた のだ。各管理世界の首脳陣と連携するために。 「しかし・・・まさかここまで効果があるとは」 バイクを自動操縦にしたチンクは大きめのシートに体を倒して懐からお札を一枚出す。 「穏行符か。まさか機械すらも騙すとは。凄いな陰陽術というのは」 は符陣術を開発した時に改めて陰陽術から何から研究したためそれらを使うことが出来た。 日本に古くからある既に体系化された術なので相性が良かったらしい。そして今はそれらを頻繁に使っている。 最初は彼女達も驚いたものだった。ミッドの魔法は科学技術だ。綿密な計算を必要とし、現実に起こしうるものしか 起こしえない。例えば魔力をいくら圧縮しても物体そのものを生み出すなどといった事は出来ない。しかし、は チンクたちの前で式神を使ってみせた。紙が様々な動物や人間になり自由に動かせ話をすることすら出来るように して見せたときはジェイルもパニックになったものだった。 のことを思い出して、チンクは思う。 「・・・寂しいな。いつもと一緒だったから居ない事に違和感がある」 ここ数ヶ月、連絡はちゃんと取り合っているが、そばでお互いを感じられないというのがとても寂しく思えているのだ。 「ヴィータだったか。彼女もこんな気持ちなのか・・・」 休みの日なんかはいつも一緒だったとから聞いている。いつも居るものが居ないということがどれだけ寂しいか、 チンクは今とても感じていた。 「早く帰ってこないかな・・・」 「さて、帰るぞみんな」 ルーテシアが何体かの獣達と心を通わせあい契約を交わした次の日、は早々に帰る支度をしていた。 『突然だな友よ。何故そんなに急ぐのだ?』 「恋人が居るんだよ。だから早いとこ帰って顔が見たい」 は元々そんなに時間をかけるつもりが無かった。契約に多少の時間がかかるのは想定していたが、そもそも行き帰り の時間がかかりすぎる。はそろそろ限界だった。 「アニキに禁断症状が出始めてたからな」 「寝言でチンクの名を呼んでおったこともあったぞ」 「そこ、ひそひそ話してないでさっさと荷物をまとめろ」 に睨まれていそいそと帰り支度を始めるノーヴェとざから。そんな二人に苦笑しながら、麒麟はに 細長い包みを手渡す。 『土産だ。好きに使うがいい』 「とんでもないものをよこしてくれるなお前さんは。角にたてがみ。他にも色々・・・」 『我の力が篭っておる。角は定期的に生え変わるから特に問題も無い。お守りになるだろう』 「戦闘用のバトルジャケットでも作るとしよう。素材にさせてもらうよ」 おそらく低レベルの魔法などまるで効かないようなものが出来るだろう。 それだけの力が素材からでも感じるのだ。 『それとな。我の力が要りようならいつでも呼べ。ただし頻繁には困るがな』 「助かる。あいつらとも契約を交わしたことだしな」 は麒麟を通じて何体かの聖獣にコンタクトを取り契約を成功させていた。血で血を洗うような壮絶な戦いを繰り広げ た末の契約だった。帰ってきたの血塗れの姿に妹達全員驚愕していた。何気に麒麟も驚いていた。神獣相手に生きて帰 ってきた事に本気で驚くと同時にの力を認めたらしい。 契約を交わした召喚用の札を束ねたものを取り出し、黄色の札を抜き出した。 麒麟はその札に自分の血をたらし契約の文言を書き込んでいく。 「君。その色は何か意味があるの? 他の札も赤とか青とかあるけど」 「陰陽道の五行に対応した色だな。北は黒、東は青、南は赤、西は白、そして中央は黄色だ」 ミッドには無い技術に興味があるらしいメガーヌが興味津々で聞いてくる。まあ理解できても彼女には使えないが。 が使う術はミッドチルダにおいてはオカルト以外の何者でもない。科学的な根拠の無い術。まさに魔法なのだ。 特に呪殺などその最たるものだ。ミッドやベルカには距離や時間を無視して相手を殺すなどという技術は存在しない。 達は仲良くなった獣達に別れを告げ、研究所に帰還するのだった。 管理局の本局では、仕事を終えたなのはと航海から帰ってきたフェイトがたまたま会って話をしていた。 「体はもう大丈夫なの?」 「心配ないよフェイトちゃん。もうあんな無茶しないし、したら多分美沙斗さんとかに再起不能にされちゃうから」 なのはは思い出す。海鳴で療養した後リハビリだといって連れて行かれた香港。そこで美沙斗の紹介で地球における 最強の法の守護者達・香港特殊警防隊に二週間ほどお世話になったときの事を。 「地球って凄いところだったんだね。少なくともあの人たちなら管理局の部隊の三つ四つは楽に潰せるよ・・・」 「なのは? 大丈夫?」 はっきりいって顔色が悪い。警防隊の訓練に参加したのだが、管理局の訓練など児戯でしかないと感じるほどだったのだ。 何度死を覚悟したのか本人にすら分からない程だ。 なのはは気を取り直してフェイトに聞きたかった事を聞く事にした。 「ねえフェイトちゃん。前に私を刺したあの人についてどう思う?」 「・・・許せないよ。見つけたらただじゃ置かない」 フェイトはあの光景が、なのはが刃に貫かれている光景が頭から離れていなかった。本当に憎憎しいと言わんばかりの表 情をしている。 「私は、今はもう恨んでないよ。むしろ感謝してる」 「なんで! 刺されたんだよ!?」 心底信じられないという表情のフェイトに、なのはは穏やかに話す。 「私も最初はそうだったんだけどね。色々考えたら、私はあの人に守られたんだってわかったから」 「まも・・・られた?」 「そうだよ。放って置いたら間違いなく再起不能に、ううんもしかしたら死んでいたかもしれないあの状態から 助けてくれたんだって気付いたんだよ。お父さんやお兄ちゃんに聞いたんだけど、内臓の隙間を抜くなんて偶然じゃ出来な い見たいなの。クロノ君たちが言うような偶然じゃ無いって。だって、本当に殺す気がある剣士なら心臓や頭を狙うって お父さんが言ってたから」 なのはの言葉にフェイトはそれでも信じられないようで、俯きながら足早に歩いていく。なのははそんなフェイトを見 て確信する。 (やっぱりだ。私にかけられていたようにフェイトちゃんも。それだけじゃない。他の皆にもかけられてる) なのははフェイトたちに仕掛けられているそれに気付いていた。 (思考の誘導。自分で考えているようで誰かの思惑どうりの方向に思考が誘導されてる。だからその事象を一方からしか 見ることが出来ない) なのはは警防隊で催眠や暗示を解除する専門家に出会ったのだ。そしてその人物はなのはに暗示が掛かっていることを 見抜きものの数分で解除したのだが、その後のなのはは強烈な自己嫌悪に陥ったのだった。どれだけ家族に心配させて きたのかをようやく認識して。 (対応策は教えてもらったけど、解除法は難しすぎて覚えられなかった。誰かに相談できればいいんだけど・・・) なのはは考える。おそらくこの暗示は自分の知り合いのほとんどに掛かっていると。だが、ある人物の行動を思い出す。 たった一人、今の自分達から距離を取って一人で行動している人物を。 (まさかヴィータちゃん、何もかも知っててそういう行動をとってるの?) 達は研究所に帰ってきていた。ルーテシア達は長い間水浴び程度しかしていないので早速風呂に入りにいった。 はというと、 「チンク・・・くっつきすぎじゃないの?」 「仕方ないってウーノ姉。何ヶ月も離れてたんだし」 チンクが張り付いて離れてくれなかった。くつろいでいるの腕を抱きしめたまま動かないのである。 「いやか?」 「そう見えるか?」 チンクの問いに対して、穏やかに笑うの返答にチンクは嬉しそうに更に抱きつく。 その光景に、姉妹たちは複雑そうな顔で目を逸らしていた。 「チンクが羨ましいわね・・・」 「それはどういう意味でだ? 彼氏が欲しいのか? それとも」 「さあ。どうなのかしらね」 ウーノは意味ありげに微笑んで仕事に戻っていった。 後書き 影で着々と状況が整っていく第八話でした。 麒麟達はや美影から見ると神獣とか聖獣ですが、ミッド人から見るとありえない力を持った正体不明の 怪生物なので魔獣と呼ばれているという設定です。人間並みもしくは人間以上の知能を持つ上人では及ばない力を持ってます。 なのはは警防隊で散々しごかれました。その際に戦闘に関しての考えも変わってます。 ではヴィータサイドに ヴィータサイド ヴィータは現在聖王教会のカリムの執務室にいた。そこに居るのは三提督とカリム・グラシア。 彼女の能力である予言で話したい事があるといわれ内密にそれを聞く事になったのだが・・・ 「これが今回出た予言です。内容が内容なので内密にした方が良いかと思いまして」 「・・・管理局崩壊の予言ですか」 「相変わらず難解な内容じゃの」 「しかも解釈しだいで意味が変わるときた。そこでだ」 「あたしの出番なわけだな」 今回は内密の事で非公式な会見の為言葉遣いは誰も気にしていない。 現代の騎士達でも分からない古代ベルカ語は言語学者ぐらいしか理解できない。しかしここには古代ベルカ語を 母国語とする古代の騎士が居る。かなり正確に訳す事が出来るだろう。カリムも期待を込めた目でヴィータを見ている。 その内容はこうだった。 ―旧い結晶と無限の欲望が交わる地 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる― 「私達が解釈したままですか・・・」 「・・・騎士カリム。同時期に出た予言はありませんか?」 「同時期に?」 カリムは訝しげに思いながらも預言書を出しその一枚をヴィータに差し出した。 ヴィータはそれを見ながら、真剣な顔で読み上げる。 「・・・魔獣の爪牙を振るいし鬼がその諸手に刃を持て遊ぶ。 焔の申し子が獣の巫女と共に遊び、二人の死者は共に見守る。 正義は世界によって否定され、虚空の海に漂う城は泡沫の泡となり消え失せる。 自由を得し者たちはゆりかごに抱かれ無限の海を超え安住の地を得るだろう」 誰もが沈黙する。最初の文はいまいち意味が分からなかったが、最後はあまりにもわかりやすい。 「遊ぶというのはともかくとして、正義が世界に否定されるとは・・・?」 「虚空に漂う城というのはまさか本局の事か?」 「我らが居なくなって自由を得るとしたら犯罪者か」 三提督は最後の部分が気になるようでその事を話しているが、ヴィータとカリムは鬼の部分に注目していた。 「騎士ヴィータ。この鬼というのはまさか・・・」 「なのはを落としたかつての予言の鬼だろう。魔獣の爪牙はその時手に入れた刀の事だろうな」 「しかし、遊ぶというのは一体。あまり危険な印象はありませんが・・・」 「・・・たしか遊ぶって言う言葉の元は神々が出陣する事だったはずだ。それ以外にも神にささげる舞や音楽を奏でる 事でもある。狩をするっていう意味もあったか。とにかくこの三人は戦いを挑んでくる筈だ」 「じゃあこの死者は?」 「・・・少し心当たりがあるけど、それを言うべき相手は別に居る。高確率で死んだ事になっている人物だと思う」 ゲンヤとは定期的に連絡を取り合っている。一応クイントの生存はの自慢話をするドゥーエから聞き出しているので ゲンヤに伝えている。ゲンヤも連絡をとろうとしない理由に感付いたのか生存が確定した事に対し素直に喜んでいた。 ヴィータはが自分達に牙を剥く事を確信しやるせない気持ちになる。ヴィータははやての騎士だ。故にはやてを裏切 るなどという事も出来ない。・・・したくない。でも、の事も好きなのだ。おそらく求められれば何もかも許してしま いそうなほどに。ヴィータは意外に尽くすタイプなのだ。 話を終えたらしいミゼットがカリムに声をかける。 「騎士カリム。この予言の通りの事が起こるとするなら由々しき事態です。何らかの対策を取らなければ」 「・・・私もそう思います。しかし専門の対策部隊でも作る必要が出るんじゃないかと。地上では起こってもいない事件の 事では動いてはくれないでしょうし・・・」 「本局の地上部隊か。検討しておこう」 「作られるのなら、ヴィータちゃん。貴女もその部隊に参加してくれる?」 「別にかまわねーけど、その場合作る部隊はエースを集めた部隊になるんじゃねーの?」 「可能な限り戦力を集める必要になるからそうなるのは仕方ないわね。何かの実験部隊というカモフラージュが必要になる かもしれないわ。レジー坊やに睨まれるかも知れないけど」 戦力の一極集中は組織としては避けなければならない。なぜなら戦力が偏り攻められた時に対処できない事があるかもし れないのだ。問題はそれだけでは無い。 「魔導師の保有制限はどうクリアするんだ?」 「申し訳ないけどリミッターをつけてもらう事になるわね」 「・・・本末転倒じゃねーか」 せっかく集めたエース達がその能力を発揮できないなどもったいないにも程がある。ヴィータは思わず昔食わず嫌いした 時にはやてに聞かされたもったいないお化けの話を思い出す。そんなものいるはずが無いと笑い飛ばしたものだ。 ・・・後日に本物を呼び出されて本気で焦ったが。 「とにかく対策部隊の結成はしなければなりません。まずはそのリーダーとなる人物を選定しないといけませんね」 「うむ。予言の事件がいつ始まるのかは分からないが可能な限り有能な者を見つけなくては」 「第一候補ははやて嬢ちゃんじゃな。指揮官適正もある。経験を積ませれば上手く動いてくれるやもしれん」 三提督が話す事を聞きながら、ヴィータはと戦う場合のシュミレーションをしていた。 (・・・だめだ。そもそもデータが少ない。ドゥーエから聞いた限りでは元の格闘術だけじゃなく剣術や魔法も使うといっ ていた。あいつの才能を加味し魔力量を計算して成長率を算出すると・・・やべえSSSはいってる) 敵となった想い人のスペックの高さに泣きそうになる。 最悪の事態を想定し、現状の管理局の戦力じゃあ敗北必死なんじゃないかと半ば諦めながらも集まるであろうメンバー の能力を考えながら一応この危機を脱するプランを考えるのだった・・・ |