なのははブリーフィングルームで六課幹部陣に囲まれていた。 「さて、何を言いたいかわかっとるね。高町一尉」 「・・・ええ、八神部隊長」 アナザーIF 第十二話 地球という星 前の事件の際のなのはの行動と言動はさすがにお咎め無しとは行かなかった。 そのため今は幹部全員揃ってなのはの尋問をしていた。ちなみに六課全体に生中継中。 「何故あの子たちの兄があの鬼仮面だとわかったんや。そもそもあいつは」 「以前私を刺した相手だね。わかってるよそんな事」 「ならなんで! 何でそんな相手に好意を持つの!?」 「結果的に私は命を救われたからね。あの当時の私は危うかったから」 激昂するフェイトに前にも同じ事を言ったなあと思いながら答える。 「あれは偶然だろう? お前はたまたま奴の剣が内臓の隙間を縫うように刺さったから命を取り留めただけで」 「私の父が言ってましたが、剣士が相手の命を確実に絶つときは頭か心臓といった損傷すると確実に死ぬ場所を狙う らしいです。なのでたまたまじゃありません。彼は内臓の隙間を狙ったんです」 シグナムは剣を扱うが刀とはまた扱いが違う。最も彼女は刀と似た扱いをしているが・・・ 剣は基本的に重量で叩き斬るものなのだが、刀は刃を当てて引き斬るもの。それに正々堂々を旨する騎士とは違い 日本の剣客は様々な駆け引きをする。奇襲も夜襲も何でもこいだ。刀で斬られるとほとんどが致命傷になるのでそうならない 為の駆け引きが発達しているのだ。そもそも刀は剣よりも肉厚が薄く細い。だからあんな神業が可能なのだ。西洋風の剣 ならああはいかない。フルーレなどの細剣・突剣なら話は別だが。 「しかし・・・」 「皆さんがどう思おうとも私は彼に助けられました。無理をする私に誰も気付かず、ボロボロな私に誰も気付かず、彼は 敵である筈の私を手荒な方法とはいえ最小限の被害だけで止めて医者に突き出し治療を受けさせた。そう思いませんか? ―――シャマル先生?」 なのはの言葉に全員がシャマルを見る。シャマルは真っ直ぐになのはを見ていた。 「やっぱりそうなのね。彼は明らかに私に気絶したなのはちゃんを投げ渡した。どうしてかと思ったけど・・・」 「医療に詳しい人間があの時の私を見れば、間違いなくドクターストップがかかる。それを見越してでしょう」 「そうとしか考えられねーよな。話を聞いた限りだが鬼仮面はなのはを助けよーとしたし、実際助けたんだ。あんな体で 集束砲なんざ撃ってたら今頃ベッドの上で寝たきり生活か、墓の下だ」 なのはの結論にヴィータが補足を入れる。それほどまでに酷い状態だったと認識できていたのはヴィータとなのは、 そして医者としてなのはを診察したシャマルだけだった。 「私は彼にお礼が言いたかったんだよ。自分を助けてくれてありがとうって。そしてあの子達にも言いたかった。エリオと キャロを助けてくれたお礼をね」 「じゃあ、あの子らが鬼仮面の縁者やって言うんを知ってたんは?」 「カマをかけただけだよ。でも、確信は持ってた。そうなんじゃないかって」 その確信の理由が何なのかを知りたかったはやてだが、軽く息を吐く。 「わかった。とりあえず今回の事は保留にしとこ。みんなもええな」 全員一応の納得をしたのか部屋を出て解散していくが、フェイトがなのはに声をかけた。 「ねえなのは。なんであの子を保護しようとするのに協力してくれなかったの?」 「・・・フェイトちゃん。管理局に保護されて、必ずそれで幸せになれるわけじゃないんだよ。あの子には一緒に居た子 の様に家族がいるはずなのに、そこから引き離して何がしたかったの?」 「それは・・・」 「プロジェクトFの被害者を保護したいだけなんだったらそれこそ無意味だよ。逆に不幸にするだけ。相手の事も 考えてあげようよ。あのまま保護しても、あの子は感謝なんかしない。それどころかフェイトちゃんが恨まれるだけだよ」 なのはの自分を否定する言葉に、フェイトはただ立ち尽くしていた。 一週間後、スバルとティアナは午前の訓練後いつものように地面に倒れこみ体力の回復に終始していた。 「こ、個人スキルの、訓練に入ってから・・・更に、きつい・・・」 「ヴィータふくたいちょー・・・手加減してくれないしー・・・」 ティアナはなのはとのマンツーマンでの訓練をしている。ティアナのポジションは中距離での火砲支援と小隊指揮だ。 本来なら足を止めて砲台に徹するのだろうが、いかんせんティアナにはなのは程の防御力がない。足を止めていると 一撃で落とされかねないためティアナは走り回りながら自分の周りに設置されたシューターを次々撃破していくという 訓練をしていた。曲芸じみた回避行動を取りながらも同時に目標を狙い撃っていくが、ティアナは見てしまった。ティアナの 動きを観察し、満足げに頷きながら撃破された分のシューターを次々と補充している鬼教官の姿を。終わりが見えない訓練に 軽く絶望しかけても彼女に罪は無いだろう。それでも半泣きになりながらやりきったが。 一方スバルはヴィータと実戦形式での訓練をしていた。ヴィータの攻撃の破壊力はヴォルケンリッターでも随一だ。 そのヴィータの攻撃をシールドで防ぎながら自分も隙を見て反撃しようとするのだが、隙が無い。いやあるにはあるが 小さいのだ。スバルは何度もヴィータの攻撃を防ぎきれずに吹っ飛ばされては立ち上がり、訓練中盤でようやく受けきれるよ うになった。そして最後に、ヴィータの体の捻りから何からと使った魔力を用いないくせに明らかにラケーテンハンマーを 超える純物理打撃での一撃の前に力なくひれ伏したのだった。それでも大した怪我をしなかったスバルに咄嗟の防御が上手 くなったと褒めながら、ヴィータは上機嫌で隊舎に戻っていった。 二人は気付いていないが二人の体力は既に並の魔導師を大きく超えている。一度の訓練時間が長くなっているのがその 証拠だろう。魔力の運用についても効率的になってきているため戦闘継続時間が大幅に増えているのだが、常に限界ギリギリ まで体力も魔力も消費するので本人達は全く気付いていない。そんな余裕は何処にも無いのだ。 「お、お二人とも大丈夫ですか?」 「ティアさん、スバルさん、しっかりー」 「きゅくるー!」 そして倒れこんだ二人を心配そうに見つめながらエールを送るちびっ子たち。なぜ二人のように倒れていないのかというと、 フェイトである。彼女が二人の担当として訓練を行ったのだが、ある意味予想通りにヌルイ訓練だったのだ。なのはの訓練に 慣れきった二人からすれば物足りないものだった。 ティアナはなんとなく寝転がったままクロスミラージュを構える。そうして脳裏に写るのはあの光景。結果的に違ったと はいえ、人を殺したと思ったあの瞬間。胸に穴を開けた青年の姿は未だに脳裏に焼きついている。 「・・・あれが、人を殺す感覚・・・か・・・」 「ティアさん?」 「なんでもないわよ。そろそろお昼だから食堂に行きましょ」 「あ、はい!」 寝ているスバルをたたき起こし、キャロに左手を引っ張られながら食堂に向かう。そんなティアナの右手は、少し震えて いたのだった。 「地球・・・ですか?」 「うん。教会からの仕事の依頼でね。しかもあるのが海鳴・・・私たちの故郷なんだよ」 「これで4度目や。なんでこうあの街はロストロギアと縁があるんやろなあ・・・」 時間が惜しかったのか、ティアナたちは次の仕事の話を食堂で聞いていた。スバルとエリオは相変わらずありえない量を 口に運んでいき、ティアナとキャロはそれを極力視界に入れないようにしている。見ていると今にも胸焼けを起こしそうだ。 「私たちも行くんですか?」 「ロストロギア自体はそう危ないものでもないんやけどな。一応フォワード全員と私とシャマルとリインや。早ければ日帰 りになるやろね」 「ちょっとした里帰りも兼ねてるんだよ。ここ最近全くといっていいほど帰ってないどころか連絡すら取ってないしね」 「なのはさん・・・親孝行しましょうよ」 ティアナのツッコミになのはは乾いた笑みを漏らすだけだった。 とりあえず体力も魔力も回復しつつあるので仕事に行くのは問題なかった。全員私服に着替えてヴァイスの待つヘリポー トに向かい、転送ポートで海鳴に向かうのだった。 海鳴の八束神社では久遠がにしがみついて甘えまくっていた。そしてその光景を那美が微笑みながら見守っている。 「くぅん♪」 「相変わらず甘えっ子だなお前は。こら、くすぐったいから舐めるな」 子狐形態の久遠がの頬をぺろぺろと舐めて、隣で据わった目つきで睨んでいるざからを挑発している。ちなみに本人に その意識は無い。久遠は何処までも無垢なのだ。ただ本能のままに甘えているだけ。 ざからは普段自分が恥ずかしくて出来ないような甘え方をしている久遠を見て怒りと羞恥でプルプルと震えていた。 (くうっ、久遠め・・・出来るならばしたいが我にはあんな事・・・。いかん、変な妄想が止まらなく・・・!) ざからがもし同じ事をしても途中で別方向に変わるだろう。ざからは途中で子供は見ちゃ駄目な方向にシフトチェンジ する確信がある・・・褒められた事ではないが。今は久遠と同じような年齢の姿(10歳前後)だが、久遠と同じように ざからも大人の形態(20歳前後)を取れるのだ。一度ならず閨を共にした彼女は少しばかりたがが外れかけていた。 そんなざからにたおやかに微笑みながらお茶を出す那美は数年前に結婚していた。もういい年だし、実家の方からの お見合いを持ちかけられ意外に簡単に結婚したのだ。も姉的存在の一人の結婚式に招待されて出席した事がある。 微妙な空気を保ったまま表向きほのぼのと日向ぼっこしていただが、突然ある方向に顔を向け険しい顔をした。 「どうしたのだ?」 「・・・この気配と魔力反応は、六課の連中か。海鳴に何をしにきたんだ」 は月村の別荘のあたりに現れた反応に誰が来たかを確信した。なのは達の魔力が大きいからか悪目立ちするのだ。 「どうする?」 「・・・穏行符を使ってやり過ごそうか。アルフ程度なら大した事は無いんだが、六課が動くという事はロストロギア関 連だろうし」 「また、前のような事が?」 「ちょっと待っててください。今情報を―――ミッドの好事家が買ったおもちゃが手違いでこっちに移送されたみたいだな」 「・・・はた迷惑な」 「まったくです・・・」 「くぅん・・・」 あらゆる探査に引っかからないように特殊な結界(霊術によるそれ)を使い、はさざなみ寮に篭る事にした。 海鳴中に観測用のサーチャーを放ち、なのは達は協力してくれているすずかの別荘でバーベキューをしていた。 途中でなのはが部下二人を連れて翠屋に行ってなのはの両親の若さに驚愕させたりしたが、ティアナはその時の事を思い出 していた。それは士郎に会った時の事だった。 「ふむ、君は人を殺した、もしくはそれに近い何かを経験した事があるようだね」 「・・・え? わかるんですか?」 「なに。経験者は語るだよ。私は元ボディーガードでね。依頼人を守る為にテロリストを殺した事もある。人を殺しうる自 分の手が恐いんだろう?」 「・・・はい」 「その恐怖を忘れてはいけないよ」 「え?」 「それを忘れ、軽々しく人に凶器を向けるようになったら・・・君はただの殺戮者になる」 「さつ・・・りく・・・?」 「人は慣れる生き物だ。殺しの経験を積んでしまうといつしか軽々しく命を奪うだけの殺戮者に成り果てるだろう。 頭の中に線を引いておきなさい。これ以上越えてはいけないという線をね」 「・・・わかりました」 経験者の言葉は重かった。穏やかそうな男性に殺しの経験があるなど思いもよらなかった。 あの瞬間を思い出すたびに震える手を隠しながら、ティアナは自己紹介を始める仲間たちの輪に加わっていった。 食事が終わって、ロストロギアが見つかるまで時間がかかるだろうという事でなのは達は銭湯に行く事になった。 おなじみのスパラクーアだ。エリオは一緒に入ろうと誘う女性陣を振り切って男湯に突貫し、追いかけようとするキャロを ヴィータが引き止めた。 「何で止めるんですか?」 「あいつの精神衛生上必要な措置だ。それにいつも訓練後にフェイトに拉致されて一緒に入ってるじゃねーか。 今日ぐらいのんびり風呂に入れさせてやれ」 「・・・わかりましたぁ」 不満そうなキャロは渋々とフェイトについて浴室に向かい、ヴィータは相手が子供とはいえまったく抵抗無く男の子と一緒 に風呂に入ろうとする仲間たちに頭の痛い思いをしていた。エリオの将来を憂いながら彼女も浴室に入り軽く体を洗って近場 の浴槽に入る。 「エリオの奴・・・そのうち女性恐怖症になるか相当のむっつりになるんじゃねーかなあ」 ヴィータは昔のを思い出す。抵抗無く一緒に入ろうとするなのはや嬉々として引きずり込もうとするお姉様方に 全力で挑み、あるときはリスティの念動力で体の自由を奪われ玩具にされ、あるときは忍の夜の一族としての力を無駄に 駆使されて捕縛され、ある時は幼馴染の泣き落としとその兄と父の泣かせるんじゃねえというプレッシャーに敗北し、せめ てもの抵抗とばかりに固く目を閉じ続けるという涙ぐましい努力をしていた。 そのためは恋人にするなら貞淑な女性が良いと常々嘆いていた。エリオもそうなるんじゃないかなあと頭の片隅で 考えながら同じ湯船に入り、寛いでいる女性を見る。 小柄な体だがメリハリのついたプロポーションをした銀髪の女性は気持ちよさそうに溜息をついた後、ヴィータに話し かけた。 「またうちのシマを荒らす気かい?」 「警察関係者がやくざな言葉を使うなよ。ミッドの古代遺物がこっちに流れたんで回収に来ただけだよ。やる事やったら とっとと撤収する」 「そうかい。でもあまり暴れないで欲しいね。君達が暴れると地脈が変に刺激されるんだ。その影響で霊の活動が活発化する からすごく困るんだよ。まあ実際動くのは薫や那美だけどさ。規模がでかくなると青森や京都から応援呼ばなくちゃならな いんだよ。昔はそこにも加わったんだけどね」 「・・・あたしら魔導師はこの世界じゃただの疫病神みたいだな」 「その通りだよ。ボクらにとっては時空管理局なんてその最たるものさ」 ヴィータの隣にいるのはリスティ・槙原。ここに彼女がいるのは決して偶然ではない。 「君から話があるといわれたときは驚いたよ」 「一応話しは通しておくべきだと思ったからな。大抵の事はこっちで処理するから後始末よろしく」 「まったく。後で何か奢りな」 「さざなみ寮の住人に翠屋のシュークリームセット」 「わかった。それで手を打とう」 交渉は成立した。話すことが終わってさりげなく別れて二人が寛いでいる所にアリサがやってきた。 「ヴィータ。なのはたちのところに行かないの?」 「別にいーだろ行かなくても。どうせ色々と見せ付けられるだけだし」 「・・・気にしてるんだ」 「・・・わりぃかよ。成長しねえ体って不便なんだよ。ただでさえ身近におっぱい魔人がいるってのに・・・」 「増えてるしねえ・・・。フェイトがシグナムさん並になってるし、すずかもそうだし」 「一応あんたもだな。なのははそうでもないんだけど」 「あの子は標準よね。不破の血が入るとちっさくなるって美沙斗さんから聞いてたけどさ」 「桃子さん似なんだろ。髪下ろすとまんまじゃねーか」 普通に雑談をしている。いや乳談義か。ヴィータは周りを見て大きく溜め息を吐く。成長しない自分に比べて 彼女達のプロポーションはいずれも標準以上だ。出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる。実に羨ましい。 アリサはある意味パラダイスな状況のはやてが暴走してスキンシップという名のセクハラをされる前に別の風呂 に逃げていった。至極当然の判断である。 「あの、ヴィータ副隊長・・・」 「ん? どーしたスバル」 スバルがなにやら思いつめた顔でヴィータのところにやってきた。 「いままで、その・・・聞けなかったんですけど、私たちのお母さんは生きてるんですか?」 「・・・鬼仮面が言ったのか?」 「はい。ヴィータ副隊長か、お父さんに確認を取れって・・・」 ヴィータは軽く溜め息を吐く。何故にゲンヤに確認を取らないのか。上司より父親に聞いた方がいいだろうに。 「事実だ。見つかったクイント・ナカジマの遺体はクローニングされていた。つまり限りなく本物に近い偽者だ」 「・・・そうですか。あれ? でもそれは本物が生きている理由には・・・」 「何のための偽者だよ。本人が生きている事をカモフラージュするためなんだから本人は生きてるに決まってるだろ」 「あうっ! そ、そうですよね。あ、あはははは・・・」 相変わらず少々おつむが弱いスバルは照れ笑いをしながらうつむき、表情が暗くなる。 「なんで・・・お父さんは教えてくれなかったのかな」 「・・・知られるわけには行かないんだ。クイントを殺すように指示した奴らにな」 「え?」 「クイント・ナカジマは戦闘機人事件を追った際に知ってはならない事実を知ってしまった。知りすぎた彼女は奴らにとって 都合が悪かったため部下に殺害を指示したが、そいつらに敵意を持っていたその部下達は彼女の死をカモフラージュして匿っ てたんだ。真相に近づき事実を知ったあたしは秘密裏に協力体制を取っていたナカジマ三佐にそのことを伝えてあった」 「でも・・・」 「奴らの目や耳は何処にあるのかわからなかった。ミッドは奴らの庭だからな。今この海鳴なら奴らの耳目は無い。それに 不用意に周りに教えてそこからこそこそ動いてるあたしらを割り出されるわけにはいかなかったんだ」 「仕方・・・なかったんですか・・・?」 「そうだ。それに・・・この事件を追っていたらそのうち会う事になるだろうからその時が来るまであえて言わなかったと いうのもある」 スバルはその言葉に目を輝かせる。死んだと思っていた母が実は生きており、近々会えるかもしれないと言われたのだから。 色々考えて悩みを吹っ切れたらしいスバルは明るい表情でティアナとキャロを引っ張って色々な風呂に出かけていった。 その頃、エリオはとても解放された気分で湯船に浸かっていた。いままでお風呂に入るときはなぜかいつも女性がいたり したため気が休まるどころではなかったのだが、ここは男湯だ。フェイトたちはさすがに入って来れないし、キャロは 自分が尊敬するヴィータ副隊長が引き止めてくれたのだろうと予測する。いつも助けてもらってるだけに大感謝だ。あとで アイスを奢ろうと心に決めた。 こうして一人でいると、エリオの脳裏に自分と同じ顔をした、けど決定的に何かが違う少年の姿が浮かんでくる。 もう一人の自分であり、兄弟である少年の言葉が、数多く生み出され死んでいった兄弟達の話を思い出して泣きそうになる。 プロジェクトFはまだどこかで続いているのだろうかと思うとやるせない気持ちになる。それと同時にあの時のフェイトの 言動に何かを感じた。彼女はこれまでも何らかの酷い境遇の中にいる子供を保護し救ってきた。それは間違いないのだが、 あのもう一人の自分を前にした時、一緒に居た家族と思わしい少女に目もくれず保護すると言い出したことに彼女のエゴが見 えた気がしたのだ。まるであれは・・・・・。 そこまで考えて考えるのをやめた。恩人を疑うなどしたくないから。 「でも・・・あのときのフェイトさんは―――何か変だったな」 銭湯から出てきた彼女達は都合よくロストロギアが観測用のサーチャーに引っかかりティアナの指揮の下速やかに 回収され、そして異変が起こった。キャロが突然怯えだしたのだ。そのキャロの視線は何も無いはずの空間に固定されていた。 「キャロ? どうしたのキャロ?」 「だめ、みんな・・・みんな逃げてええええっ!!」 キャロの剣幕に誰もが戸惑う中、ヴィータだけがキャロとエリオを抱えて離脱、それに触発されたスバルがティアナを掴ん でウィングロードで空中に逃げた。その直後、4人のいた地面が大きく抉れる! 「「「「なっ!!!?」」」」 突然の現象に誰もが呆然として、キャロが危ないと叫び、その叫びに突き動かされたヴィータが大きくその場を離れたと ころになにかが噛み合わさる音が聞こえた。 「な、なんなの!?」 「何がおこっとるんや!?」 誰もが混乱する中ヴィータは思い出した。リスティからの忠告を。 「やべえ・・・あたしらじゃこいつに対処できねえっ!!」 「な、何かわかるんか!?」 「キャロ! こいつの姿は!?」 「い、犬です! でも、車くらいに大きいんです!」 キャロには見えていた。自分を襲うモノの姿が。キャロは一応巫女である。この世界に来た事で、そしてそういう存在が 実在すると知った事で眠っていた感覚が目覚めたようだった。 「ヴィータ!?」 「悪霊だよ! 犬の悪霊!」 「なんだとっ!!」 ヴィータの返答にシグナムが驚く。あの時の話も信じてはいなかったのだろう。今更この怪現象に心底驚愕していた。 「そこか!?」 フェイトは新たに少し抉れた地面に向かって魔力砲を放つ! だが、それは空しく地面に当たり消えて行く。 だが、それを見て危機感を募らせるものが一人。ヴィータだ。 「魔法を使うな! 何が起こるかわからねえ!」 「ど、どういうこと!?」 「あたしらが使う魔力はこの世界じゃ異質なんだ! 使えば地脈って言う血管みてーにめぐってるエネルギーの流れに干渉し て不安定にしちまう! 不安定になったエネルギーをあいつらが吸収して、あいつらはより強力で凶暴な存在になるんだよ!」 ヴィータの話しになのは達は愕然とする。つまり自分たちがいるからこそ今この状況が起こっているのだと理解してしまっ たのだから。そしてその言葉を裏付けるようになのは達の目にも【犬】の姿が浮かび上がる。その事にヴィータはさらに 危機感を募らせる。一般人にすら視認が可能になるほどに力を得てきた事に脅威を感じていた。 「どうすればいいの!?」 「現地の退魔師に協力を仰ぐしかねえ!」 「それはあかん! 無関係な人間を巻き込むわけには!」 「言ってる場合かよはやて!」 この後に及んで自分達で何とかしようというのか。ヴィータは最悪に連絡を取ろうかと考えたとき、声が聞こえた。 ―オン・ナウマクサンマンタ・バサラタンカン。不動明王火炎呪!― 【犬】が突然燃え上がる! 苦悶の声を漏らしながらのたうつ【犬】を呆然とみて、突然現れた影に全員が一斉に振り向いた。 「真言密教は余り得意じゃないんだが、何とかなるものだな」 「鬼仮面!?」 そこにいるのは自分たちにとって仇敵である鬼仮面の青年。いきなりの出現にフェイトとシグナムが構えるが、ヴィータが 止める。 「わりぃ。頼めるか?」 「任せておけ。こちらは俺の領分だ。お前たちはさっさと消えてくれ」 「な、あなた「わかった」ヴィータ!?」 抗議しようとするフェイトがヴィータに遮られる。 「あたしらには何もできねえ。あいつを打ち倒す事も、地脈を安定させる事もだ。むしろ原因であるあたし等はいない方が良 いんだ。このまま退くぞ。あたしらの仕事は終わった」 「でも、私たちが原因なら」 「速く行け。邪魔なんだよ、お前たちは」 今度は鬼仮面に言葉を遮られるフェイト。フェイトは鬼仮面を睨むが彼は気にしない。というかできない。 目の前の【犬】はフェイトたちが思っている以上に厄介なのだ。 「シグナム、シャマル。手を出すなよ。今ここで邪魔をすると一般人がもれなく大量虐殺されるぞ」 「・・・ヴィータ。なぜ、そう言える」 「おい。あれはどういう恨みを持ってんだ?」 「・・・この近辺で不良どもに嬲り殺された犬だ。偶然にも犬神の法を成立させている」 「イヌガミ?」 「意図的に作る犬の悪霊だ。首から下を地面に埋めて目の前に餌を置きその状態で放置し、発狂したところで首をはねる。 ある流派の呪術使いはその悪霊を呪で縛って従えて使役するんだが・・・」 その残虐極まる方法に吐き気と嫌悪、そして怒りを覚えるなのは達だが、鬼仮面は淡々としている。 「ちなみにそれをやった馬鹿共はこいつに取り殺されている。ある者は車に撥ねられ、ある者は恐怖で発狂し自殺。少し前 から地元の退魔師が調査していたが、自業自得だとして放置されていた」 「なんで!? 人が死んでるんだよ!?」 「そいつらのやった事を考えろテスタロッサ・ハラオウン。一つ教えてやる。世の中やったらやり返される。そいつらは 正当な恨みでもって復讐された。ついでに言うとその不良どものやった動機が―――ただの暇つぶしだ」 この上なくくだらない理由で奪われた命。そして死んだ後に行われた復讐。鬼仮面から、この世界の退魔師からしたら 見捨てるには十分な理由だ。退魔行は慈善事業ではない。命の危険が常に付きまとう危険な仕事なのだ。余計な危険には首を 突っ込まないか、グループを組んでそれに当たるのが当然なのだ。ちなみに今の海鳴の退魔師は那美一人である。 「今この海鳴にいる退魔師は浄霊を得意としているが大した戦闘能力を持っていない。こいつを相手にするには役者不足でな。 偶々ここに来ていた俺が顔を出しに来たんだ。ちなみにこいつはお前たちのランクに換算するとSS−位だ。しかも現在 進行形でパワーアップ中。ここは地脈が三本交じっててただでさえ厄介な場所なんだ。やってくれるな本当に」 鬼仮面は何枚も札を取り出して構える。犬神は何とか炎をかき消し鬼仮面を睨み唸り声を上げる。 「さっきも言ったが早く行け。手の内をさらす気も無ければお前らを守る気も無い。巻き込まれても知らんからな」 鬼仮面は犬神に向かい札を投げつける。それぞれが炎を、氷を、雷を発して殺到し犬神を傷つける。犬神は咆哮を上げて 飛び掛り鬼仮面を襲おうとするが、野生の獣そのものな動きを瞬時に見切り、抜刀。霊剣美影と魔剣ざからで前足を切り落 とす。 『ガアアアアッ!!』 「恨みも無いし哀れだと思うが、無差別に人を襲うモノになってしまった以上放置はできん。その魂、闇に滅する」 前足を再構築して再び襲い掛かる犬神に、鬼仮面はその両手の小太刀に銀の炎を灯らせる。 「奥義・真威楓陣刃!」 正面から腹部に潜り込みながら犬神の胴体を三枚におろす! 『グガアアアアアアッッ!!』 それでも鬼仮面を食い殺そうと顔だけで襲い掛かる犬神を、四つの銀光が犬神を切り裂き、浄化の炎に包まれながら消えて いった。 「おわった・・・か」 鬼仮面の言葉など聞く気も無かったフェイトたちはただ呆然とその戦いを見ていた。フェイトたちから見ても犬神は強い。 フェイトたちに対処可能だったとしてもこうも簡単に倒す事は出来なかっただろう。何より彼の剣には迷いが無い。 命を奪うその行為に慣れすら感じていた。 「やれやれ・・・結局見学していたか」 鬼仮面は呆れたように溜息をつき、小太刀を地面に突き立て、手で印を組みぶつぶつと呪文を唱え始めた。 「・・・何やってるのあれ?」 「地脈を安定させる儀式かなんかだろ」 儀式を執り行っていた鬼仮面がおもむろに顔を上げる。 「結界を解け。結界に使っている魔力が地脈に影響を与えている」 「ごめん。すぐに解くから」 なのはは結界を解除し全員が飛ぶのをやめて降りてきた。はやてとフェイトは地面に突き立てられた小太刀を見ている。 「はやて部隊長。あの剣がどうかしたんですか?」 「黒い剣は昔私らの目の前で奪われたロストロギアやし、もう片方も昔保管室から紛失したロストロギアや」 「目の前に奪われたロストロギアがあるんだ。何とか取り返せないかなって・・・」 魔法を使うと先ほどと同じような事態になりかねないため手を出せないからか悔しそうに顔をゆがめる。 そんな二人にヴィータは呆れてものも言えない。あの二振りは彼こそが正当な持ち主であると彼女は知っているのだ。 「おい。この二人がその刀を狙ってるぞ」 「ヴィータ!余計な事を言うんじゃない!あれは管理局の」 「ちげーよ。元からあの二振りの正当な持ち主はあいつなんだよ。管理局が略奪した霊剣と、元から誰のものでもない魔獣が 取り憑いた魔剣だ。管理局のものだと主張するお前らの方がおかしい」 「略奪って・・・」 「この霊剣は俺の一族がテロで全滅した際に管理局が火事場泥棒したものだ。元は祖母の愛刀だった。 そしてこの魔剣は昔から俺と仲の良い魔獣が取り憑いたものだ。管理局が所有権を主張する方がおかしい」 「終わったのか?」 「ああ」 ティアナたちはロストロギアの出自を聞いて訝しむ。そもそもロストロギアの定義は・・・ 「ほら帰るぞ」 「でも!」 「良いから帰るんだ! あたしらの仕事は終わったんだからな!」 目の前にいる宿敵を見逃せといっているヴィータにフェイトたちは気色ばむが、逆になのはと新人達は納得したように 帰り支度を始める。助けられたのは事実だし、彼は今回犯罪行為をしていない。そもそも前回だってガジェットの破片を 転送したのも本体ではないし弟妹を助けに来ただけだ。しかも先に仕掛けたのは彼女達のほうだし。 ヴィータはごねるはやてたちに対し三提督の名前を出して無理矢理帰らせる。直属の部下だったヴィータの言葉は あの三人には直接耳に入るのだ。彼等の耳に醜聞が入るのは拙いと判断したはやてたちは渋々引き上げる事になったのだった。 六課が去った海鳴のさざなみ寮では、が美影の手入れをしていた。 「・・・ふむ。これでいいかな?」 『うむ。これで良いぞ孫よ。しかしあやつら一部を除いてぼんくらばかりだな。士郎の娘は多少まともなようだが』 「職務に忠実といっても良いが・・・状況くらいは察して欲しいもんだ」 「まったくよな。、次は我の手入れを頼む」 「はいよ」 美影の手入れを終えて鞘に戻し、今度はざからを抜いて手入れを始める。もっともざからには手入れなど必要無い筈なのだが、 「分け身だけでなく本体も構って欲しいのだ」 ということらしい。 「ご苦労様でした君」 「いえいえ。正直あれは那美さんの手に負えない。神咲三家の当代全員じゃないときついでしょう」 「それを一人でかい。君も相当な化物だ」 「俺のポテンシャルはそもそも化物級ですからね。素のリスティさんでも抱き上げられますよ」 「それは魅力的だね。でも勘弁だよ。ざからに嫉妬されるしね」 「そのくらいではせぬよ。まあ独り占めしようというのならチンクやヴィータが黙っては居らんが」 「君の妹達からも総攻撃を受けそうだ。まったく、大した慕われぶりだよ」 『特にノーヴェは男性として意識しているからな。我が孫ながら罪な男よ』 その後もは散々からかわれながらもさざなみ寮で穏やかな時間を過ごし、お土産を持ってミッドに帰るのだった。 後書き 六課海鳴に来る。そして悪霊の脅威を知りました。 地脈云々は筆者の創作です。IFではなのは達が戦うたびに不安定になっていた地脈を神咲の退魔師たちや が駆けずり回って除霊と地脈の鎮圧をやっていたということになってます。 闇の書事件での最後の戦いがもっとも悪影響を与え、何人か死者も出してます。その後もその影響で ちょっとの魔力で過敏に反応するようになったので海鳴全体に大規模な沈静用の陣を張ってたりします。 ではヴィータサイドに ヴィータサイド ヴィータは六課を離れて三提督の執務室にいた。 「・・・地球にはなるべく干渉しない方がよさそうね」 「そうじゃな。無駄に災いを招いてしまうようじゃ」 「しかしまあ、職務に忠実なのは良いがもう少し柔軟になって欲しいのう。あの暗示がまだ染み付いておるようじゃが」 ヴィータは今回の事を報告に来ていた。地球に無駄に手出しをさせないために。 「暗示というか、そういう考えを研修時代に刷り込まれたらしいです。やったのはクロノ・ハラオウン。彼女達も 彼を信頼していたのが災いして根底まで染まっているようです」 クロノはある意味管理局の申し子だ。法の守護者であるという自負がくだらない方向に向かっている。そして・・・ 「フェイト執務官はクロノの刷り込みによって使えそうな人材を無意識に管理局に取りこむように仕向けられています」 「それでか。彼女の保護した少年少女のほとんどが管理局への就職を志しておる。エリオ・モンディアルのように」 「彼女自身似た様な境遇ですからね。それでほかには?」 「封印され保管されているはずのロストロギアが一部裏のマーケットに出回っています。横流しするものがいるようです」 「以前から問題になっていたな。一応犯人は絞ったのだが、ほとんどが何者かに始末されている」 「暗部の仕業じゃろうな。もはや管理局は滅びるべきかも知れんな」 その言葉に残りの二人も頷く。 「我々もこの数年間この腐敗をどうにかできないかと思い努力しましたが、もう無理なようです」 「組織が大きすぎるのと、暗部が各部署に潜んでおる事が原因じゃな。六課にはそれが無いように詳細に調べて人員を配置 したが、たった一部の部隊でそれをやっても意味が無い。もはや手遅れじゃ」 ようやくその事に至った目の前の老人達にヴィータは内心溜息をつく。それと同時に大して権力に興味が無い事に驚く。 普通なら己の権力を維持する為にそれはもう手段を問わずに手を出すものだ。 「今後も六課の監視を続け軌道修正をしながら職務に当たってもらえるかしら」 「了解しました」 ヴィータは監査官だった。全てを知っている彼女ははやてたちが間違わないように裏で操る側についていた。 いずれそこからいなくなると分かっていても、それでも彼女達が心配なのだ。情が深いヴィータのむける最後の優しさが それだったのだ。 彼女が期待を寄せるのはティアナだ。彼女はいつでも思考を止めない。それが今の管理局に不信を募らせるものになる。 そうなれば彼女はスバルたちを率いてもっとも最適な動きをしてくれるだろうと思っている。 なのはとティアナがいればとりあえず六課は道を誤らない。そう確信しているヴィータはいずれ来る決別の日に想いを 馳せるのだった。 |