ゼストが合流して2週間。
 自分の主張をあまりせず周りに合わせているため、彼は六課のメンバーから一定の信頼を得るようになっていた。
 ・・・ただ一人を除いて。


 アナザーIF―第十五話―

 内に秘めるもの

 機動六課の中庭で、ティアナは寝転がっていた。まだ朝が早く、朝錬まで後20分ぐらいある。
 ティアナは脳内でシミュレーションしていた。と、あるいはヴィータが相手のときの戦闘のそれだが、彼女はなぜか
ゼストやフェイトといった仲間との戦闘もシミュレーションしていた。ティアナは疑り深かった。彼女はゼストを信用も
信頼もしておらず、またフェイトたちのことももしもの展開を考えていた。ヴィータに言われていたある事、最悪の状況を
イメージして置けということを実践しているのだ。
「・・・やっぱり、あたし一人じゃ難しいわね。そもそもなんでこうオーバースペックな人たちを相手に一人で戦うイメージ
なんて・・・」
 ティアナは策の立て方と魔法の運用に付いて、倒す戦いではなく制する戦いをすることに切り替えていた。殺しそうになる
ような戦いではなく、相手を取り押さえる事を目的としている。
 ティアナは心の中で自分を皮肉る。最初、ヴィータは自分達を裏切ったと思った。自分達の信頼も何もかも捨てたのだと、
心からそう思っていた。しかし、それでも憎めなかった。
「・・・ヴィータ副隊長は、あたしにとっては救いの道を示してくれたものね・・・」
 副隊長。ティアナはヴィータをそう呼んだ。なのはは戦いを教えてくれたし、心構えなんかも教えてくれた。だが、人を殺
してしまう恐怖を最終的に拭ってくれたのはヴィータだった。裏切りと言うより見限ったと言う事の方が、若干傷つきはしたが。
それでも、ティアナはヴィータをなのはに次ぐ恩師としてみていたのだ。それに彼のことも嫌いではない。誰よりも最初に
才能があると認めてくれた相手だったのだから。
 ライアットコントロールと言う戦い方がある。暴徒鎮圧術だ。極力相手を傷つけずに打ち倒し無力化する、いわゆる活人術。
怯えるティアナに、ヴィータはそれを教えた。ただ暴力で打ち倒すのではなく、相手の戦意を挫くような戦いをして捕縛する
技術。ヴィータはなのはに内緒でそれに関する教本をティアナに与えていたのだ。ちなみに教本はリスティ経由である。
「魔法の無い世界で生まれた、魔法を用いず相手を死なせずに無力化する技術。ミッドには無いものね」
 要は死ななければいいのだ。怪我をさせても時間が経てばすぐに治るようなダメージを与えればいい。もしくはトリモチの
たぐいを使うとか。
「なのはさんみたいに見た目からして派手な奴とか使えば楽なんだけどねえ・・・」
 それをやるだけのスペックが無い。才能が無い、と普通は思うのだろうがそれは違う。そもそもこの手のスペックには個人差
が大きいのだ。ならそれに満足するか、諦めるかではなく、そのスペックで自分が望む働きをするためにはどうすればいいかを
考えろと、かつて彼女はヴィータに一喝された。
「あたしって何気にものすごく期待されてるのよね。他の人間はそうじゃないけど、主にヴィータ副隊長とあの人に・・・」
 どういう意味での期待なのか、彼女は正確に理解していた。
「・・・ゼストさんには要警戒よね。そもそも評議会が送り込んできたってとこに怪しむ所があるのよ。ヴィータ副隊長だって
全てを調べきれるはずが無い。表からじゃ評議会を調べるなんて出来ないんだ」
 彼女は最悪の状況を考えていた。何処から腐っているのかを考えて、評議会の情報を少し見てみたのだ。
「・・・どう考えても百歳オーバーはありえないでしょ」
 結局、もっとも突っ込みどころがあるのはそこなのだった。
 朝錬の時間になり訓練場に駆けていくティアナを、白いカラスが見つめていた。

 午後、ティアナはなのはとフェイトに連れられて無限書庫にやってきていた。
「ここが・・・」
「そう、無限書庫。広いでしょ」
「広いなんてものじゃないと思いますけど・・・」
 あまりに広すぎる上に、上を見ればありえない高さまである本棚に目を奪われる。
 そんなティアナに苦笑しながら、なのはは周りに目を配ると、
「ユーノくーん!」
「なのは。注文を受けてた資料は見つかったよ」
「ホント? 助かったよユーノ君」
 幾つもの本を抱えたユーノが飛んできた。
「陰陽道に関する資料のほかに、仏教系の神様なんかが載ってる資料。他関連書籍を山ほど」
「こ、こんなにあるんだね」
 渡す資料の説明を終えてから、ユーノはティアナに気付いた。
「ユーノ。彼女はうちの隊員の」
「ティアナ・ランスター二等陸士です。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に。僕はユーノ・スクライア。この無限書庫の司書長をしてます。アグスタで一度あったね」
「はい。それでその、資料の中身ってどういうものなんでしょうか」
「うん。約千年に及ぶ陰陽道の歴史や有名な陰陽師、その彼らの使ったとされる術の体系なんかも網羅してあるんだ」
「千年・・・」
 あまりにも長いその歴史にティアナは呆然とする。ミッドの魔法は復興してからまだ100年経っていないのだ。
 なのはは対策を執るためにまずそれを知る事を始めたのだ。そこでユーノに力を借り、無限書庫で陰陽師関連の資料が
無いか確認をとったのだが・・・
「なのは。理解できる?」
「無理だよフェイトちゃん。そもそも字が大昔の草書体。ミミズがのたくったような感じになってる」
「あの、ご自身の故郷の文字ですよね?」
 無限書庫にはあらゆる本が存在するが、現代仮名遣いになっているわけではない。現代っ子でかつ理数系が得意ななのはには
読むことができなかった。というか・・・
「せ、せめて高校行っておけばよかった・・・」
「中卒だもんねえ・・・。中学ではそこまで昔の文字とか習わなかったし・・・」
 そもそも現代日本でもそういうものを読めるのは古代史関係の学者か、言語学の専門家くらいだ。なのはに読めるものでは
ない。ちなみには読めるし書ける。
「あのねなのは。そうなるだろうと思って現代文で書かれた資料、というかオカルト関係の専門書があるんだけど」
「「早く言ってよ」」
 ユーノが差し出した本を奪い取ってその本の中身に目を落とし、ティアナも後ろから覗き見る。
 その後数時間、なのは達は本を読みふけった。

「あ、ティア。なのはさんたちも。お帰りなさい」
「ただいまスバル。変わりは無かった?」
 とっぷりと夜もふけてから、三人は宿舎に帰ってきた。一日中本を読んでいたので肩が凝っているらしくしきりに肩を動か
している。約一名別の意味で肩が凝っていそうだが。
「ゼスト副隊長がエリオに訓練つけてたくらいかな。ガジェットも動いてないみたいだし、あの人たちにも動きが無いし」
「そっか。まあ、あらかた目的を達しているだろうあの人たちが早々動くとは思えないけど」
「で、なのはさん。何か収穫はありました?」
「うーん・・・どうだろう。最終的な結論は・・・」
「結論は?」
「陰陽術と言うものが恐ろしく多岐に渡った技術体系であるということと、その凄まじさが分かったくらいかなあ」
「ほとんど意味なかったよね。っていうか神様の力借りたりしてるみたいだし」
「神降しって言うのもありましたよね。神様を自分の体に呼び込むやつ。神道・・・でしたっけ?」
君の事だから、邪術とか言われる方の系統もストックに入ってそうだし」
「鬼道関連もだね。鬼ぐらい普通に使役してそう」
 なのはたちが口々にそういう中、スバルはよくわからないらしくしきりに首を捻っている。
「とにかく、あたしたちが否定してるタイプの現象を使ってくるだろうってことよ」
「うん・・・あれ?」
「どうかしたの?」
 スバルが中庭の木の枝を凝視している。三人はスバルの視線の先に居るものを見て、表情を険しくする。
「まさか・・・!」
「こっちの状況は!」
「全部監視されてる!?」
 その視線の先には一羽の鳥。白いカラス。その額には何かの文字が。
『おや、気付かれたか』
君!」
 カラス、いや白鴉は突然言葉を発した。の声で。
「・・・今まで覗いてたの?」
『心配しなくても、風呂とか寝顔とかは見てないぞ。俺がほしいのはそっちの作戦状況だけだし』
「それは安心したけど、女としてなんか思うところが・・・」
『恋愛の一つもせずに仕事に打ち込むだけの寂しい青春を送ってるから、女なんて捨ててると思ってたが・・・』
「「ちょっと頭冷やそうか?」」
『やっても本体に影響ないぞ』
「「ちっ・・・」」
 彼らの会話を、スバルは呆然と見ている。ティアナは数日前から何度か見かけていたカラスがの式神とは気付いていな
かったため、色々と見られていたことに対して顔を青くしていた。
「あのー・・・質問いいですか?」
『何だタイプゼロ』
「・・・まさかあたしの体の事知って?」
『そりゃあクイントがいるからな。色々聞いてるぞ。ついでに言うとお前やその姉ギンガの稼動データが、この間やりあった
妹分たちの製造に一役買ってたりする』
「何処で流出してるの!?」
『本局の技術部からだ。一部の研究者はその手の情報を売って小遣い稼ぎしてるからな』
「マリーさああああん!!!!」
『ちなみに彼女は白だ。周りの数人は真っ黒だが』
「フェイトたいちょおおおおっっ!!!」
「う、うん。手配しておく」
 予想だにしてなかった自身の情報の流出に、もはやスバルは泣きながらフェイトにすがる。フェイトは妙な迫力に押されな
がら本局の信頼の置けるお偉いさんに通報した。
 すんすんと泣いているスバルをあやしながら、ティアナはに聞きたい事を聞いた。
「あなたたちの目的は、管理局の崩壊ですか?」
『崩壊と言うか、破滅だな。不正が横行しすぎているのもあるが、裏の連中が特に気に入らなくてな』
「なら表は・・・」
『表は、特に下の方、それも現場にいる連中の大半はちゃんとした志を持って仕事をしているのは知っている。だが・・・』
「だが?」
『裏に侵食されている幹部を潰さねば管理局は変わらない。それ以上に、お前が怪しく思ったあいつらを消さねば
俺やスバルのような存在は無限に沸き続ける。上層部の80%の首が飛べばこれだけの巨大組織はいやでも崩壊するだろう』
 裏を殲滅すると結果的に滅ぶのだとは告げ、なのは達は何も言えずに沈黙する。
『陰陽術の事を調べたんだろうが意味ないぞ。そもそもそれを扱う為の霊的なセンスが無いし、お前達では呪殺にも対抗で
きない。使っているエネルギーからして違うのだしな』
「コアなしでも魔法を使えるのは何故?」
『霊力と言う奴だ。魔力とは全く違うエネルギー。気や生命エネルギーの一種だな。ちなみに魔力とは違い、使い切ると死ぬ』
「危険じゃないんですか?」
『限度くらいはわきまえているさ。使いすぎると地獄の全身筋肉痛が待っているぞ。何度か経験済みだ』
「「「何故に筋肉痛」」」
『魔力とは違い肉体依存のエネルギーだしな。魂の力と認識してはいるが、肉体がその影響を受けるのはむしろ当然だし』
 霊力は本人の内側の力だ。魔力は大気中の魔力素をリンカーコアが取り込んで魔力として生成している。外気功に近い。
『ところで俺のリンカーコアはどうした?』
「シャマルさんが処分してたよ。やられた恨みだとか・・・」
『・・・まあ良いけどな』
 複雑そうに言う白鴉に少し疑問を抱くが、白鴉は言葉を続ける。
『さて、他に質問は・・・っ!!』
 白鴉が突然飛び上がる。そしてその瞬間―――ドゴウッ!! という音と共に白鴉が居た場所に槍が突き立つ!
「これはっ!!」
「ゼスト副隊長!?」
 通路の角のところに槍を投擲したまま立っているゼストがいた。

「スパイ活動ご苦労な事だな」
『なあに。なのは達は兎も角としてそこのガンナーの御嬢、ティアナが心配だったんでな』
「え?」
 スバルはわけも分からずティアナを見た。ティアナは自分の予想が当たっている事を確信してしまいゼストに銃を向けている。
「てぃ、ティア?」
「どうしたのティアナ。何でゼストさんに」
『彼女は優秀だ。俺の言葉の裏を読んだり、ヴィータが残した情報の更に上を考えていたんだろう』
「ティアナ?」
「ゼストさん。貴方は・・・」
「ふ、今は仲間だろう? 問題はそこの鳥の姿のスパイではないか?」
 ティアナは警戒を緩めない。この数日の訓練で彼の実力はある程度把握している。自分では勝てないと理解していた。
「今は何もしない。いまは・・・な」
 ゼストはティアナから視線を外し、白鴉を見た。
「そのような姿になってまで覗きか。堕ちたな小僧」
『ほざけ狂人。奴らの命令ならば殺しすらいとわないお前に堕ちたなど言われたくはない』
 なのは達は展開に付いていけなかったが、唯一つ分かった事があった。それはゼストとに面識があるということ。
『そもそも、好きでもない女の裸など見て何が楽しい』
「・・・大部分の男は楽しいと思うぞ」
『生憎だが、女の裸は見飽きている』
「・・・君?」
『なのは・・・昔俺が忍さんとか桃子さんとかに強引に一緒に風呂に入れられてたのは覚えてるよな』
「すいませんでした」
 今更ながらに母と兄嫁の凶行を思い出して納得し、謝る。自分も当事者だと言うのは記憶の彼方だ。
「小僧。いい加減話を脱線させるのは止めにしないか?」
『・・・ふう。この体じゃろくに戦えないんで煙に巻こうと思ってたんだがな・・・』
 白鴉は夜空に飛び立ち、ゼストは槍を拾って白鴉を追って空へ舞い上がった。
 そしてその後、騒ぎに気付いたはやてたちが大急ぎでやってきた。
「どないしたんや!?」
君が式神を飛ばしてきてた。・・・今ゼスト副隊長が追ってます」
「我々も出よう」
「・・・八神部隊長」
「フェイトちゃん? 何を改まって・・・?」
「話さなきゃいけないことがあります。ティアナ、君もいいね」
「・・・はい」
 フェイトは集まってきたみんなを管制室に促し、二人の戦いを見ながらさっきの邂逅で分かった事を報告するのだった。

 六課の隊社の上空では、ゼストの攻撃を白鴉がかわしていた。
「はあっ!!」
『おっと! あたらないなゼスト』
「くそっ! ちょこまかと!」
 また一つ攻撃をかわした白鴉が翼に銀の炎を纏わせ、羽ばたいた。その羽ばたきから無数の炎のつぶてが射出され、ゼストは
防御するために障壁を張る。しかし・・・
「ぐああああああっ!!」
 ゼストの魔力障壁をすり抜けてゼストを炎で包み込んだ。
『無駄だ。お前たちの魔法と違いこっちは意思しだいで威力も効力の限定もできる。障壁を透過するなど朝飯まえだ』
 消えない炎に空中でのたうつゼストを冷ややかに眺めながら、白鴉はさらに攻撃を食らわせようとするが、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
 膨大すぎる魔力が炎を消し飛ばし、所々火傷を負ってはいるもののそれも軽微。
「無駄だ。リンカーコアを抜かれ力を失ったお前とは違い、俺にはあれがある!」
 ゼストの体から人間にはありえない膨大な魔力が立ち上る。それはさながらが見せたあれのように。
『・・・そうだったな。レリックウェポン試作二号機・ゼスト・グランガイツ』
「お前はもう欠陥品でしかないがな。レリックウェポン試作一号機・不破
 レリック。モニターしていたはやてたちはその言葉に驚く。その使い道がおぼろげではあるが理解できていた。
 ゼストは槍を振るいながらに問いかけ始める。
「お前には聞きたいことがあった。お前は何のために剣を振るう」
 白鴉は鳥の身でありながら、色々な法則を無視した動きでかわし答えていく。
『・・・守るためだが? それがどうした』
「守るためならば違うやり方があるだろう。お前はなぜ容易に人を殺せる!」
『・・・お前に言われたくはないんだがな。正義を盾に殺しを続けるお前には』
「俺には義がある。法では裁けぬ犯罪者を闇に葬るという義がな。だが、お前はどうだ!」
『ふむ、正義がどうこうはどうでもいい。俺が愛し守ると誓ったものに害が及ぶならば、害を成す前に屠るのが俺の、不破のや
り方だ。それ以上もそれ以下もない!』
「なぜ我らに敵対する!? 元はといえばお前たちも!」
『―――ダマレ。ソレイジョウクチニスルナ』
 管理局のために造りだされただろうに、という言葉は続かなかった。
 突然口調の変わった、そしてありえないほどに濃密な殺気を放ち始めた白鴉にゼストが一瞬怯む。
「お、お前・・・」
『カンリキョクハテキダ。チチトハハヲクルシメ、オレトイウバケモノヲツクリダシタクズダ。イノチヲモテアソビセントウキジ
ンヲモツクリダシタ、セイメイトイウモノヲボウトクスルオロカモノダ』
 抑揚のない、それでいて怒りが篭もった声に、とてつもなく覚えのあるなのはが顔を真っ青にしている。
 感情が高ぶりすぎて式神に影響が出始めているようだ。白鴉の毛が逆立ち、全身を凄まじい銀の炎が覆っている。
『ゼッタイニホロボス。ユルシハシナイ。ショゾクスルモノスベテ、コロシテクレル!』
 それはの本心。心の奥底に巣食った、理性で縛り付けた呪われた怨嗟の叫び。それが怒りと共に解き放たれていた。
 モニターしていた誰もがその叫びを聞いて息を呑む。特になのはは信じられないような顔で白鴉の向こうのを見ていた。
『アアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』
 白鴉は炎を纏ったまま殺気に縛られて動けないゼストに突撃する!
 誰もがゼストの死を確信した瞬間―――白鴉は燃え尽きるように消え去り、焼け焦げた式符が風になぶられ消えていった。
 放たれる力に耐え切れず、式符は燃え尽きてしまったのだ。
「はあっ・・・はあ・・・」
 完全に死を覚悟していたゼストは目の前で燃え尽きた白鴉の幻影を呆然と眺め、そばに来ていたフェイトとシグナムに気づいた。
「ゼスト・グランガイツ。聞きたい事が山ほどある。お前を拘束する」
 の殺気の影響が残っていたのか何も言葉を発しないまま、ゼストは何重ものバインドと魔力封印を受け、取り押さえられた。


 ゼストには黙秘も詐称も許されなかった。はやてがヴェロッサ・アコース査察官を呼び、直接頭の中を覗いたのだ。
 そしてティアナの予想は当たっていた。ゼストは六課の中で局に、ひいては評議会の邪魔になりそうなものを消すために
送り込まれていたのだった。そして、レリックの使い道、ジェイル・スカリエッティの真の情報、ナンバーズと、彼の知りうる
全ての情報を抜き出したのだった。そして・・・
「・・・なのは。は・・・」
「・・・止められない」
「なのはさん?」
「本気なんだ。君の本当の目的は管理局に所属するあらゆる生命の抹殺。でも、そうしない事情があって、それを押さえ込
んでる。あの時の宣言通りにはならないだろうけど、でも、近いことにはなると思う」
 なのはは幼馴染みの心境を理解できていた。
君はあの狂気を押さえ込むよ。何らかの代償行為はするだろうけど。でも、狂気を押さえ込む。いついかなるときも自分
を律する事を忘れようとしないから、自分であろうとし続けるから」
「なのはちゃん・・・」
 なのはの断言を聞いて、はやては安心していいのか危惧するべきなのかわからなくなった。
「大丈夫だよはやてちゃん。ヴィータちゃんがそばについてる。それに、他にも君についていてくれる人がいるみたい。
だから大丈夫。君は絶対に狂気を押さえ込むよ」
「なのはさんはそれでいいのですか?」
「・・・リイン。うん・・・ちょっと悔しいかな。できれば私がついていたかった」
 なのはは己のへの感情が何なのか自覚していた。だが、それはもう届かないと理解してしまった。
 初恋を自覚すると同時に失恋したなのはは、静かに涙を流しながら、狂気をその身に宿した幼馴染みを想うのだった・・・




後書き
地上本部襲撃前の一幕でした。
ゼストは一応捕縛されました。
そしての狂気が発露。

ではヴィータサイドに


ヴィータサイド



 ところ変わってスカリエッティの研究所では、地上本部の図面の情報を抜き取って潜入ルートを考えていた。
「まあ、最終的にはセインのディープダイバーがあるからどうとでもなるんだがね」
「ドクター・・・そんな身も蓋も無い事を・・・」
 ジェイルの言う事ももっともだ。物体をすり抜ける能力を持つセインにとっては潜入など朝飯前。無理をすれば4人ぐらいは
能力の影響下において一緒に運べるのだ。潜入方法など当の昔に決まっていた。
「セインは本部の中枢を無力化してもらいたいが、できるかね?」
「とーぜん! それくらい簡単だよ!」
「まあ、あれだけしごかれたら嫌でも出来るか」
「そーなんだよ。あたしって穏行系の修行をみっちりやらされたから気配消すのとか大得意に・・・」
「しかも仮想敵がか美影さんだ。気取られなくなるまで何年かかった?」
「・・・5年。それでもかなり早い方だって言ってた」
 気取られた瞬間に飛針だの小刀だのが致死的な唸りと速度を携えて飛んでくるのだ。むしろ今生きていることに賞賛してもい
いだろう。
「内部はチンクがバリアの動力を破壊。ノーヴェとウェンディがそのバックアップ」
「了解した」
「わかったっす」
「・・・アニキは?」
君は怪我が治りきらないようなので、全体のサポートをしてもらうよ」
 ジェイルはが作ったらしい式符を取り出す。それぞれ動物の種類が書かれており、どんな式にするか決められるようである。
「この式神は君が連絡用に君らに持たせるために用意したものだ。それぞれ一枚ずつ取ってくれ給え」
 ナンバーズたちはそれぞれ札を手に取る。そしてルーテシアやアグニ、母親二人も。
「ドクター? は今何処に?」
「ゆりかごの最終調整をしているよ。ヴィヴィオとシリウスを連れて行ったし、実験してみるのだろう」
「ちゃんと動くかどうか、ですわね」
「制御ユニットあたりは大改造したからね。実働試験をしてみるつもりのようだ」
 脱線した話を何とか修正する。
「空戦組みは予定通りやってくるだろう空戦魔導師を相手してもらおうか」
「はい」
「ヴィータ君も頼むよ」
「ああ。わかってる」
 大まかな会議が終わり、チンクとヴィータは姿が見えないを探し始めるのだった。

「おにいちゃん。もういいの?」
「ああ、ありがとうなヴィヴィオ。体つらかったりしないか?」
「だいじょうぶだよ。なんともないから」
「シリウス。ヴィヴィオを研究所に連れて行ってくれ。ヴィヴィオ。向こうにおやつ用意してるからな」
「うん! いこ、シリウス!」
「わんっ!」
 テストは成功した。ゆりかごの起動は確認され、ヴィヴィオにも何の影響も出なかった。
「これで戦力は揃ったな。後は・・・!」
 は突然口元を押さえてうずくまる。
「ゴホッ! ガホッ! ゴフッ!!」
 激しく咳き込み、そして・・・液体が滴る音が。
「はあっ! かふっ!!! ・・・くそっ!」
 は口元をぬぐい溢れ出た血を拭き取る。
「・・・まさかリンカーコアを抜かれたことがここまで響くとは」
 今のはボロボロだった。シャッハから受けたダメージもあるが、レリックがあることを前提に調整された体がコアと一
緒にレリックを抜かれたことで著しくバランスを欠いているのだ。
「ルーテシアたちなら問題ないんだろうな。・・・試作体だからまだまだ問題があったわけだ」
「大丈夫なのか?」
 肩で息をするに、心配になった美影が声を掛ける。
「大丈夫、と言いたいところだがかなりまずい」
「もう戦うのは無理ではないか?」
「そうもいかないだろう。それに、どうしても潰さないと気がすまないやつが何人かいてな」
「・・・次の戦いは後方に下がるのだろう?」
「ああ。俺は全員のフォローの予定だ」
 次は姉妹達のフォローに回る。しかし、あくまで予定だ。出なければならないかもしれない。
「・・・美影」
「なんだ?」
「厨房行ってくる」
「・・・わかった」
 はそれだけ告げて厨房へと歩いていった。

「あ、美影さん」
「チンク、ヴィータも。ちょうどよかった。が厨房に篭もっている」
「・・・今日の当番って?」
「・・・私のはず・・・まさか!?」
 チンクはの行動に心当たりがあった。
「どうしたんだよ」
は鬱屈なんかの精神的にくるものを抱え込むと、家事に逃げるというかひたすら料理を作り出すんだ。それが重いほど
味のクオリティが上がるというおまけつきだ!」
「喜んで良いやら悪いやら。じゃあ今あいつ!」
「味を見ればどれだけ拙いか分かる!」
 二人は厨房に飛び込んだ。そこには・・・
「お、遅かった・・・」
「まじか・・・」
 カートにはすでに大量の料理が乗っており、いまなおが一心不乱に作っているのだ。
 ヴィータが味見をしてみると・・・
「・・・どうだ?」
「・・・やべえ。テラうめえ・・・」
 頬がおちる程と言うのはこの事かと思うほど美味い料理だった。それは今を蝕んでいるものがそれほど重いという事でも
ある。二人はおもい切ってに声を掛けた。

「・・・チンク? ヴィータも。どうした?」
「何を一人で抱えてんだ?」
「・・・お見通しか?」
「お前は精神的に追い詰められると料理に走るからな」
「そういえばそうだな・・・」
 は今作っているものを作りきってから料理を止めた。
「すげーな。食材がほとんど残ってねえ」
「今度買ってこないとな」
「すまん。まったくどうしてこう・・・」
 大きくため息をつくに、二人はの手を取る。
「大丈夫だ。私達がいる。何かあれば私たちが助けてやる」
「そうだぞ。お前一人で気負うなよ。あたしたちが守ってやるから」
 二人の言葉に、はしばし呆然とする。いつも自分が考えている事が、二人の口から出てきたことに驚いていた。
「お前のことだから全部自分が守るつもりなんだろ」
「だがな、我々はそこまで弱くはない。お前もよく知っているはずだ」
「・・・そうだな」
 は当たり前のことを思い出した。そう、この二人は、自分が今まで見てきた家族たちは決して弱くはないと。
「何があってもそばにいるからな。お前がどうなっても、あたしたちがそばで支えてやる」
「だから安心しろ。お前がいやだといってもそばにいるからな。たとえ何をされてもだ」
 二人の自分を想ってくれる言葉に、は自分の内で暴れていた狂気が急速に動きを止めていくのを自覚していた。
「・・・ありがとうな。愛しているよ二人とも」
「言われなくても」「分かってるって」
 は憑き物が落ちたような穏やかな顔で二人を抱きしめた。
「言わなきゃいけないことがある。聞いてくれるか?」
「ああ。覚悟はできてる」
「遠慮なく言ってくれ。受け止めるから」
 は静かに唇を開いた。己の体の異常を伝えるために・・・


 から話を聞いた二人はまず黙っていたを殴り倒して説教し、を担いでジェイルのところに急行した。
 だが、ジェイルの診断では治療は期待できないとの事だった。今まで散々体をいじったこともあり、もうこれ以上手
を加えられないとの事だった。は自分が作っている霊薬を用いての根治治療をするしかないと判断し、専用の霊薬の研
究を開始すると同時に、自分の気脈を調整することで体調を維持することになった。
 そのためのそばには常に二人のどちらかがつくようになり、さらにはざからもから離れなくなったそうな。
 
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