機動六課の独房にはゼスト・グランガイツが拘束されていた。
 物理的に拘束されて力なくうなだれた彼に近づく影があった。
「・・・ふん。まだ使えそうだな」
 そうつぶやいた影はゼストに手を伸ばした。


 アナザーIF  第16話

 終末への狼煙


 公開意見陳述会。
 地上本部で行われる定例の報告会のようなものだ。管理局の幹部クラスや理事達が集まりこれまでの業績の報告と
これからのおおまかな方針を決めたり、活動の問題点や改善事項があればその意見を出し合い協議する場である。
 はやてたち機動六課はその警備として借り出されており、物々しい警戒態勢がしかれていた。
「あの予言通りに蜂起するかは分からないけど、来るとしたら此処なんだよね」
「そうだね。地上本部の幹部や本局の上の方もこの陳述会には出席してる。管理局を襲撃する意味ではもってこいな
状況だから」
 なのはとフェイトは手元にデバイスが無いのを心細く思いながら窓の外を眺めている。
 内側に内通者、もしくは暗殺者がいたりするのを防ぐために地上本部内ではデバイスの持込は禁止されている。
 普通の警備体制ならそれでいいかもしれないのだが・・・
「・・・外から高レベルの魔導師とそれに近い実力を持つ戦闘機人が攻めてくるかも知れないのに・・・」
「本部には強力なバリアがあるけど、あれも魔力を使ってるからね」
「AMFを使われると簡単に抜けられるよ」
「そうなったら・・・AMFの影響下で素手で戦わなきゃいけない」
 二人は心の中で絶望的に不利なことを愚痴りまくっていた。

「では主はやて、私は外でフォワードの指揮を」
「よろしくなシグナム。・・・ホントやったらヴィータがするべきなんやろうけど」
「言っても仕方がありません。あいつはもうのモノになってしまってますから」
 シグナムの言にはやては少し落ち込む。リインは見かねて話題を出した。
「そういえばですけど、あの人ってどういう人なんですか? わたしが知る限り怖い人なんですけど」
「私は詳しい事は知らんけど・・・シグナムはしっとる?」
「少しは。は私が昔剣道を教えていた道場の上の階にある空手道場に所属していました。当時まだ幼いながらも道場生の
中では五指に入る実力者であり、館長の巻島十蔵とは親子同然の仲でした。事実、奴には父親がいませんでしたし、館長も
独身で子供は居りません。普段すぐに喧嘩をするようでしたが知っているものからすればただのじゃれ合いだったそうで」
「へえ・・・」
「そしてなのはとは幼馴染でした。後から聞いた話では、館長と士郎殿がお知り合いらしく、一人だったを桃子さんが
息子同然に育てたようです」
「一人、ですか・・・」
「当時は母親が海外で仕事をしていたとか」
「あれ? でもヴィータちゃんの調べでは」
「ああ。周りを心配させないために嘘を吐いていたらしい。実際はあの通りだ」
 ヴィータの残したファイルにあったの家族についての記述を思い出して顔をしかめるはやてとリイン。
 凄惨としか言いようのない過去だったからだ。
「・・・これは言うべきではないのでしょうが・・・私は一度と戦っています」
「戦う? 異種格闘技の試合とかじゃなく?」
「・・・闇の書のページを集めている頃、の潜在的な魔力に気付いた私は奴を襲い、魔力を蒐集しました」
「・・・その過程は?」
「・・・平和な時間にいた為少々なまっていたのも確かでしたが、苦戦どころの話ではありませんでした」
「し、シグナムがですか!?」
「ああ。あの頃は武術による肉弾戦が主だったし、私も奴に合わせて接近戦を挑んだが・・・密着状態から衝撃浸透系の
技を使われ、一方的に奴のペースに追い込まれた。普通の拳は甲冑で防げたが、その攻撃はバリアを無視するし、奴の奥義は
フィールドを突き破った。素手で、だ」
 魔導師としての認識からすれば異常というべき事だ。はやてもリインも言葉が出ない。
「そのときは何とか私の粘り勝ちでしたが、今やればどうなるか・・・」
「前回も軽くあしらわれたしな・・・」
「面目もありません」
 頭を下げるシグナムにはやては軽く返す。もう過ぎた事だ。
「・・・あれ? もしかして昔シグナムが妙にうごかなんだ日の事か?」
「はい。ダメージが酷く、食事すらも億劫でした」
「うん? その日のニュースで私と同じ年頃の子が瀕死の重傷で入院したのは・・・」
 その日のことを思い出したはやてはシグナムを見るが・・・
「あ、あれ? シグナムがいないですよ!?」
「シグナム! 後でお仕置きや!!!」
 できればその事を悟られたく無かったシグナムは全速力で逃亡していた。

 本部の外で警備していたティアナたちは、息せき切って自分達のところに現れた副隊長に驚いていた。
「ど、どうかしたんですか?」
「いや。隠し事がばれてしまってな。逃げてきた」
「そ、そうですか・・・」
 こんな時に何をやっているんだろうと思ったが、あえてスルーしておいた。知らないでいい事は知らないで置くに越した
事は無い。好奇心は猫を殺すのである。
「夕方か・・・」
「このまま来ないのかな。その方がいいんだけど」
 夕日が沈みつつあるのをなんとなく眺めていたスバルたちだが、ティアナが一言漏らした。
「・・・逢魔が刻」
「ティアさん?」
「なんですかそれ」
 呟くようなそれを捕らえていたキャロとエリオは揃ってティアナを見る。
「日が落ちる直前の時間をそういうらしいわ。有り得ざる物と邂逅する時間とも言われてるらしいけど・・・」
 そこまで言って何かに気付く。そう、相手は・・・
「シグナム副隊長! みんな! 絶対に気を抜かないで!」
「どうしたいきなり」
「来ます!」
 ティアナの断言に周りにいた局員は訝しげに見るだけだが、六課メンバーは即座に臨戦態勢をとった。
「どんなのが来るの?」
「私たちが見た事も無い異形の群れだと思う」
「そうか!―――百鬼夜行か!」
 シグナムが思い出したようにそれを口にした時、彼等は来た。
「てぃ、ティアさん・・・夕日が」
「なんだ!? 夕日の向こうから何かが!?」
 誰もが夕日を見た。そして驚愕した。

 明らかに人ではない角の生えたナニかが、人に良く似た一つ目のナニかが、生物としてありえないような形状のナニかが、
群れを成して行進しているのだ。それも・・・空中を!
 そして一直線に自分達の元へ向かっているソレに、六課以外の局員たちはパニックになった。
 そんな中、レジアス中将自慢のバリアが展開される。局員達はひとまずパニックが収まり余裕が出たが、今度は恐怖に染ま
った。彼等はそのバリアに爪や拳を打ちつけ始め、破ろうとし始めたのだ。その勢いは明らかに人間の常識を超えた一撃。
バリアがいやな音を立てているのを聞いた者たちは我先にと逃げ始めた。
 そして更なる追い討ちが来る。本部の周辺に幾つもの転移魔方陣が浮かび上がり、そこから無数のガジェットが現れ始める。
 ガジェットたちはバリアに接触するなりAMF粒子を散布し始めた。バリアと言っても強力な魔力障壁だ。それを構築する
魔力が次々と結合できなくなり、バリアが消失する!
「ディエチちゃん。出番よ」
「分かってる。ISへヴィバレル・バレットイメージエアゾルシェル!」
 クアットロは空中で静止しているバイクのような乗り物の上で、その後部の砲座に自身の武器を据え付けて本部を狙ってい
るディエチに指示を出した。ディエチは心得ているとばかりに砲撃を発射。その砲撃は本部のビルの中腹あたりを直撃し、
内部に催涙ガスを撒き散らした。
 この二人が乗っているのは謹製の砲撃ユニットである。操縦はクアットロが行い、しかもクアットロ用の電子戦装備
まで付いており実質この二人専用の装備になっている。これがあれば決して速くは無いクアットロの逃げ足を補強しつつ
ディエチが動きながら砲撃戦が可能になるという優れものなのだ。結構大型なので搭乗スペースは三人分ある。そしてその
空きスペースには、麒麟の素材で作った白い法衣を着たが百鬼夜行を操っていた。
ちなみにこの砲撃ユニット、動力はジュエルシードである。
「クアットロ。状況は?」
「はあい。順調ですわよちゃん。チンクちゃんたちは無事内部に進入成功。すでに地下の魔道炉の破壊を終えているわ。
セインちゃんも本部の管制室に催涙ガスを散布して無力化に成功。ノーヴェちゃんとウェンディちゃんは地下に来ていた
六課のフォワードと交戦中、あら結構いい勝負かも」
「そうか。式神を通じて見物しておこう。外は?」
「首都航空防衛隊が来てるわね。もう少しでトーレ姉さまたちと接敵するわ。あら、ニアSランクの魔導師がそっちに合流
しようとしてるわね。どうするのぉ?」
「ヴィータたちに任せる。おそらくシグナムだろう」
「そうね。ディエチちゃん。第二射行ってみましょうか」
「分かった」
 クアットロが射撃ポイントを観測し、その観測データを参考にディエチが砲撃を放つ。この二人は何気に相性が良かった。
 は手元のコンピューターを操作し、百鬼夜行の行動パターンを変更する。
「・・・よくそんなもので幻覚を起こせるね」
 ディエチは感心するようにを見る。は皮肉気に笑ってネタをばらした。
「人間の認識している世界の97%は脳内補完だ。視覚の情報は3%ほどしかない。そして脳内では電気信号によって
データをやり取りしている。なら、その電気信号と同じ周波数の電磁波を使えば、そこに無いはずのものを存在させる事も
十分に可能でね。ちょっとした電気部品と処理速度の速い、ありていに言えばスパコン1台あればリアルとバーチャルの
入り混じった半仮想空間を作れるんだよ」
「幻術の究極形よねえ。ソレが科学で起こせるんだもの」
 自身も幻術を扱うからかクアットロは苦笑している。自分の能力を更に昇華させているのだから。
「何で術を使わなかったの?」
「さすがに百鬼夜行を操るなんて俺にはできん。それに負担も馬鹿にならない。でも、これなら同じ効果を得られて且つ
自分に負担が掛からないからな」
 は苦笑いしながら肩をすくめた。
「それにこれならチンクにもヴィータにも怒られない」
「「結局そっちなんだ」」
 前の一件以来微妙に尻に敷かれてるッぽいに、二人は乾いた笑いを上げるしかなかった。


 地下のティアナたちはなのはたちから預かったデバイスを渡す前にノーヴェとウェンディに会ってしまっていた。
「どうしたよタイプゼロ! てめえこの程度なんていわねえよな!!」
「く、強い!」
 スバルはノーヴェに押されっぱなしだった。防御はスバルの方が硬いのだが、ノーヴェにはことごとく当たらない。
「その程度で話になるか! アニキの拳はもっと速い上にとんでもなく重いぞ!」
「あたしこれで精一杯なんだけど!?」
 地力が違った。ノーヴェはから空手をベースに格闘術を学んだ上に、クイントからもシューティングアーツを学んで
いるのだ。二人のアーツマスターから徹底的に仕込まれているノーヴェと、不完全なシューティングアーツしか学んでない
スバルでは実力に差がありすぎたのだ。
 そしてこちらでは、
「なんすかこの幻術!? 戦闘機人がどうこうじゃなく問答無用でやばいっすよ!?」
「限りなくリアルな幻覚は実際にダメージを与えるわ! たとえ幻覚だって分かっててもね!」
 ティアナはキャロのブーストで幻術を強化した上で、エリオを幻術で隠して攻撃させ、更に幻覚による攻撃まで行っていた。
 ウェンディの目には6人のエリオが波状攻撃を仕掛けてきていた。
「・・・ああもう! この装備取り回しがきかなすぎッす!」
 ウェンディはライディングボードを構えて射撃していたが、それでは対応できない。いらだったウェンディはボードに乗って
飛び始める。だが、エリオがストラーダのスラスターを噴かして突っ込んできた。
「でやああああああああっ!!」
「甘いッす!」
 エリオのストラーダが当たる寸前、ウェンディは腰の後ろに装備していた二丁のハンドガンで迎え撃った。
「け、拳銃!?」
「はずれっす! あたしのサブウェポン、フォトンシューターッす!」
 その銃は鉛玉ではなく、エネルギーの弾を撃ち出した。ウェンディ自体のエネルギーを使っているのだ。
 そもそもライディングボードは銃として使うのは少し疑問な装備なのだ。盾としても使えるが、そうすると砲口が
別の方を向くので狙いがつけられなくなる上に、乗っていると移動しかできない。なのではウェンディに
予備の武装を作ったのだ。ウェンディ本人はすこぶる気に入っている。
 ボードに乗って高速移動しながら銃撃してくるウェンディに、ティアナは撤退を選んだ。
「全員散りなさい!」
「「「了解!」」」
 ティアナは可能な限りの幻術で分身を出し、それぞれ別方向に駆け出した。本人達もそれに紛れて逃走する。
「ちっ! ウェンディ!」
「無理ッす! どれが本体か分からないッす!」
 それぞれがちゃんと足音を立て、影が見え、気配すらも感じる。
 実体を持った幻覚に戸惑う二人は大人しく見送るしかなかった。

 式神経由でそれを見ていた達は一言呟いた。
「ティアナの一人勝ちだな」
「あの子一人にしてやられたわね」
「まあしょうがないね。あの二人もああいう相手は初めてだろうし」


 トーレたち空戦組みは局の航空隊を相手にしていた。しかし、
「・・・物足りん」
「もっと骨のあるのはいないんでしょうか・・・」
「一番強くてAランクじゃあなあ・・・」
 最初に仕掛けたトーレ・セッテ・ヴィータはあまりの歯ごたえの無さに呆れていた。戦った気がしていない。
 今はオットーとディードが残りの魔導師と戦っているが、ほとんど一方的で勝負にすらなっていなかった。
「まだフェイトたちは出てこねーみたいだな」
「・・・出てきたら僕が相手します」
 ヴィータのつぶやきにアグニが答えた。アグニはフェイトと戦うつもりだった。
「大丈夫なのか?」
「負けたりなんかしません。アギトもいますし」
「あたしらに勝てるのはぐれーだ。ナンバーズともいい勝負になるしな」
「チンクには勝てんくせに」
 胸を張るアギトだが、実はチンクには勝った例がない。まあと共に美影に鍛えられたチンクはナンバーズの中でも
飛びぬけた実力を持っていたのだ。特に暗器など彼女の能力と相性がよすぎて手がつけられないのである。
「あれは別だよ。てめーらのなかでも別格じゃねーか」
「・・・否定できんな。空戦ができないといっても地上では類を見ない強さだ」
 トーレの言に、ナンバーズたち、そしてヴィータとアグニは頷いた。ヴィータも負けはしなかったものの勝てなかったのだ。
 アグニにいたっては手加減をやめてもらった瞬間に一瞬で意識を持っていかれている。
「ああ、そろそろ終わりそうだな」
「そうだな。しかし歯ごたえのねー「なら私はどうだ?」・・・シグナムか」
 いつの間にかシグナムがいた。完全に臨戦態勢になっている。
「てめーら。任せた」
「待てヴィータ。お前は戦わないのか?」
「昔の仲間と戦いたくないって言うわけじゃねー。・・・気配がすんだよ。シグナムなんかにかまう気はねえ」
 ヴィータの言葉に訝しげな顔をするシグナムだが、トーレたちは何かを感じ取ったのだろう。すぐにシグナムに向き直った。
「気配だと?」
「魔法に頼らねえ技術をあたしは持ってる。てめえにはわかんねーよ」
 ヴィータはの位置を改めて確認しながら、シグナムから背を向ける。
 シグナムがトーレとセッテを相手に戦う音を聞きながら、ヴィータは地上本部をみていた。
「・・・いる。あいつらが。の怨敵が・・・」
 ヴィータは警戒を強める。そして、金髪の魔導師と白い飛竜に乗った子供が二人、地上本部から飛び立ってきた。

 フェイトがシグナムに加勢しようとした時、炎のつぶてがフェイトに降り注いだ。難なく防御し、放った者を見ると、
そこには赤髪の小悪魔のような小さな女の子がいた。
「てめえの相手はあたしらだ」
「・・・融合騎? でもロードがいなければ!」
 相手ではない。そう言おうとした瞬間、悪寒が走る。咄嗟に後ろにバルディッシュを振るうと、自分を斬ろうとしていた
少年がいた。
「エリオ!? いや違う! 君は!」
「僕はアグニだよ。フェイト・テスタロッサ!」
 エリオとは違い空戦可能なアグニがフェイトに襲い掛かる。
 宙を踏みしめ腰の入った斬撃を繰り出すアグニの、小さな体からは想像も付かない重い剣撃にわずかに押されるフェイト。
 フェイトは振り下ろされた剣をバルディッシュで打ち払いサンダーアームで殴ろうとするが、アギトが頭上から数発の火炎
弾を放つ。フェイトが後ろに下がったのを好機と見た二人はすぐさま近づく。そして・・・
「「ユニゾン・イン!」」
「え?」
 アグニとアギトが融合する。色彩はそのままに、アグニの背に三対六翼の炎の翼が発現し、猛スピードでフェイトに襲い掛
かる。炎を纏った斬撃とその隙を埋めるかのような炎のつぶてがフェイトを襲う。
「でやあああああああっ!!!」
「くっ! 何でユニゾンが・・・!?」
 今までとは比にならない斬撃&炎の連携攻撃を、フェイトは必死になって捌く。フェイトの装甲では一発で破られてしまう
ため回避と受け流しに専念するしかなかった。
 エリオにユニゾン適性は無い。フォワード陣は一応リインとのユニゾンが可能かどうか調べている。結局適合者はいなかった
が、エリオにいたっては全くと言うほど適性がなかった。もう一人のエリオと言えるアグニに何故、とフェイトは考える。
「これが僕が作られた理由だ! 僕はアギトのためだけに作り出されたロードなんだ!」
『そこにあたしと相性が良さそうなのがいるけどそんなの関係ねえ! あたしのロードはアグニだけだ!』
 二人の言葉に、フェイトとフリードに乗って駆けつけたエリオとキャロは理解する。彼が生み出された理由と、その身に
降りかかった人体実験の意味が。
「融合騎に人間を合わせたっていうの!?」
「そうさ! そして【エリオ】は何人も作り出され、殺され続けた! 僕と言う完成品を作り出すまで!」
「それを・・・スカリエッティが!?」
「違う!」
 彼らにとってこういう時に咄嗟に出る名前がそれなのだろうか。アグニとアギトは声を揃えて真実を叫ぶ。
「『全ては管理局の仕業だ!』」
 分かっていた事だ。フェイトにもエリオにもキャロにも。目の前の存在が自分達の所属する司法組織の非道な研究に
よって産まれている事は。だがそれでも、突きつけられた真実に三人は一瞬とはいえ怯む。そしてその一瞬を見逃すアグニで
はない。
「『紅蓮尖槍・射貫!!』」
「っ! きゃああああああ!!」
「「フェイトさあああああん!!!!」
 炎を纏った超高速の刺突を受け炎に巻かれながらフェイトが落ちる。エリオとキャロはフリードを急降下させてフェイトを
助けに降りていった。


 ヴィータはある男の前にいた。ヴィータの目が瞳孔が開いたかのような蒼になっている。彼女が激怒している状態に起こる
現象だ。そしてヴィータの前にいるその初老の男は笑っていた。
「昔俺たちの周りを嗅ぎ回っていた小娘、いやプログラムか」
「ようやく出てきやがったな外道が」
 彼はブルイス。ブルイス・シュトラウス。かつてを誘拐し、それ以前にも様々な因縁がある暗部部隊の隊長である。
 ヴィータは震えていた。恐怖ではない。歓喜だ。己の手でかつての借りを、を誘拐された事に対する恨みを晴らせる
機会が手に入ったことに彼女は高揚していた。
「退け、貴様のような不良品を相手している暇はない。そこにいるガラクタを破棄しなきゃいけないんでな」
をガラクタなんて呼ぶんじゃねーよ。てめーはここでぶっ倒さねーと気がすまねーんだ!」
「知ったことか。かかれ!」
 ブルイスは自分の部下達を呼び寄せヴィータを襲わせようとするが、管理局員は一部のエース以外は有象無象に過ぎない。
 一騎当千の騎士であるヴィータにとって相手になどならない。シュワルベフリーゲンの一斉射だけで片が着いてしまった。
「後はてめーだけだ」
「・・・ふん。所詮雑魚どもでしかないか」
 自分の部下がやられたと言うのに、ブルイスは鼻で哂っただけだった。
「貴様に見せてやろう」
 ブルイスの体に変化が起こる。目は爬虫類のようになり、体を鱗が覆い始める。
「最強の力と言うものをなあ!」
 鱗に覆われた体が巨大化を始める。筋肉が膨張し、爪が生え牙が生え、顔が竜のようになっていく。
「・・・ロストロギアを使ったのか。人であることを辞めてまで力を得て何がしてーんだ!」
 巨大な竜。おそらくヴォルテールに匹敵するであろう巨体となり背に大きな翼を生やしたそれは咆哮を上げた。
 ヴィータは人が相手をするのに対し明らかにサイズ比を間違った相手を前に、ぺろりと唇を舐めた。
「相手をするのに不足はねえ。行くぞアイゼン!」
『Jawohl!』
 ヴィータは愛用する鉄槌を構え、巨大な竜と化したブルイスに突撃した。

「奴が出てきたか・・・」
ちゃん・・・」
「兄さん・・・」
 が静かに呟き、クアットロとディエチは心配そうにを見やる。
「無理はしないでねちゃん」
「・・・ヴィータだけでは無理だ」
「なら私たちが行くよ」
「だが・・・」
「アグニも空戦魔導師を片付けたディードたちも向かったよ。兄さんは無理しないで」
「・・・適当なところで降ろしてくれ」
 クアットロは適当なビルの屋上にを降ろし、ヴィータ達のサポートの為に向かっていった。
 は自分の身を気遣ってくれる家族たちに感謝しながらも、自分の両親を死に追いやった男を殺す機会が与えられない
事に暗澹たる思いを抱いていた。
 仲間たちと竜の戦いを悔しい思いで眺めていたは、後ろに気配を感じた瞬間にバインドで縛り上げられた。
「捕まえたよ
「・・・フェイトか」
 エリオとキャロに支えられたフェイトがに向けてバルディッシュを構えていた。
「おとなしく投降して」
「もう逃げられませんよ」
 フェイトたちの勧告に、は視線を向けないまま手元の機械のスイッチを入れる。するとバインドに皹が入り始めた。
「っ! まさか!」
「AMF!?」
 フェイトたちは魔法を放とうとするが、発動しない。バインドは澄んだ音と共に砕け散った。
「な、なんで!?」
「最大濃度のAMFを展開した。あらゆる魔法は発動と同時に分解される」
「そんな!?」
 相変わらず視線さえ向けないを睨むフェイトたちだが、は一切気にしていない。視線の向こうの家族たちを
静かに見守るだけだ。
「いいのか?」
「? 何が?」
 の突然の問いかけにわけもわからずフェイトは聞き返す。
「あれ、お前の仇だぞ?」
「・・・え?」
 3人は頭に?マークを浮かべて首をかしげる。
「あの竜、いや管理局暗部部隊隊長はかつて魔道炉ヒュウドラを暴走させアリシアを殺し、プレシアを狂気の底に叩き落とした
張本人だ。挙句闇の書事件の前にはやての両親を殺し良識派を凶行に走らせる条件を整えた男でもある」
 エリオとキャロはその言葉に驚きフェイトを見ると、彼女は顔をうつむかせて震えていた。
「あの・・・男が?」
「そうだ。仇討ちには行かないのか?」
にとっては・・・どうなの?」
「俺か・・・奴は父を殺し母を死に追いやる片棒を担ぎ、そして俺を半殺しにして評議会に売ったこの手で縊り殺したい相手
だよ。本当なら俺一人で片付けたい」
 の境遇はある程度知っていた。だが、評議会に売ったと言う言葉にびくりと震える。
「評議会・・・?」
「ああ。時空管理局最高評議会。魔導師にこだわり人工的に魔導師を作る技術を作るためにジェイル・スカリエッティを作った」
「スカリエッティを・・・?」
「そうだ。そしてF計画の基礎理論が出来た頃に、娘を失ったプレシアに話を持ちかけ完成させた。その際にアルハザードのこ
とを知ったんだろうな。ジェイルはアルハザードの技術で作られた人工生命体だ」
 フェイトたちは息を呑む。それならば自分たちの最大の怨敵は・・・
 困惑するフェイトたちを無視し、は舌打ちをし、手に扇を持って舞い始める。
?」
「このままでは奴を倒せそうも無い。倒せる手段を用意する」
「用意って・・・?」
 フェイトたちが改めて戦場に顔を向けると、ヴィータやアグニ、ナンバーズがひどく傷ついているのが見える。
「竜という存在の天敵を降ろすのさ」
「竜の天敵!?」
 が舞を続けるたびに、周囲の空気が変わっていく。神聖な気が周囲に漂い始める。
「我が身に来れ、二十八部衆が一、金翅鳥迦楼羅王よ!」


 ヴィータは息も絶え絶えの状態で悪態を吐く。最悪の相手だった。
 鱗は硬く、強靭すぎる筋力で理不尽な攻撃力を持ち、巨体。挙句の果てに理不尽なまでの回復力。はっきり言って最強と自画
自賛したのは伊達ではない。
「クアットロ! こいつの急所とかはあるか!?」
「わかんないわ〜! 強いて言うなら喉や腹だけど〜!」
「あっという間に回復するから意味ないってわけか!」
「きゃあああああ!!!」
「ディード!」
 何とか倒す方法を考えようとしているが決定打が出ない。隙をうかがっているが、張り付いていたディードが尾撃を受けて
吹き飛ばされた。オットーが何とか受け止めるがダメージは深い。
「くそっ!どうしたら・・・!」
『どけいヴィータ!』
 ヴィータの頭上から声が聞こえると共にヴィータはすぐに引く。
 すると竜の目の前にざからが降ってくる! そして降ってくると同時にその巨腕を竜の頭に叩き落とし、地面に叩きつける!
「ざから!」
が奴を倒すべく準備をしておる! 時間を稼ぐぞ!』
 ざからの言葉にヴィータたちはに無理をさせてしまうことに悔しげに歯を噛み締めるが、他に手が無い。
「クアットロ! 時間稼ぎだ! 幻術頼む!」
「わたくしのISシルバーカーテンの力、見せてあげるわ〜!」
 幻影のざからを何体も生み出しその影からディエチがカノンで砲撃する。ほとんど効果は無いが所詮時間稼ぎ。これで十分。
『こしゃくなガキどもがああああ!!!』
 竜―ブルイス―が吼える。大きく息を吸い込みブレスを吐く! 放たれた熱線はクラナガンの街を容赦無く焼いていく。
 民間人のことなど気にも留めていないその攻撃に、トーレたちと戦っていたシグナムが目を見張る。
「これでは民間人が・・・!」
「心配するな」
「何?」
「こんなこともあろうかと、前もって民間人は避難させています」
 はこの戦いが激しいものになると読み、政府に頼みクラナガン周辺の民間人を(管理局関係者以外すべて)秘密裏に
他の街へ移しておいていたのだ。家財などは後で保障することになっていて、大事なものだけ持たせて全員別の街に避難
済みなのである。今日この日、管理局員たちが見た民間人は全てが見せたバーチャルだったのである。
「ここまで周到に・・・!」
「被害者を出さないための最大限の努力はしている。我々の相手は管理局だけだ」
「何より、民間の被害を考えていないのは管理局の方でしょう?」
 大規模な魔力砲や魔力弾が民家や企業のビルを撃ちぬいているのを彼女らは見ている。幾つか切り払ったりしたのだが
間に合わないのもある。その際たるものがあの駄竜である。あれは目の前の敵を倒すことしか考えていない。
「このくそトカゲがああ!!!!」
 さらにブレスを吐こうとするブルイスに、ヴィータはアッパースイングのギガントシュラークで顎をかち上げる。
 無理やり口を閉ざされ発射寸前のブレスが口の中で暴発し、口の中がボロボロになるもすぐに回復する。
「ちくしょう! もう魔力が・・・!」
 カートリッジももう後2個しかなく本人の魔力も心許無い。クアットロたちも力尽きかけていた。今は何とかざからが
相手をしているが無限に再生するブルイスに苦戦している。
『ごあああああああっ!!!』
 ブルイスの剛爪がヴィータに襲い掛かる! 疲れがピークに達し動けないヴィータは覚悟を決めて受け止めようとした時、
金色の羽が舞った。

 ブルイスは目の前の事象を信じることが出来なかった。最強の力を得、目の前の不良品やガラクタを蹴散らしていたはず。
 なのに、この目の前の小さなガラクタが自分の攻撃を難なく受け止めているのだ。そして、彼は困惑していた。目の前の
存在が怖くて仕方が無い。最強であるはずの自分が何を恐れているのだと叱咤しても、その恐怖は消えない。本能がその存
在を恐れているのだ。
『お、おまえはいったい・・・』
「・・・いかんな。引っ張られる」
 小さなガラクタ―黄金の翼を生やした―がつぶやく言葉に、なぜかブルイスは震え上がる。
「そこのトカゲが食い物に見えて仕方が無い・・・」
『な、なに・・・?』
 ブルイスの恐怖はピークに達する。彼の言った言葉がわかっているのに意味を理解できない。
「ま、?」
「下がっていろヴィータ。今の俺にとってこれは単なる―――被捕食者【食い物】だ!」
 は爪を握りつぶし一瞬で腹の下に移動し、思いっきり蹴り上げる!その衝撃が内臓を破壊しつつ上空に打ち上げられ
さらに追撃。ブルイスは血反吐を撒き散らしながら地面に叩きつけられるがすぐに回復。さらになぶられ始める。
「な、なんなんだ?」
『・・・迦楼羅だな』
「迦楼羅?」
『うむ。古代インドでは聖鳥ガルーダと呼ばれた金翅鳥。後に仏門に迎え入れられ天竜八部衆に。その後に
二十八部衆の一柱に数えられておる。神話では蛇や竜と敵対し食料にしておってな。竜種を倒すにはこの上ない存在よ』
「なるほど・・・」
 ヴィシュヌ神の乗り物だったりインドラ神より100倍強かったりするとんでもなく強力な存在である。
 二人が話している間もの一方的な蹂躙は続く。だがヴィータにはが焦っている様に見えた。
「なあ・・・」
『お主の懸念はわかっておる。も速く決めねばならんのだ。あれだけ強力な神を降ろしても力が強大すぎてそのうち取
り込まれてしまう。だから速く倒して迦楼羅を出してしまわねば』
自身が危ういわけか・・・」
 ブルイスは一方的な蹂躙を受けながらも反撃の隙を探していた。そしてついにはを捕まえた。
『これで終わりだガキがああああああ!!』
「ああ。味見は終わり? 好きにしろ。これが貴殿に捧げる供物なのだしな」
 今にも握りつぶそうとするブルイスだが、は何かと、己の身の内の神と会話している。
 そしてブルイスが力を入れた瞬間、の体が輝き腕がはじけとんだ。
『ぬぐう! だがこんなものでがはああっ!!』
 腕を吹き飛ばされたが回復し再びに掴みかかろうとした時、何かがブルイスの顔を掴み地面に叩きつけ押さえつけた。
『な、なんだ!?』
『クオオオオオオオオオオッ!!!』
 ブルイスを押さえ込んだのは巨大な、それこそ巨大すぎる黄金の鳥だった。そしてその鳥はブルイスの腕に食らいつき、
腕を引きちぎって貪り食う。周囲には生々しい咀嚼音が響き渡る。しかし食われた腕がすぐさま復元する。
「た、食べてる・・・」
 が離れたことでAMFの影響下から開放されたフェイトがいつの間にかそばに来ていた。ヴィータが顔を向けるが、そ
れだけだ。
「・・・フリードが怯えるはずだよね。自分を捕食する存在が目の前にいて恐れないはずが・・・」
 エリオとキャロはが降ろした迦楼羅を見て、フリードががたがたと震え竦みあがっていたためここにはこれなかった。た
とえヴォルテールを呼んでも同じことになるだろう。そこにいるのは竜の天敵なのだから。
 ブルイスはフェイトを見て助けを求める。
『た、助けろフェイト・テスタロッサ! お前も管理局員だろう!?』
「・・・あなたがアリシアを殺し、母さんを、プレシアを狂わせたと言うのは本当ですか?」
 フェイトはブルイスの言葉を無視してから聞いたことの事実を確かめる。ブルイスはさすがに焦っているからか全てを
吐いた。彼女が主任を勤めていたその研究チームで開発していた新型魔道炉ヒュウドラ。それは管理局が契約している
企業が大打撃を受けるであろうほどのスペックとコストパフォーマンスを持っていた。そしてその企業に頼まれプレシアのいる
その企業に派遣され、納期を短縮させたり安全面を軽視させたりと工作した上で、不安定なヒュウドラで無理やり起動実験を行
わせ暴走させたという。その際にあらゆる酸素を消してしまうガスが発生し、その企業の育児所に預けられていたアリシアは
血中の酸素を奪われ即死。そして娘を失い発狂寸前だったプレシアに全ての罪を被せた上で拘束、娘を蘇らせられるかもしれ
ないと嘯いてF計画に加担させたということだった。
 フェイトは俯き肩を振るわせる。姉の死の真相、母が利用された真実にどうしようもない怒りを、憎しみを覚えていた。
。私は・・・!」
「無駄だ。お前がどう言おうとこいつは・・・」
「殺して!」
『なに!?』
 フェイトの発した言葉にブルイスは信じられない思いでフェイトを見る。彼にとって機動六課の人間は総じて甘く、特に
命を重んじているという認識を持っていただけに。
「可能な限りむごたらしく殺して! こんなの見ていたくない!」
『き、貴様ああああああ!!!』
 ブルイスが叫ぶが、は動かない。フェイトがすがるようにを見たとき、凍りついた。はひどく酷薄な笑顔をして
いたのだ。
「殺す? 何をもったいない。これは殺さんさ。これから永遠に迦楼羅王に食われ続けるんだからなあ!」
 ブルイスが凍りつく。いくら無限に再生するとはいえ痛いものは痛い。それも目の前の天敵に食われ続けるなど!
『貴様! ま、まて、やめろおおおおおおお!!!!』
 迦楼羅はブルイスを鷲掴みにして飛び上がる。迦楼羅にとってはなくならない餌を得たようなもの。嬉々として運んでいく。
 そして、黄金の巨鳥は虚空へ消えていった。

「ふう・・・」
 は溜め息をつくとともに地面に崩れ落ちた。ざからが慌てて手で受け止めるがあまり顔色はよくない。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねーよフェイト。リンカーコアと一緒にレリックを抜かれた所為では大分弱っちまってるんだ」
「・・・え?」
「その弱った体で神降ろしなんてやったんだ。どれだけ負担が掛かっているか」
 予想だにしなかった返答にフェイトは呆然とし、ヴィータは悔しそうに歯噛みする。
 フェイトはを魔導師ではなくすだけだと思っていたがこんな状態は予想してなどいなかった。
「あ、あの・・・」
「―――っ! 拙い!」
 フェイトをさえぎってが大声を上げた。
「クアットロ! この作戦は成功だ! トーレたちも含めて速やかに撤収! 俺は――!」
ちゃん?」
「いいから動け! 俺はチンクたちを回収する!」
 はざからを剣に戻し足元の影に沈みこんでいく!
「こりゃあ向こうで何かあったぞ。クアットロ!」
「わかったわヴィータちゃん。みんな! 撤収するわよ!」
「「「「おう!」」」」
「頼むわよお二方」
『了解!』
 が影の中に消え、ヴィータたちの足元に転移魔法陣が出現する。ルーテシアとメガーヌだ。
「ヴィータ!」
「てめーとする話はねえっ!」
 ヴィータを呼び止めようとするフェイトだが、一言で切って捨てられる。
 それ以上何も言えずに見送るしかなく、呆然としているとき、本部の地下から赤い閃光を伴う大爆発が起こった。
「な・・・。ち、地下にはスターズが!」
 爆発を見て、フェイトはロングアーチに連絡を取る。そして、絶望的な情報がもたらされた。

 スターズ3名およびギンガ・ナカジマ生死不明。生存は絶望的。




あとがき

公開意見陳述会での戦闘でした。
ガルーダこと迦楼羅王ですがめちゃめちゃ強いです。なんでも生まれるときに小人族がインドラの100倍強くなる
ように願いを掛けたとか。ヴァジュラすら効かなかったらしいですよ。ちなみにインドラ。倒せないとわかった途端に
ガルーダと永遠の友情を誓ったそうです。
実はが迦楼羅王を降ろしたとき、ちょっとしたプレゼントをもらってます。

ではヴィータサイド、と行きたいところですが、今回はなのはサイドで。



なのはサイド


 ティアナたちと合流しデバイスを手にしたなのはは、ティアナたちとともに地下にいるナンバーズを倒すために
地下の通路を急いでいた。ギンガからの連絡が無いこともありスバルが独断先行、ティアナとなのははティアナが何とか
スバルの腰にアンカーワイヤーを取り付けることに成功し、姿勢を制御しつつ引っ張られていた。
「まったくあの馬鹿スバル!」
「そう言わないの」
 ぼやくティアナをなだめつつ、スバルの機動に身を任せていると、唐突に止まった。
 そこには満身創痍のギンガと、対峙するクイント。その後ろではチンク・セイン・ノーヴェ・ウェンディが見物していた。
「ギン姉! ・・・お母さん」
「スバル・・・」
「あら。あなたも来たのねスバル」
 クイントは余裕の表情でスバルを見る。クイントがギンガから視線を外したのを隙と見たのか突撃。しかし・・・
「ほいっと」
「きゃあああっ!」
 左拳をダッキングでかわされ、そのまま腕を取って柔道の投げ技の肩車で投げ飛ばされた。
「ギンガさんが相手になってない・・・」
「強いね・・・」
 ティアナとなのはが戦慄するが、クイントにとってはそんなに難しいことをしたわけではない。
「途中で面倒を見てやれなくなったとはいえこの程度なの? ギンガ、あなたちょっと近接戦闘というものを勘違いしてない?」
「くう・・・」
「そんな見え見えの攻撃ではかわしてくれといっているようなものだな」
「牽制とかフェイクとかの駆け引きが無いっすねえ」
「真っ正面から殴るだけが格闘じゃないんだけどよ」
「身体能力の高さにまかせっきりな気がするよー」
 先程から見学していたナンバーズたちも散々な感想である。明らかに格下扱いされている。
「シューティングアーツはローラーでの加速度をそのまま打撃力に変えるのが一番の特徴よ。でもね、こういう密閉空間では
その力を存分に引き出せない。なにせ十分に加速をつける距離が無いから」
 クイントは一瞬でギンガの懐に飛び込む。そして、
「私は彼からゼロ距離での打撃の放ち方を学び、距離をとらなくても大打撃を放てるようになった」
 地面を踏みしめ伸び上がるように体を伸ばし、その勢いのままギンガの顎を掌底で跳ね上げる。ギンガは意識はあるものの
体の自由が利かなくなった。脳を揺らされて脳震盪を起こしたのだ。
「ギン姉!?」
「さて、次はあなたかしら? ねえスバル?」
 クイントの言葉に、スバルは身を硬くする。ギンガとスバルでは実力が一段階以上違う。たとえなのはにしごかれてきたと
しても基本能力が違うだけで応用的な技術はギンガの方が遥かに上だ。そのギンガが手も足も出ない相手なのだ。その上自身
の母親。
「スバル」
「なのはさん・・・」
 なのはに声を掛けられたスバルはすがるようになのはを見る。なのはは笑っていた。
「胸を貸してもらうつもりで行きなさい。お母さんに成長を見せてあげよう」
「は、はい!!」
 スバルの目に闘志が宿り、クイントに向かって構えを取る。
「ふふ。良い上司を持ったわね」
「うん!行くよお母さん!」
 スバルはクイントに果敢に向かっていった。次の瞬間に投げ飛ばされたが。

「さて、こちらもやるか」
「そうだね」
 チンクが見物をやめてなのはとティアナの前に出てきた。
「しかし・・・人選を間違っているぞ高町なのは。お前は外担当だろう?」
「・・・そうだね。距離をとっての砲撃がメインの私が狭い室内で接近戦。目眩がしそうだよ」
「だが、泣き言を言っても始まらん。ゆくぞ!」
 二人が身構えた瞬間にチンクの姿が消え、なのはの後ろに現れる!
「なっ!?」
「速い!?」
「遅すぎるぞ!」
 反応しきれないなのはを蹴り飛ばす。蹴られたなのははその独特なダメージに驚愕した。
「こ、これって・・・徹!?」
「ほう・・・さすがに知っているか。それもそうだな。お前の家族が使うだろう?」
「何であなたが御神流を!?」
 障壁を徹してくる衝撃に苦い顔をする。防御などほとんど意味が無いことに気づいたからだ。
 なのははチンクが自分にとって最悪の相性を持つことに気がついた。なのはは高い防御力と強力な砲撃という二つの武器が
ある。しかしチンクはどちらも通じない。空は飛べないが地上での機動は人間からすれば速過ぎる。狙いがつけられない。
その上チンクは防御を無視する。堅牢な防御と強力な砲撃が限定的とはいえ意味を成さない相手なのだ。ならば。
「ティアナ!」
「了解です!」
 まだ未熟とはいえティアナは自分よりも得意な距離に融通が利く。ティアナはダガーモードのデバイスを構えてチンクの前に
立ちふさがった。
 チンクは軽く笑みを浮かべながらスティンガーを握る。防御の姿勢をとるティアナから距離をとり、なのはがその隙にアク
セルシューターを大量に放ってくるが、チンクはシューターを切り払い、間に合わない部分は・・・
「鋼糸!?」
「私にとって御神流の暗器術は相性がすこぶる良かった。ただそれだけだ!」
 いつの間にか張り巡らせた鋼糸が阻んでいた。鋼糸にはチンクのエネルギーが充填され能力の制御下にあった。つまり・・・
「これが私の能力だ!」
 ダガーで糸を切ろうとしたティアナが、糸の爆発に巻き込まれる!
「きゃああああ!」
「ティアナ!」
 爆発自体はジャケットの防御能力で凌げたものの、その爆炎の中を突っ切ってきたチンクがティアナのみぞおちに肘を叩き
込んだ。崩れ落ちるティアナを心配するがそんな余裕は無い。続いて肉薄してくるチンクの姿を捉え迎撃しようとして、再び
チンクの姿が消える! だが!
「こっちぃ!」
「なに!?」
 ストライクフレームを展開したレイジングハートの矛先を後方に振り回し何とか迎撃。ティアナを回収しつつ距離をとる。
「よくわかったな」
「はあ・・・はあっ・・・! その移動術、神速だよね?」
「そのとおりだ」
 最悪がさらに輪を掛けた。神速。御神流における一人前になるための第一歩。これが使えて初めて一人前の御神の剣士と
見なされる。姉が辛い修練と実戦の果てにようやくたどり着いたのを彼女は見ている。それを目の前の少女が。
「ちなみに、も使えるぞ。といっても我らの中で使えるのは私たち二人だけだ。後末っ子がまだ修行中で使えない」
「・・・概要はお父さんから聞いたことがあるよ。たしか意識的なリミッター外し」
「そうだ。しかしこれがまた難しい。リミッターは体が壊れないようにしようとする本能が掛けたものだ。それを意識で外
すなど馬鹿げた行為。なぜなら限界を超えるということは自分を壊すのと同義だからだ」
 戦闘機人にはさらに難しい。なぜなら自分の体の保守は最優先事項に定義されている。脳に接続された機械装置からの命令を
意図的に無視するなど難しいにも程がある。ジェイルはこのコマンドを外そうとしたのだが、外すと常に神速状態になること
になってしまい暴走してしまうため付けざるを得なかったのだ。
「けほっ! ・・・フェイトさんとどっちが速いでしょうね・・・」
「ふむ。確かに彼女は音速を超えるが、それは我らには意味が無いぞ」
 え? となのはとティアナは首をかしげる。
 そもそも御神の剣士たちとフェイトでは速いということに対する認識と領域が違うのだ。フェイトは確かに速いが、それは
ある意味移動速度だ。しかもフェイトはその速さの中で自在に動けるというわけではない。速すぎて視界から相手が消えるなど
普通にある。だがやチンクは違う。神速は自分自身の速度領域が上がるのだ。超高速移動するのと同時に音が聞こえな
くなり、視界から色が消える。それは脳のが無駄な情報を削り、その分処理速度を上げた状態にあるからだ。ある意味脳のクロ
ックアップ。そしてそれは相手がスローに見えるという現象に直結している。1秒を一分以上に感じているやチンクにとっ
てただ速いだけのフェイトは恐れるに足らない。
 その説明を聞いて二人はさらに状況が悪いと認識する。役者が違いすぎるのだ。相手は緩やかな時の中を普通に動いてくる
ということなのだから。相対的に、自分たちでは反応できない速さで普通に動けるということ。チートにも程がある。
 チンクの向こうにどこか楽しげに戦う親子を見ながら次の手段を考えていると、後ろに気配を感じた。その気配の正体は!
「ゼスト・グランガイツ!?」
「ぜ、ゼスト隊長!?」
 チンクとクイントが声を上げる。色々因縁のある二人には彼の登場は驚いた。しかしそれはなのはたちも。
「なんでここに!? 六課で拘束されてるはずじゃあ!?」
「脱走? でも魔力封印をした上に縄でぐるぐる巻きにしてたはずじゃあ!?」
 全員が思わずゼストに身構える。ゼストは目の焦点が合っておらず、明らかに様子がおかしかった。
 ゼストは自分の胸に手を当て、レリックを引きずり出し頭上に掲げた。
「ま、まさかっ!」
「セイン! 皆を連れて逃げろ!」
「で、でもチンク姉は!?」
「姉なら大丈夫だ! 行けえっ!」
 セインはノーヴェとウェンディ、そしてクイントと彼女が抱えるギンガをまとめてディープダイバーで地面に潜行。そのまま
逃走する。取り残された者達は・・・
「どうなるの!?」
「レリックを暴走させて自爆するつもりだ! 全員全力で防御しろ! 命の足しにぐらいはなる!」
「逃げることは!?」
「爆発の規模を考えても不可能だ!その上密閉空間ではその広がりがさらに速い!素直に防御したほうが可能性はある!」
「わかった!」
 なのははカートリッジを大量に使いシールドを作り、チンクはシェルコートのバリアを最大展開。残る二人もそれぞれバリア
を張って一箇所に集まる。そして、レリックが閃光を発し爆発した!
「くううううううっ!!!」
「あああああああああっ!!!」
 かろうじて目を開けられている彼女たちは、その光の中でゼストが消えていくのを見た。そして・・・爆発の衝撃と熱が
容赦なく彼女たちを焼いていく。先頭に立つなのはがティアナとスバルを守るようにさらに前に出る。チンクも何も言わずに
そばに近寄りさらに出力を上げて3人を守る。それでも凶悪なまでの熱線と衝撃波は全員を傷つけていく。
 ティアナとスバルは二人がボロボロになっていくのを見ながら・・・激痛で意識が薄れていく。そして・・・

 黒い何かが視界を遮り、闇に沈んでいくのを消えゆく意識のどこかで感じていた。


 爆発の後調査に来た局員が見たものは、人型の影が一つと、高熱で溶けたレイジングハートのかけらだけだった・・・




 ???サイド

「奴の自爆に何人かの局員が巻き込まれたようだな」
「構わん。どうせ魔力を持たぬカスにすぎん」
「さよう。そのようなコマがたかが数十消えたところで痛くも痒くもない」
「それと、エースオブエースなどと呼ばれていた蛮族の娘を消せたらしいな」
「それは僥倖。たかが管理外世界の小娘ごときがエースなど」
「おこがましいことよ」
「あれの準備はもう出来たようだ」
「おお。とうとう始まるのだな」
「ああ。次元世界の全てを我らのこの手に」
「「「全ては管理局の正義と恒久なる平和のために!!」」」


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