はリビングのソファで大人モードの久遠に膝枕をしてもらっていた。
 前日の疲れきった表情とは違い、多少安らいだ表情をしていた。
 そんなの腹の上にはルーテシアが涙を滲ませながら寝息を立てていた。のシャツをギュッと掴み、何処にも行かないで欲しいかのように
しがみつく様子に、は表情を緩ませて髪を撫でようとして、触れる直前で動きが止まる。
 の目には、ルーテシアを撫でようとしたその手が夥しい血に塗れているように見えた。

「・・・久遠?」
「大丈夫。の手でルーテシアを撫でても、穢れたりしないから」
「・・・ああ、そうだな」
 久遠にそう言われて、は改めてルーテシアを撫でる。
 指通りの良い柔らかな髪の感触には表情を緩ませる。
 の目にはもう、その手に赤いものが見えてはいなかった。
 しばらくして、ルーテシアの寝息に誘われたのか、も眠りに落ちる。
 久遠が自分の額に置いている掌の温もりに、は安堵とともに安らかな夢のなかに落ちて行った。
 管理局入局以来定期的に見続けていた悪夢は、今日は見ることはなかった。




 平穏を望みし破壊の鬼 アナザーIF2nd




 深夜、地上本部にある資料課の部屋では、オーリスが自分のデスクで仕事をしていた。
 オーリスがチラリと視線を向ける先は、すぐそばにある現在長期療養中の課長のデスクだった。
 を思うと彼女の胸が苦しくなる。まさかあそこまで管理局に所属していることが苦痛になっているとは思わなかったのだ。
 先日、聖王を保護した。いや保護というべきなのか、その時にあったのは壮絶な死闘なのだから。
「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。聖王を再生しようとして、本当に生前の聖王を転生という形で再生してしまった研究所を壊滅。調査していた嘱託職員の
ミスティ・コラードと匿名の協力者が研究所の者だと勘違いされて襲撃を受けやむなく応戦したが、その圧倒的な戦闘能力により敗北。
 増援に駆けつけた二等空佐が二人を救出しつつ応戦し、二時間50分もの激闘の末に両者戦闘不能一歩手前にいたるまで戦い、そこで突然
の乱入があった。見た目もよく分からない、いくつもの触手に囲まれた口のある生物、としか言い様も無い異形の生物の乱入により中止。
 両者ともその異形に心当たりが有るらしい事を口走るものの、二人はそれぞれミスティ・コラードと協力者を担いで命からがら研究所を脱出。
 二等空佐の命令により完成していたアインへリアル一号機の試射を理由に研究所を砲撃。その異形は殲滅したと言うことになってはいるが・・・」
 報告書をそこまで読み上げて、オーリスは溜息を吐いた。治療していた二人が言うには、異形は魔力を弾くらしい。
 幾度となく魔力弾や魔力砲を撃ち込んだらしいのだが、悉く効果が無かったとの事だった。
 だから、魔導砲であるアインへリアルでは効果がないだろうとのことだった。悪夢以外の何者でも無い。
「唯一効果が高いのは霊力による攻撃と、次点で物理的な破壊である・・・か」
「きゃあっ! てぃ、ティーダさん・・・?」
「やあ、お疲れ様」
 いきなり後ろからモニターを覗き込んできたティーダに驚くオーリス。
 ティーダは笑みを浮かべながら、差し入れであろうカップラーメンをデスクに置いて、オーリスの肩を揉んだ。
「凝ってるなあ。だいぶお疲れなんじゃないかな」
「そうは言っても、課長が今の状態である以上課長代理である私が頑張らないと」
「俺やスパーダ、他の連中も使いなよ。課長はその辺りうまかったし、大抵の奴はかなり仕事出来るんだぞ」
 凝りに凝った肩を揉みながら、ティーダはオーリスを労う。
 は自分がいなくなってもこの部署が健全に機能するように全員に仕事を覚えさせていた。
 それが、その事実が更にオーリスを落ち込ませる。
 現在、はオリヴィエとの戦いで負った肉体的ダメージよりも、日々の仕事と殺人によるストレスにより重度の精神失調を起こしていた。
 その中で最も負担になっていたのが、管理局に所属しているという事実であったのだ。
 ただでさえ嫌いな管理局で管理局の為に働くということは、どうしようもない精神的負荷をに与えていたのだ。
 その為現在管理局を離れ、レジアスが個人的に用意していた無人世界の保養所で療養中である。
「私は・・・彼が管理局に所属した頃からずっと一緒だったわ」
「うん。知ってる・・・」
「でも、管理局に所属していると言うこと自体がこんなにも負担になっているなんて、思っても見なかった!」
 俯いてそう叫ぶオーリスを、ティーダは何も言わずに抱きしめる。
 オーリスの気持ちはティーダにも痛いほど良くわかっている。ティーダもまたずっととともにいたのだから。
「俺だって同じだ。まさかあんなに弱り果てているなんて思っても見なかった・・・」
 は弱っているなんてものではなかった。オリヴィエとの戦いでかなり派手に負傷したことで医者にかかり、その時に精神的に
弱り果ていることが発覚したのだ。そしてその後の展開は凄かった。
 レジアスは溜まりに溜まっていたの有給と代休をすべて使うことを周囲の反対を振りきって可決。長期休暇が決定。
 もっとも、周囲の反対と言ってもを使い潰そうと思っていた敵対派閥の幹部だけだったが、未だ十代前半の少年を使い潰す気満々な
その幹部たちに反感を覚えたその部下たちは揃ってその派閥を離脱していた。その為ただでさえ少なかったミッド地上のゲイズ派閥以外の派閥は
急速にその勢力を縮小するはめになった。
 そのついでに、別派閥で使い潰される寸前だった龍使いの少女(年齢一桁台)のことが発覚。レジアスが里親となることで引き取られたりした。
 結果、ゲイズ派閥の勢力がミッド地上部隊のほぼ全てをその麾下に置くことになったのだった。
 ごく一部は本局の派閥だが、元から地上部隊では鼻摘みものなため特に気にされてはいない。
「頑張ろうオーリス。せめて、あの子が安心してここから出ていけるように」
「はい、ティーダさん・・・」
 二人はお互いに見つめ合い、影が一つに重なった・・・

「いいんですかおやっさん」
「構わん。ティーダとオーリスが好き合っておることぐらい気づいておるし、娘の恋愛に口を出す気はない。それよりも孫の顔が見たいな」
「気が早すぎですぜおやっさん」
「儂もいい年だ。孫が欲しくなって何が悪いか、ギャランよ」
 仕事の手伝いをしにきたが、二人の甘い雰囲気に入るに入れず覗きのようになってしまったレジアスとスパーダ。
 二人は苦笑いしながら帰っていくのだった。


 ミッドチルダ中央本部付属の総合病院。まあ簡単に言うと警察病院である。
 その病室の一室の表札には、ミスティ・コラード、オリヴィエ・レクサス、ティニー・レクサスの名前があった。
「申し訳ありません・・・」
「気にしないで欲しいのです。いくらあの研究所のものと勘違いされたとはいえ、負けた私たちが悪いのです」
「そうだよオリヴィエ。弱い私たちが悪いんだから」
 謝罪するオリヴィエに対し、ミスティとティニー・・・フェイトはオリヴィエを慰めていた。
 ミスティは肋骨5本骨折に右腕の骨に罅、フェイトは両足大腿骨骨折に内臓にいくつか損傷。オリヴィエ自身は聖王の鎧とのギリギリな手加減
により外傷はないものの、促成された肉体であるため酷く脆く、衰弱していた。ついでに全身打撲。
 件のは背骨に罅、左拳亀裂骨折、あとは身体のそこかしこに裂傷だけである。それでも十分重症だが。
「ですが・・・!」
「だからもういいのです。怪我をしたと言っても治る怪我です。戦う以上多少の怪我や痛みを与えられた程度でどうこういうつもりはないのです」
「・・・昔の私なら言ったかもしれないけどね・・・」
「それはあなた達が軟弱なだけなのです。前戦に出ている癖に怪我どうこうでグダグダ言うなです」
「・・・はい」
 凹むフェイトを更に叩くミスティに、オリヴィエは困ったように笑う。
 事実、この二人は怪我をさせられたことは気にしていない。
「しかし、彼はかなり危険な状態でしたね」
「え?」
「そうですね。何の躊躇いもなくオリヴィエを殺しにかかったですし」
 ギリギリな手加減というのは、うっかり殺しかけてギリギリで止めたということである。
 は精神的な衰弱も伴って、殺人鬼一歩手前のやばい精神状態だったのである。
 具体的に言うと、殺しがただの作業程度にしか感じていなかったのだ。
 ギリギリで感覚を引き戻しただが、そのまま行くと本格的に狂うところだったのである。

 現在オリヴィエとフェイトは偽名を名乗っている。
 オリヴィエは流石にフルネームで名乗るわけにも行かず、フェイトも本局から身を隠している手前本名ではダメなので偽名を名乗っている。
 だから誰も気づくわけがないのだが・・・廊下から三人を看護中のアルフが慌てて病室に飛び込んできた。
「やばいよフェイト!」
「ど、どうしたのアルフ・・・っ!?」
「・・・やっほ。久しぶりだねフェイトちゃん」
 フェイトは目の前に現れた女性を信じられない物を見たように凝視する。
 フェイトにとって姉のような人物だった女性。
「どうして・・・!」
「あはは・・・」
「どうしてここが!! エイミィ・・・ッ!!!」
 エイミィ・リミエッタ。
 本局の次元航行艦に居るはずの彼女が、何故かミッドに居た。
 身動きの取れないフェイトは身を固くし、アルフは牙を剥いて威嚇する。
 エイミィはひたすら苦笑いで、ミスティはある程度事情を知っているが見て見ぬふり、オリヴィエは何事か分からず沈黙している。
「地上部隊の制服まで着て! 潜入のつもりかよ!」
「ち、違うよアルフ! 今の私の制服はこっちなんだって!」
 今にも殴りかかりそうなアルフに、エイミィは慌てて今の自分の立場を説明する。つまりは・・・
「地上本部に?」
「うん。私一応エリートだから結構優遇されててね」
 そう。エイミィは地上本部の首都航空隊のオペレーターをやっているのだった。
 エイミィは元々本局のエリートだったのだ。その能力は局でも有数である。そんな能力を放っておくなんて地上部隊には出来ないのである。
「本当は僻地に飛ばされるところだったんだけどねえ・・・」
「それはそれは・・・」
 地上の人間は基本的に本局が嫌いだと言う証左だった。

 エイミィがここにきたのは単純に、自分の部隊の隊員が少し前にあった大捕物で負傷したため見舞いにきたから、とのことだった。
 そしてフェイトを見つけたのは、介護用品を抱えたアルフを見かけて追いかけてきたからなのだそうだ。
「アルフ・・・」
「うう、ごめん・・・」
 アルフは反省しきりだった。アルフにしても、まさか本局にいるはずのエイミィが地上所属になっているとは思わなかったのだ。
「私ね。もう、クロノくんやリンディさんについていけなくなっちゃったんだ」
「なにか、あったの?」
「うん・・・」
 エイミィは非常に言いにくいようで、困った顔で口ごもる。
 フェイトは覚悟を決めた表情でエイミィに続きを促した。
「悪い知らせと良い知らせが一つづつあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「・・・いい方から」
「うん。まず良い方だけど、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティの研究所。うちの前の仕事で一部壊滅したよ。彼が作っていた戦闘機人を何人かと、
モルモットにされていた人たちの救出に成功したの。本人と戦力の高い機人は無理だったけど」
「おや、そうなんですか?」
 その知らせにフェイトが絶句する。ミスティは単純に驚いているが。
 それとメガーヌとゼストは見つかっていない。既に目覚めて何らかの任務についているらしいことと、洗脳処理が行われていることが
残っていたデータに残されていた。
「その、スカリエッティとは?」
「全ての人造生命の父と呼ばれる生命操作研究に傾倒する科学者だよ。完全なコピーを作るプロジェクトF・A・T・Eの基礎理論を確立した人物」
「そしてそのプロジェクトの完成形が私。・・・ある意味失敗作らしいけど」
 フェイトが自嘲しながら呟く。エイミィはそんな彼女を本当につらそうに見ていた。
「それで、悪い知らせとは・・・?」
「・・・フェイトちゃん、心して聞いて」
「・・・? うん」
 エイミィは、本当に泣きそうな顔でそれを告げた。



 時空管理局本局の病院では、高町なのはが入院していた。
 怪我の度合いはそんなに酷くはないのだが、肉体に蓄積した疲労と歪みが極限に達し、ヴィータと共に受けるはずの任務の直前で倒れたのである。
 そして、そんな彼女と相部屋で入院している少女がいた。
 腰に届く長い金髪。ルビーのように赤い瞳。抜けるように白い肌。普通に見れば極上の美少女であろうその少女は、酷くやつれていた。
「体は大丈夫?」
「うん。ごめんねなのは」
「ううん。いいんだよ。フェイトちゃんが無事なら」



「フェイトがもう一人だってえ!!!」
「・・・うん。私も本当にびっくりしてね」
 フェイトの表情は凍りつき、オリヴィエとミスティは眉を寄せて互いに顔を見合わせている。
 エイミィ自身も困惑しているらしいのだが、そこにアルフが掴みかかった。
「どういうことだい! プロジェクトFateが成功しない研究だってのはがそのことを聞いたときに結論だしてただろ!」
「私だってわけわかんないよ!」
 かつて、はフェイト・テスタロッサの出自を聞いたことがあった。その時にが出した結論は彼女らにはある意味理解出来ないことだったが、
その研究は成功しないということだけは覚えていた。
 が出した結論。それは記憶を転写しただけではフェイトと同じように誰かの記憶を持った他人になるだけだと。そもそも中身(魂)が違うのだから
全く同じになるはずがないというものだった。
 だが、はここであることを呟いてしまい、リンディ・ハラオウンはその事を記憶していた。
「人格のエミュレート・・・」
「え?」
が言ってたんだ。記憶と一緒に転写する本人の人格パターンを移してしまえば、限り無く本人に近くなるって」
「だ、だけど。どうやってフェイトの人格パターンを・・・あ!!!」
「バルディッシュのメンテ用バックアップデータ。あれの解析をすれば私の人格データサンプルは作れる!」
 フェイトの半生を共に過ごしたインテリジェントデバイス、バルディッシュ。その記憶領域には間違いなくフェイトのデータが眠っている。
 そこからフェイトならどういう行動を取り、どういう言動をするかをサンプリングして再現できる。
 そしてそこにフェイトと全く同じ肉体があれば・・・
「私の記憶に私の人格データ。そして私の肉体。たとえ魂が別ものであったとしても、まっ更な脳にそれらのデータがインストールされてしまえば
完全に同じとはいかなくても、ほぼ同じ私を製造できる」
 それが、が導きだしたプロジェクトFateの完成形。
 それを聞いたエイミィは顔を真っ青にして俯いていた。
 エイミィは知っている。
 フェイトがいなくなった後、リンディやクロノは間違いなくフェイトを探していた。
 だが、彼らは見つけてしまった。
 彼らが見つけ、襲撃した違法魔導師の研究所の奥深く。フェイトのではなく、どこからか流出したアリシアの遺伝子データを用いた人造魔導師素体。
 それを見つけた彼らは、が導きだしながらも墓まで持って行こうと内心で誓ったその答えを、たまたま呟いたそれを現実のものにしてしまったのだ。



 セリエス・ブルーノ二等陸尉ことドゥーエは、地上の精鋭部隊(の創設した特殊装備部隊込み)によって拿捕されたという戦闘機人に会いに来
ていた。いくつかの手続きを取って漸く許可が降り、彼女は久しぶりに会う妹の前に居た。
「久しぶりねチンク」
「ドゥーエ・・・」
 銀髪のチンクのいろいろな感情を抑えた声にドゥーエは苦笑いしか返せなかった。
 その部屋の中、チンクは大人しくしていたからか特に拘束されてはおらず、その部屋の向こうには生体ポッドに入った妹たちが居る。
 刻印されたナンバーはZ、[、\、?。
「セッテ、オットー、ノーヴェ、ディード、という所かしら?」
「・・・ああ。ウェンディは調整槽ごとトーレが持っていった。他はもう稼働中だ」
「そう。だけどまあ、資金不足だしその子くらいしか調整できなかったんでしょうね」
「・・・そうだ」
 が提唱し開発した汎用型バトルスーツ。そのサバイバビリティの高さからレスキュー隊にも専用の装備で採用されている。
 それがあることにより、戦闘機人や人造魔導師の開発に対する資金提供が断絶されたのである。
 その為、スカリエッティたちは資金不足で困窮していたのだ。
「で? ドクターたちのことだからただ逃げたんじゃないんでしょう?」
「ああ。私もよく分からないのだが、妙な新興宗教組織が新たなパトロンとなったらしい」
「新興宗教?」
「ああ。確か名前は・・・」


「エリュシオン?」
「正式には楽園教団。最近ミッドで勢力を伸ばしつつある新興宗教だ。何か聞いてないか?」
「・・・知らないが、名前からして嫌な想像しかできんな。名前の通り楽園信仰なのだろうな。誰もが救われる楽園を夢見て、そこを目指す。
または死後そこに行ける」
 は仔狐モードの久遠を肩に載せ、ある程度調子を取り戻したに安心しきって眠っているルーテシアを膝枕したままたい焼き(手作り)を
頬張っていた。
 そんなの姿を、から連絡を受けてやって来たフィリス・矢沢医師が微笑ましげに見ていた。
 フィリスはカウンセラー資格を持つと同時に整体師の資格も持つ。最近にいたっては外科内科問わず様々な医療の技術を習得したジェネラリスト
となっていた。だからこそは彼女をここに呼んだのだ。自分の心身を全幅の信頼を以て任せられる姉貴分に預けるために。
 レジアスはそんなフィリスへの挨拶も直接自分でしたかった為直接保養所に来たのである。
「フィリス先生。の為にわざわざこのような所までご足労ありがとうございます」
「いえいえ。私にとってもくんは弟のようなものですし、この子が本当に幼い頃から知ってますから」
 頭を下げるレジアスにフィリスはやんわりと頭を上げさせる。フィリスにしても改めてを診察し、その消耗度に本気で危険を覚えたのだ。
 此処に来ない理由がなかった。
「しかし、お前も知らないか・・・」
「・・・なぜそんな宗教が成立するかの方がおかしいと思うけどな」
「どういう事だ?」
「霊験あらたかなもの、ないしは何かしらの偉業をなしたものを神格化して奉るのが普通だが、楽園なんて抽象的なものがそうなるのは
正直言って理解出来ない」
 聖王教会はまさにそれで、最後のゆりかごの聖王を神として奉った宗教である。地球で言うならば関帝聖君。すなわち関羽などの英霊のことだ。
「・・・儂は宗教には詳しくないのだが、そういうものなのか?」
「そういうものだよ。だから、その楽園の実在を誰かが確かめたのかもしれん」
 正直に言って眉唾ものであり、からすれば自殺志願者にしか思えなかった。
「地球のギリシャ神話かなんか調べればそういう単語が出てくるし、もしそれなのだとしたらただの自殺志願者だ。スカリエッティもそこまで落ちたか」
 そう言って眼を閉じるを見て、自分で神話の本を取り寄せてみようと思うレジアスだった。
「では儂はそろそろミッドに戻ろう。儂がおらんうちに本局に何かされるとまずいしな」
「あ、レジアスさん。少し待ってください」
「む? 何かなフィリス先生」
「レジアスさんは少し太りすぎです。このままでは心臓の負担も結構なものになります。私が改善のための注意事項を用意しますのでよく読んで守っ
てくださいね?」
 心臓に持病を抱えているレジアスはフィリスの言葉に一時停止。に視線を向けるも、も同じ判断らしく首を縦に振る。
「・・・よろしくお願い致します」
「はい。くん」
「ん?」
「太極拳は一通り知ってますよね?」
「型だけなら」
「ならそれでもいいので教えてあげてください。健康体操になりますし」
「了解。ゆっくり動くからそう負担になりすぎないしな。遅筋を鍛えることになるから太りにくい体質になるし」
「よろしく頼む。儂はまだおちおち死んでなどいられんのだ」
 今までは忙しすぎてろくに体を動かすことが出来ず、が自分のもとに来てからは機嫌よく箸が進んでしまい食事量が増え、15キロも太ってしまっ
ていたレジアスだった。



 一ヶ月後、退院したミスティ・オリヴィエ・フェイトの三人はアルフを連れてが居る保養所を訪れていた。
「改名する?」
「うん。どうも本局は私を、フェイト・T・ハラオウンを再生したみたいなの」
 エイミィからも詳しく聞いたフェイトは、代わりが居る以上自分が存在しているとばれると暗殺される可能性があることに気づいて相談に来たのだ。
「で、名前は?」
「ティニー・レクサス。オリヴィエの妹ということにしようと思うの」
 はフェイトとオリヴィエを見比べる。
「顔立ちは違うが、目と髪である程度の誤魔化しは効くか」
「ええ。私とフェイト、いえティニーとで相談しましたが、とりあえず彼女の長い髪を切り、そして両目に緑のカラーコンタクトを入れることにしました」
「そしてオリヴィエは片方の目に緑のカラコンなのです。髪の色は元々似てますし、これなら姉妹で通るです」
 オリヴィエの偽名をそのまま使って姉妹で通すとのことだった。
 それに関してはも反論はしない。オリヴィエはともかく、フェイトのことなどどうでもいいのだし。
「・・・なら匿名の協力者として使うことも出来ないな」
「それに関してですが」
 しばらく学生をやる。
 それがオリヴィエが出した結論だった。
「私の体も完調ではありませんし、この脆い体を鍛えなければなりません。ティニーにしても思いのほか学力が低いですし」
「あうぅ・・・」
 フェイトは小学校中退である。
「ということなので、ボクが通っている公立の学園に御招待なのです。寮もありますし、学校側にはもう話が通っているのです」
 実はミスティ、学生である。学校に通いながら嘱託で仕事をしているのだ。
「なら俺がどうこういう必要はないな」
「そもそもこんな状態のお兄様に世話をかけることは無理なのです。ご自愛下さい」
 にしても怪我自体は治っているが、まだまだ精神状態は良くないのである。

「それとさん」
でいい。何だオリヴィエ」
「では。・・・あの化物のことです」
 の目がスっと細くなる。フェイトとミスティも真剣な表情になる。
 オリヴィエは入院中に二人にこの話していたのだ。
「あの化物。私たちの居た時代、統一戦争時代の後期に出現し、様々な国の人間を見境なく喰い荒らしました。私たち当時のベルカの人間は
あの脅威の出現により一つになりはしたものの、余りに広域に大量に繁殖してしまった為、我らの文明ごと滅ぼす手段しか取れませんでした。
ゆりかごや他の戦船による地上の絨毯爆撃を行うしか、手はありませんでした」
 その末に、オリヴィエは死んだのだ。
「・・・あれは三百年ほど前まで日本に存在していた。その時はあの姿故にただ異形と呼ばれた存在だった」
「イギョウ?」
「ああ。そして、その異形によって妻と子を殺された一人の剣士が復讐を誓い、その生涯をかけて異形を絶滅させた」
「「「絶滅っ!!!?」」」
 古代ベルカの高い技術力を以てして文明ごと滅ぼそうとして滅ぼしきれなかった化物をたった一人の剣士が絶滅させたなど、彼女らには信じられ
なかった。
「あれの生態は研究が成されていないのでよくわからないが、ただ分かっているのは目に映る生物を殺すか喰らうかすることだけだ」
「それよりもお兄様。その、たった一人でって・・・」
「やったのは神咲という男。今現在の神咲一灯流という退魔剣術の開祖だ。彼はその身の霊力と、特殊な製法により創りだされた霊刀十六夜を
用いて異形を狩り続けた」
「そして、絶滅させたのですか?」
「ああ。それ以来、日本で、地球で異形の目撃情報は一切ない。残っていたとしても、神咲の一族が狩り尽くしただろう」
 実際に、十六夜は当時のことを知っているし、【十六夜自身が異形の被害者】である。
「実は今回のことは神咲一族にも通達してある」
「知り合いなのですか?」
「神咲流三家の当代達は年が近く皆女性なので幼い頃から交流があってな。そのうち一人と知り合ったら、他の二人とも知り合った」
 実はの霊力制御に関する師匠は、青森の神咲神鳴流当代神咲葉弓嬢である。
「俺もある程度神咲流の技は使える。というか、素手用の我流アレンジをしたんだが・・・本家公認で神咲崩月流という流派名を与えられている」
「「「はい?」」」
 三人が絶句している中、の膝の上で寝ていた久遠(少女形態)が目を開ける。
「くぅん・・・完成度が高かったし、神咲流はあんまりそう言うのにこだわらない」
「だよなー・・・。耕介さん、というか御架月が操って使ってた時なんか神咲無塵流って名乗ってたし」
「十六夜の将棋の打ち方にも流派名が付いてる」
 神咲流は基本的に技術の流出とか考えない流派である。なので、血族以外にも弟子を取るし、特定の方面に特化しだすと暖簾分けするのだ。
「ともかく、現在神咲家から出す戦力を選抜中だ。十中八九当代である薫さん、葉弓さん、楓さんがくるだろう」
 それと共に、こちらで霊能力の素質があるものを見つけて鍛えないといけないのだが。
「・・・
「分かってるよオリヴィエ。お前の霊能関係は俺が直接見る。神咲崩月流、叩き込んでやる」
 今現在オリヴィエには自覚はないが、オリヴィエには霊能者になる可能性が濃厚だった。それは霊能者になる条件が、何らかの形で死を体験する
ことなのだから。
「オリヴィエは転生という形で死を乗り越えている。幽霊だった頃の記憶は脳が記憶しているわけじゃないからほとんど憶えてないだろうが、
バッチリ頭の先からつま先まで死の世界を体験しているわけで」
「なるほど・・・」
「・・・あれ? お兄様、ボクはそういう覚えはないのですが・・・」
「お前の場合は生まれたその時に体験している。出産に立ち会ったファーン学長からも聞いている」
 ミスティは死産だった。そんな状態から何とか奇跡的に蘇生し、今はこうして元気に育っているのだ。
「あの・・・私は?」
「ない。諦めろ」
「うう・・・分かってたけど扱いが酷い・・・」
 だからと言って自分が過去にやったことがどれだけ理不尽だったのかを理解しているフェイトは、の自分への扱いに不満を言う事など出
来ないのだった。


 こうして、には管理局がどうこうではなく滅ぼさねばならないものが出現してしまった。
 この異形の出現は、管理局だけでなく管理世界全域を脅かす怪異として認識されるに足る存在であり、その存在が発表されたとき、世界中を大混乱に
陥れた。
 そして・・・そんな物はありえないと否定されたオカルトと、危険だからと否定された質量兵器が急遽見直されることとなった。
 管理局本局は必死にそれを止めようとしたが、魔法の通用しない存在の出現に、それでも魔法で対処できると豪語する本局はしだいにその
影響力を衰えさせられ、各世界の地上部隊ではの開発した特殊装備が基本装備として採用されていった。
 もっとも、それは異形の出現から実に7年後。
 本局が地上に機動六課なる本局所属の地上部隊を無理やり創設してからの話である。




あとがき
の戦線離脱とオリヴィエとのあれこれでした。
なおオリヴィエの姿はvividに出てきたあの姿です。
大人モードヴィヴィオより幼いです。



おまけ
フィリスと

 とフィリス・矢沢は非常に仲がいい。
 リスティの影響もあるだろうが、はフィリスを物凄く頼りにしている。
 また、フィリスにとってもは可愛い弟分であり、何気に実年齢が近く異性としても意識している。
 フィリスはリスティのクローンであり、ある程度成長させられた上でロールアウトされた存在なので、実年齢は無印時点で約8歳である。
 ほぼ同い年である二人だが、見た目の年齢はフィリスが上であるため姉として振舞っているが、フィリスは自分の事情全てを知った上で
付き合ってくれるに普通以上の感情を向けているのだ。
 だからか、現在療養中のの世話をして欲しいという求めに一も二もなく即決で答えたのである。
 もちろん自分が担当している患者のこととかで問題はあったのだが、とフィリスの仲の良さは病院内でも有名であり、その
非常事態であるということを聞いた周りの医師や看護士はフィリスがを優先することを予見していたらしく、彼女が担当していた患者たちは
周りの皆の協力により特に問題は起こらなかった。
 そんなとフィリスは・・・・・・・・・

「おはようくん」
「・・・おはようフィリスさん」
 フィリスは積極的だった。
 どれくらいかというと、パジャマでのベッドに潜り込むくらい。
 としては久遠と良い仲なので久遠以外に手を出さないつもりなのだが。
「久遠ちゃんは良いって言ってましたよ?」
「久遠っ!?」
 久遠の思考は基本動物のそれである。
 優れた雄が複数の雌との間に子を作るのはむしろ当然である。
「それにオリヴィエちゃんも狙ってるみたいだし」
「あいつもか!?」
 オリヴィエは王族である。
 王族には血を絶やさないために多くの子を設ける必要もあるのである。
 それが優秀な男の子であるなら言うまでもない。
「というか、オリヴィエちゃんの場合、婿に貰うよりお嫁に来そうな感じだし」
「どいつもこいつもーーーー!!!」
 オリヴィエとて女である。自分と同等ないし素の能力(魔法無し)であるならば自分を圧倒する相手に魅力を覚えないわけではない。
 女としては男に守ってもらいたいという可愛い欲望もあるものだし。
「ミスティちゃんはくんのことは兄として見てるみたいでそれ以上じゃないみたいだけど」
「それはとても助かる」
 とてミスティは妹としてしか見ていない。妹に対しての愛情は確実にあるが、それは異性への愛情ではないのだ。
「フェイトちゃん・・・ううん、ティニーちゃんはくんのことが好きみたいだけど・・・」
「俺の知ったことか」
「だもんねー」
 今更であるが、に取って彼女はどうでも良い存在である。それこそ目の前でいかなる不幸に見舞われていようともなんとも思わないくらいに。
「ね、くん・・・」
「・・・ん?」
「出来れば考えておいてほしいな。私、本気だから」
「・・・嫌えないから困ってるんですけど・・・・」
「そっかあ・・・ならよし」
 フィリスはの顔に自分の顔を近づけ、唇の程近くにキスして起き上がる。
「朝ご飯作るね。ごはんとお味噌汁でいいよね?」
「・・・うちの朝飯は基本それです。海老があるんで海老の味噌汁をお願いします」
「了解。楽しみにしててね」
 上機嫌で台所に行くフィリスを見送り、は頭を抱えた。
「・・・俺にどうしろとーーーー!!!!!」
 他のもの、特にレジアスなら言うだろう。全員面倒を見てしまえと。
 しかし、にはすでに久遠がいる。
 相手がいず、その上で複数の女性が好きなら受け入れるかもしれないが、既に久遠という恋人がいるにはそこから更に女性を受け入れろというのは
度し難いことで・・・
 
 の苦悩は続く。



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