騎士と拳士が舞い踊る。
騎士は愛する主のために。
拳士は己を守るために。
満月の夜、刃と拳が交錯する。
力尽きる其の時まで、この世で最も危険な舞を舞い踊り続ける。


   月下の死闘で


「礼!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
此処はシグナムのバイト先である剣道場。
今しがた稽古が終わった所のようだ。
「お疲れ様ですシグナムさん」
「ええ、お疲れ様です師範代」
この道場の師範代・赤星勇吾が彼女を労う。
「あいつらそろそろ試合があるんですが、仕上がり具合はどうですか?」
「良い感じですよ。若干心配なのがいますが・・・」
その後も二人は、ビルの階段で打ち合わせをしていた。
打ち合わせも終わり、そろそろ帰ろうかというとき、
「あれ?」
「うん?じゃないか。久しぶりだな」
「勇吾さん。お久しぶり」
ナップザックを担いだ少年が上の階から降りてきた。
挨拶も程ほどにシグナムに目を留め、
「勇吾さん浮気ですか?晶先輩にチクりますよ?」
「違う!そして何故晶に!」
「見てれば解りますが何か?」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
顔を真っ赤にして声にならない叫びを上げる赤星。
「まあ冗談はこれくらいにして、貴女は?」
「あ、ああ。シグナムという。彼の道場で主に子供たちのコーチをしている」
「俺はです。この上の階の巻島流空手の門弟です」
軽く自己紹介したシグナムだが、なんとなく魔力を探っていた。
(馬鹿な。軽く見積もってAAクラスの魔力だと?)
子供とは思えない魔力に目を見開く。
しかし、主は蒐集を望んでいないのでとりあえず何もしない事にする。
これから買い物に行くらしいはその場を離れ、シグナムたちも解散する事にした。


それからというもの、シグナムとは街の様々な所で出会うようになる。
「あれ?買い物ですかシグナムさん?」
「ああ、そういう君は道場へ行く時間か?」
「ええ、あの理不尽に強い親父にしごかれてきます」
たびたび出会いこのような会話をしていた。
そして・・・・・・彼女たちが主との誓いを破らなくてはならない時が来てしまった。


「シグナム、蒐集する為に広域探査をするわ」
「いや、一人心当たりがある」
「本当か?」
「私が行く。心情的には、行きたくは無いんだがな・・・」
シグナムは仲良くなったかの少年を襲わなくてはならない事を辛く思うが
主のためだと強引に納得する。
「お前達は他を当たってくれ」
「わかった」
「気をつけてねシグナム」
そして・・・烈火の将は出撃した。


「はあ、今日は晩御飯は遅めだな。・・・何にしようかな」
少年はこれからコンビニへ買い物に行くところだった。
その時・・・突然世界が切り離された。
「・・・・人が消えた?いや、俺がもといたところから外されたのか?」
「その通りだ」
一人呟いた言葉に返ってきた言葉と、聞き覚えがありすぎる声に驚く。
頭上には、満月を背負い宙に立つシグナムがいた。
「シグナムさん・・・・」
「すまないな。・・・君の魔力をもらうぞ」
シグナムはせめて気絶させてからと拳を振り下ろす。
が、彼はただの子供ではない事を失念していた。
はシグナムの拳を打ち払い、ボディブローを打ち込む!
しかしそれは甲冑とそこから発生するバリアに阻まれ効果が無い。
それを確認し驚愕しつつも状況を解析し、後ろに跳び退る。
「・・・・それは反則じゃないかなぁ」
「この程度では、我が甲冑は打ち抜けんぞ」
シグナムは冷静にを見るが、予想外の反撃に眉をしかめる。
「大人しくしてくれないか?君を無用に傷つけたくは無い」
はその言葉に苦笑しながら、鷹の如き鋭い目でシグナムを睨む。
「魔力だの何だの意味が解らないが、奪うと言うなら俺を倒してからにしてくれ」
シグナムは辛そうな顔をして、その挑戦を受け入れる。
「我はヴォルケンリッターが将シグナム。・・・覚悟してもらうぞ
「巻島流空手門弟。ガキだとなめると痛い目を見るぞシグナム」

はシグナムの予想もできない速さで間合いの内側まで肉薄し、掌打を放つ!
だがシグナムは甲冑があることから効果は無いと判断しあえて受けてみせる。
しかし・・・掌打は勢いをなくしシグナムの腹部に手を添えるだけ。
いぶかしげに見るシグナムだが、次の瞬間考えもしなかった体が砕けそうな衝撃に襲われ膝をつく!
「がふうっ!ごほっごほっ!」
「はは、意外に効くもんだな!」
は更にシグナムの顎を蹴り上げる。
シグナムは無理矢理後ろに下がり回避するも、は更に追撃する。
シグナムは剣を抜き切り払おうとするが、力の入っていない斬撃を打ち払いは更に踏み込む。
完全に死に体となったシグナムだが、彼女の相棒レヴァンティンが障壁を生み出す。
『Panzergeist』
「はああああ!」
紫のオーラをまとうシグナムに、はとっておきの技を放つ。
の拳は障壁を貫き、甲冑をも打ち抜きシグナムの腹部に突き刺さる!
シグナムはそのままビルの側面に叩きつけられた。
「ぐぅぅっ!ごはっ!ごほっ!」
「巻島流空手奥義 孔破。館長のに比べれば弱い事この上ない技だが・・・効いただろう?」
シグナムは膝をつき、苦しみながらの実力に舌を巻いていた。
「・・・最初にやったアレはなんだ?」
「浸透剄という。いわゆる鎧徹しだ。内部破壊技だよ」
完全な殺人術だが、館長が遊びで教えた技だ。
「甲冑もバリアも超えてくるか・・・洒落にならないな」
シグナムは立ち上がろうとするが、
「なっ!くそっ!膝が笑って・・・・」
がくがくと膝が震え、なかなか立ち上がれない。
しかしシグナムは気合で立ち上がった。
(慢心か油断か・・・どちらもだな。私も腑抜けたものだな)
自分の状態に不利を感じるが騎士のプライドがそれを認めようとしない。
(目の前にいるのは一人の戦士。油断など最初からできない相手だった。ならもう油断はしない!)
、お前は強い。だからこそ・・・全力で倒す!」
『Explosion』
「いまさら気付いたのか。言ったはずだぞ。ガキだからと言って舐めるなと!」
シグナムの剣に炎が纏わりつき、は改めて構えを直す。
此処からが騎士と拳士の死出の舞いの始まりだった。

シグナムは剣を振るい切りつけようとし、は剣をかわして内部破壊か孔破を狙う。
しかしシグナムはそれを許さず迎撃、も巧みに剣をかわしては武器破壊すら狙う。
そんな壮絶な戦いが1時間近くも続けられていた。
『Stellungwinde』
「せえええい!」
レヴァンティンから衝撃波が発生しに襲い掛かる。
まともな回避行動も取れずには吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。
「かはっ!」
更にシグナムが追撃し、ボディブローを叩き込む!
しかしも負けてはいない。
密着したのを良いことに胸に手を沿え、シグナムに浸透剄を叩き込む。
再び喰らった衝撃を歯を食いしばって耐え抜き、顔面を掴むように掌打を放ち、後頭部を壁に叩きつける。
は朦朧とする意識の中で、更にもう一発浸透剄を叩き込む。
最早二人は互いに蓄積したダメージに耐える事ができず、そのままもつれ合う様に倒れこんだ。
1時間に及ぶ激闘の末、の体も所々切り裂かれ血を流し、シグナムは見た目は無傷だが
体の内側はズタズタにされていた。
二人は荒い呼吸をしながら、抱き合うように倒れていた。

「・・・・どっちの・・・勝ち・・なんだろう・・な?」
「・・悪い・・・が・・私の・・・勝ちだ・・・」
シグナムは体を起こし、魔力を奪おうとした瞬間、腕の力が抜けてしまい再びに倒れこむ。
「ん・・・んむ・・・」
「んん!・・・んあ・・・」
なんと倒れたシグナムとの唇が重なってしまっていた。
想像もしなかった事態にシグナムは固まり、は後頭部のダメージが酷く体を動かせない。
そのまま1分ほど固まっていたが、我を取り戻したシグナムが動こうとするも、
力が入らずに、余計に情熱的に唇を重ねるようになってしまった。
「ん・・・ちゅ・・・ちゅぷ・・・」
「・・・ちゅく・・ちゅ・・・・・」
何気に舌まで入っている・・・・というより絡み合っているようだった。
此処に誰かいれば助け起こすなり何なりできたのだろうが、生憎二人以外誰も居ない。
シグナムの顔が何処と無く蕩けるような表情になってくる。
約15分後、漸く動けるようになったがシグナムを引き剥がし、大きく深呼吸をする。
シグナムもばつが悪そうに、紅潮した顔をから逸らしている。
「あ〜、うん。事故と言う事で」
「そ、そうだな!事故だな!夢中になったりはしてないからな!」
の言葉に慌てたように賛成する。
半ば自爆しているが。
「で、どうするんだ?魔力いるんだろう」
「あ、ああ。少し我慢してくれ」
シグナムはからリンカーコアを抉り出す。
「ぐ、があああああっ!」
「・・・・済まん。もうしばらく耐えてくれ」
激痛にのたうつから辛そうに目をそむけ、闇の書を呼んだ。
現れた闇の書に魔力を食わせると、凄まじい速さで大量のページが埋まっていく。
「84ページか。大漁だな」
「はっ、はあ、はあ・・・・」
は苦痛に喘ぎながらも闇の書を視た。
には闇の書にどす黒い何かが纏わり着いているように見えた。
それはにはひどく見覚えがあった。
昏く深い悪意の念。今まで視たものよりも遥かに禍々しい。
「シグナム・・・それはなんだ?」
「これは・・・」
「それはやばすぎる。それにはありえない程の悪意が籠められている」
その言葉にシグナムは顔を強張らせる。
「何かわかるのか!」
「それを・・・完成させちゃいけない・・・碌な事が起こらない」
の言葉に何かが思考の端に引っかかるも、彼女の愛する主の顔が浮かびその疑問を振り払う。
「それでも・・・私はこれを完成させなければならない。お前の言う事は聞けない」
シグナムの決意が固い事を感じ取ったは、もう何もいえなかった。

「さて・・・私はもう行くぞ」
シグナムは主の元へ帰ろうとし、に声をかける。
「おい待てシグナム」
「話すことはもう無い。目的も達した」
はシグナムを呼び止めるも、シグナムは聞こうともしない。
シグナムはそのまま飛び去ってしまった。
はリンカーコアを抜かれ、道路に倒れたままの状態、しかもその反動で動けない。
は何とか立ち上がる事に成功し、歩き出そうとした瞬間、結界が消えた。
そしては・・・・・突っ込んでくるトラックを目撃し、そのまま意識を失った。



「おはようシグナム」
「はい。おはようございます、はやて」
翌朝、シグナムはいつもと同じように過ごそうとしていた。
しかし立て続けに浸透剄を喰らった事で体がうまく動かなかった。
「どうかなさりましたかはやて?」
はやては先ほどから熱心にテレビを見ている。
「うん、それがなあ。昨日の夜に事故があったようなんや」
「事故・・・ですか」
「それがどうも私と同い年らしいんや」
「そうですか・・・・」
はやては事故にあった子供が心配らしい。
やはりはやては優しい子だと思い、コーヒーをすすっていると、
『事故にあったのは小学3年生の児童で、くん』
ぶふううぅぅぅぅ!
聞き覚えがありすぎる名前にコーヒーを吹き出した。
「な、何やシグナム。どうかしたんか!?」
『少年は喧嘩か何かをした後のようで負傷していたところを、車に撥ねられた模様です』
咳き込みながらも心当たりがありすぎて顔色が悪くなる。
『しかし、少年を撥ねた男性は車の前に子供が突然現れたと・・・・・・』
シグナムは結界を解いたときに、やたら騒がしくなったのを思い出し、更に顔色が悪くなる。
『少年はまだ意識が戻っておらず、意識不明の重体です』
すっかり顔を青ざめさせたシグナムは、あの時なぜ呼び止めるのを無視したのだと本気で後悔していた。
「シグナム?どうしたんや?」
「い、いえ、はやてが同じ目にあったらと思ったら・・・・」
「そっか。わたしの心配してくれたんやな」
シグナムは咄嗟に誤魔化してしまったが、本当のことを言うわけには行かないのでそのまま流した。
とりあえず・・・またアレを喰らうかもしれないが、見舞いに行こうと心に決める。
この日から数日、シグナムの様子が変だが、一応いつも通りの日々を過ごすことになった八神家だった。



数ヵ月後、シグナムは結局見舞いに行く事ができず、買い物をしていたときにと再会した。
完全復活を遂げたと再会したシグナムは・・・問答無用で孔破をぶち込まれました。
以前よりも威力が上がっており、しかも生身で喰らったために二日ほどなにも食べられなかったそうだ。
挙句の果てに、翠屋の最高級ケーキセットも奢らされたそうです。
「済まん!本当に申し訳なく思っている。だからもうこれ以上は頼まないでくれ!」
「桃子さ〜ん!後このケーキセットも包んどいて〜」
「ホントにもう勘弁してください!」
補足 翠屋のケーキは味に比例して値段が高いのである。



後書き
シグナムとの死闘をお送りしました。
バリアジャケットに浸透剄などの技が効くかどうかは作者の妄想です。
なお、撥ねられた後、なのは達は大慌てで見舞いに行くなどありましたが、
母親は顔を見せるどころか連絡すらよこしませんでした。
ほとんど一人暮らしの理由もその辺にあります。
inserted by FC2 system