俺はヴァルゼルドの様子を見にスクラップ場へ顔を出したのだが、何故かそこにはクノンが居た。
 しかもかなり思いつめた表情をしている。
「何をやってるんだ?」
「っ! セツナ様・・・」
 驚いて振り返るクノンが向いていた方向は・・・
「・・・何をしている?」
「・・・申し訳ありません」
 クノンが見ていたのは使えなくなった機械を押し潰し破壊する機械、プレス機だった。
「・・・何があったかは知らんが、自殺なんて馬鹿な真似はやめてくれよ」
「・・・はい」
 クノンは思いつめた表情のまま、スクラップたちを眺めていた。


「―――と言う事があった」
「・・・何かあったのかしら」
 ここはラトリクスにある機械兵士のラボ兼製造プラント。
 実は最近まで全く稼動してはいなかったのだけど、セツナが面白い機械兵士がいるからと紹介してきた彼を修復するために
動かす事になったのだ。
 本来ならこのまま放って置くべきだったのだけど、彼、ヴァルゼルドを見て不覚にも笑ってしまった。
 だってそうでしょう?
 機械兵士が、【機械】兵士が寝言言って飛び起きたのよ?
 しかも猫が苦手らしいし。非常識が過ぎてもう笑うしかなかった。
 だけど、その非常識の理由はすぐに察した。セツナもまた気付いていたのだろう。
 ―――あれはバグだと。
 あのまま自動修復してもバグの人格とボディに不整合が生じて暴走してしまう。
 そして、私とセツナはヴァルゼルドの修復と、あの人格を殺さないまま完全に仕上げてしまう事を二人っきりの会議で全会一致
で可決し、このプラントを再稼動させる事になったのだ。
 正直言って今この状況下では機械兵士の参入は戦力的に大きい。セツナは本当にいいタイミングで彼を紹介してくれた。
 私はここの機械の端末にアクセスしてプラントの生産設備のチェックを行っていた。
 そんな折、手持ち無沙汰だったセツナがクノンの取った謎の行動を教えてくれたのだ。
「何度か見たことがあるんだが、あれはこれから自殺する人間の眼差しだった」
「・・・なんとなくニュアンスは分かるわ。でもなんであの子が・・・」
 クノンはこれまでずっと私の護衛獣として傍にいてくれた。
 あの子の存在がどれだけ私を救ってくれたか、考えるまでも無い。
「それとなく注意しておいてくれ。もしかしたら俺やアティたちがここに来た事による変化なのかもしれない」
「変化・・・ね」
 変わったことか・・・。
 以前よりも良く笑うようになったわね、私たち。
 各集落の間も極力干渉しないようにしていたけど、アティたちが来て以来活発に交流が行われている。
 それに私たち護人も何か問題があって、それを解決するために行動を共にする事はあっても遊びに行ったりする事はなかった。
 ・・・その変化が、あの子に何かをもたらしたのかしら?
 これまでの事を振り返ってみるが、私だけじゃない。あの子もまた変わってきている。
 私以外の者にも笑顔を向けるようになったし・・・笑顔?
「ねえセツナ」
「ん?」
「あの子って対人関係に関する経験値がかなり蓄積されて感情に関する経験も増えているのよね?」
「ふむ・・・まあそうだろうな。だとしたら精神的な成熟・・・か?」
 精神・・・。機械のあの子に・・・・・・・・・・・・・・・・・
「「あっ!」」
 心だ!
「人間にしろ何にしろ、人格を持っている以上それが経験を積んでいけば科学で証明できない揺らぎが発生する!」
「0と1。在るか無いかでしか判断できない科学にとって心と言う恐ろしくファジーな物は理解できない!」
「「なにより、それはそんなに綺麗なものじゃない!」」
 何かを嬉しいと思う心。何かを守りたいと思う心。それはとても尊いものだ。
 しかし、心と言うものはそれだけではない。
 何かを妬ましいと思う心。何かを恨めしいと思う心。そういう醜いものもまた存在する。
「クノンは心の持つ負の面を知ってしまった。そして何かを妬んだ」
「その妬みを自覚した時、機械に有るまじきその考えに恐怖してしまった」
 私にも経験がある。私は融機人だ。機械と生体のハイブリッド。その考えはどちらかと言うと機械寄り。
 常に合理的で効率的な物の考え方をするが、そう行かない事もあった。
 恋をしたときだ。かつてマスターに、ハイネル・コープスに恋をした時、私は合理的とかそういう考えをこれでもかとうっち
ゃって感情に走ったのだ。
 ファリエルが、ハイネルの妹が鈍感な彼に対して何かと協力してくれたのもいい思い出だ。少々ブラコン気味だった
あの子に嫉妬した事もあったけど。
「やばいぞ。あの子自分のことを欠陥品だとか考えているかも知れん」
「ありえるわ。今すぐ探さないと・・・!」
 私たちはプラントの検査を打ち切って外に出ると、ベルフラウが息を切らせて走っていた。
「ベル!」
「兄様!アルディラ姉さまも!」
 私たちを探していたのだろう。焦燥している表情が一気に明るくなる。
「クノンが! クノンが自分を廃棄するって、スクラップ場に!」
「やっぱり! セツナ!」
「分かってる! クノンには誰がついてる?」
「一緒にいたアティ先生と姉さまが止めてますけど、アルディラ姉さまじゃないと!」
 かなり慌てているベルフラウだが言いたい事はわかる。
 私が行かなきゃ行けない。あの子のマスターとして。止められるのは恐らく私だけだ!
 セツナがその俊足を生かして先行するのを見ながら、私とベルフラウも全力でスクラップ場に急ぐのだった。


「クノン! 自殺するなんてやめて!」
「だめですクノンさん!」
「それはいけません。私のような欠陥品はいずれ重大な被害をもたらします。それは私にとっては許容できません」
 いけないのだ。このままではアルディラ様に迷惑をかけてしまう。その前に自分を廃棄しなくては。
 プレス機に向かう私にアティ先生とアリーゼ様が組み付いているが、フラーゼンの、機械の私にとって成人女性一人と
少女一人の重量など、せいぜい100キロにも満たない重量など苦にもならない。彼女らの心情を慮って詳細な体重は言う気には
なりませんが・・・
「・・・少しダイエットをお勧めします」
「「えっ!?」」
 二人が驚きとともに動きを止め、ここ最近の食事量などを思い出したのか顔色が青くなっていく。
 何にせよチャンスです。
 私は二人を振りほどいてプレス機に一気に―――
「残念だがここでアウトだ!」
 ―――っ! セツナ様!
 後ろから私に飛び掛ってきたセツナ様はアティ先生たちのように無理矢理力で止めるのではなく、私の体勢を崩して
地面に引きずり倒した。そのまま私の力が発揮できないような見事な固め技で私の動きを止める。
 この間わずか10秒。見事としか言いようが無い。
「セツナ様・・・セクハラで訴えますよ?」
「生憎その手の精神攻撃に掛かってやるつもりは無い」
 ・・・効きませんか。いえ、胸とか思いっきりセツナ様の腕に押し潰されてますが。後、足が股間の間に割って入ってます。
 ちなみに、私は看護用であるからか体表は基本的に柔らかい素材で出来ています。人間と変わらないように。
「なぜ、自殺など考えた?」
「・・・分かっていっているのですか?」
 自殺。セツナ様もアティ先生もそういうが、私は機械だ。殺すという表現は適用されないはず。
「私には」
「代わりがいるとでも? ふざけんなよクノン。確かにお前と同じ形式のフラーゼンはいるだろうが、クノンという個体は
お前一人だ。俺もアルディラも、ベルもアティもアリーゼも、みんなお前を喪いたくなんて無いんだよ!」
 俺たちにはお前が必要なんだ。私の耳元でそう呟くセツナ様。
 その言葉に私の【心】は歓喜に満たされる。こんな私でも必要としてくれるのだと。
 ・・・でも。
「私のような欠陥品では、いつか皆様にご迷惑をおかけしてしまいます。だから・・・っ!」
 顔に掛かる衝撃と軽い音と共に、私の視界が大きく横に動く。
 そちらのほうを見るとそこには、息を切らせて涙目で私を睨むアルディラ様が・・・
「・・・ばか」
「・・・アルディラ様」
 セツナ様が私の拘束を解いた瞬間に、アルディラ様が私に抱きついてきました。
 ・・・振り解く事は、出来ない。
「私がいつ、貴女を要らないと言ったの?」
「・・・それは」
 言われてなどいない。私が勝手にそう判断したのだ。
「私は・・・アティ先生を、セツナ様を憎みました」
「えっ!?」
「・・・・・・」
 私の台詞にアティ先生が驚愕。セツナ様はまるで分かっていたように苦笑しています。
「私はアルディラ様の護衛獣として傍にいました。長い間ずっと・・・。ですが、最近になってアルディラ様は良く笑うように
なられました。かつてのような後悔の中で自嘲するのではなく、晴れやかな笑顔をしていました」
 私はそんなアルディラ様しか知らない。いつかこの方の心が晴れればと願っていました。
「ですが、それを成したのが自分では無いと考えた時、私はそのきっかけとなったであろうアティ先生とセツナ様を憎んで
しまったのです。何故自分ではなかったのだと!」
 その時から私は壊れていたのでしょう。そして同時に理解していました。
「これが【心】なのだというのなら、私は要らない! こんな醜いものなら、私はそんなもの要らない!」
 まるで子供のようだと、思考の片隅でそう思う。
 かつて願ったもの。自分にも心があればアルディラ様を笑顔に出来るかもしれないと、そう思っていたけれど・・・
 手に入ったものは自分が思い描いていたものとは違っていた。
「クノン・・・。それは貴女が、人に近づいた証拠なのよ」
「・・・これが、人の心だというんですか?」
「そうよ。誰だってそう、時には誰かを愛し、時には誰かを憎む。私だってそうだもの」
「アルディラ様・・・」
 アルディラ様を私を抱きしめたまま、泣きそうな声で私に懇願してくれた。
「傍にいて、クノン。私はもう、大切な誰かを、誰も失いたくないの・・・」
「アルディラ様・・・っ!」
 涙を流す機能があれば、私はアルディラ様のように涙を流していたのだろう。
 私を必要だといってくれるアルディラ様の【心】が、私の【心】に暖かなものをくれる。
 私たち二人は、抱き合ったまま声を上げて泣いていた・・・


「一件落着かな」
「そうですな技師殿」
 なんとなく、二人っきりにさせてやろうと気を使って二人から離れると、そこにはヴァルゼルドいた。
「覗き見は良くないな?」
「うう・・・誰かの声がしたので好奇心に耐えられず・・・」
 相変わらず人間臭いロボットだ。俺に背を向けて膝を抱えて巨体を縮めて地面にのの字を量産している。
「・・・本当に機械ですの? 中に人が入ってるとか」
「中の人など居りません! ええ居りませんとも!」
「・・・そ、そう」
 今度は突然立ち上がって握り拳で力説するヴァルゼルドにベルがちょっと引く。
 躁鬱の激しい奴め。
「ヴァルゼルド。体はもう大丈夫なの?」
「いえ、実は電脳にちょっとばかり破損が見受けられているのですよ教官殿」
 ・・・だろうな。その破損を起こした衝撃で発生したバグなのだろうし。
 電子頭脳の破損とプログラムエラーが相まって今のバグが発生しているのだろう。
 しかも恐ろしく長い時間をかけてそのバグが成長し、まるで人間のような仕草を行わせている。
 ―――実に面白い。
 こういう普通では起こりえない存在は非常に興味深い。これほどに人間臭くなった経緯とか調べてみたい。
 まあブラックボックスだらけで無理だろうが。
「ということで新しい電脳を用意してくれると嬉しいのでありますが・・・」
「何故そこで俺を見る」
「技師殿なら何とかしてくれると思った次第であります」
 こいつめ・・・まあいいか。
「お前のボディにも不具合が無いか調べたいんだ。俺の所に来るか?」
「いえ・・・それは・・・」
 俺の提案を何故か渋るヴァルゼルド。
 アティたちが首を傾げる中、俺はヴァルゼルドに呼びかける。
「ヴァルゼルド」
「・・・了解したであリます」
 気付いたのだろう。そして恐らく自分でも気付いていたのだろう。
 自身の人格がバグである事と、そのバグを俺が見抜いていることを。
「安心しろ【お前のまま】完璧に仕上げてやる」
「・・・ああ。大変ありがたいであります技師殿!」
 恐らくこいつは覚悟していた。どうにもならない時は、己の人格を消してでも俺たちに従う兵になるつもりだったのだろう。
 させてやるものか。こんな面白い奴を面白みの無い人形になどさせてやるものか。
 俺の言っていることが理解できていない三人はとりあえず放置するとして、俺は近くに居たロボットにヴァルゼルドを運ぶよう
命令を出しておくのだった。


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