正月。
 ミッドチルダには新年を祝う習慣がなく、機動六課の職員には馴染みのない日。
 だがこの部隊のトップ陣は揃いも揃って地球出身、あるいは地球の文化の経験者。
 二ヶ月も前から六課全体の休みを取り、大晦日から正月三が日を地球いや、日本風に過ごすことになった。


   機動六課のお正月(ある青年の回想編)



『あけましておめでとうございます!』
 一月一日午前0時0分。
 六課の新年はこの挨拶から始まった。
「いや〜・・・壮観やねぇ・・・」
 基本的に六課の女性達は美女美少女である。
 そんな彼女達が色とりどりの豪奢な着物に身を包んでいた。
「アルト・・・ようにおてるなあ・・・」
「あの・・・それは胸が小さいという事なんでしょうか・・・」
 彼女は日本人体型なので着物が良く似合っていた。
「でも良かったの? 着物って高いでしょ?」
「まあ一着ウン十万前後の出費だったが、普段の仕事の御褒美代わりだ」
 着ている服がウン十万と聞いて途端に緊張する六課女性陣。
「あああああああの、汚しちゃったら弁償しないといいいいけないですよね?」
「落ち着け。それとそれは君達へのご褒美、プレゼントだ。弁償の心配は無い」
 の言葉に途端に緊張の糸が解ける。
 全員胸をなでおろしていた。
「さてさて、では離れの大広間で年越し蕎麦食べて、炬燵でまったりしながらTVでも見よか」
「蕎麦の準備は出来ているぞ。しかも打ちたてだ。しっかり堪能してくれ」
 こういう部分においては妥協を許さないはやてと
 段取りは完璧だった。


 不破邸の離れの宴会用の大広間は、畳が敷き詰められほぼ等間隔で炬燵が並んでいる。炬燵の上には年越しそばがある。
 この時間の前には忘年会のために鍋料理が振舞われ、盛大に賑やかだった。
 その宴会を始めたときの職員達は始めて嗅ぐいぐさの香りと炬燵の暖かさにすっかり骨抜きにされていた。
「はあ〜〜〜〜〜〜。癒される〜〜〜」
「なんなんだこの癒し空間は・・・・」
「これに入ってると無意味に幸福感が〜〜〜」
 日本伝統の暖房器具・炬燵。彼等はその味を占めてしまっていた。
 今もヴァイスやグリフィスは炬燵に陣取り、先ほどから熱燗をちびちび飲んでいた。
 それぞれ酌をしているのはアルトとルキノだ。
 その頃フォワード陣は、深夜なので睡魔にやられて眠り込んだ子供達を炬燵で寝かしつつ昔話をしていた。
「子供の寝顔って可愛いですよね」
「それにしっかりとスバルが加わっているのはどうかと思うが・・・」
 なお子供の中にはスバルも含まれている。
 普段は五日ぐらいは徹夜を耐えられるのだが、恐るべきかな炬燵の魔力。
「隊長たちって正月の思い出とかってないんですか?」
「もちろんあるよ。いつも高町家・バニングス家・月村家・八神家・ハラオウン家で合同で新年会をやってたからね」
「そうだな。大抵は賑やかに始まり狂乱のうちに終わるわけだが・・・」
 狂乱の主な原因は桃子とか桃子とか桃子とか・・・
「なーなー。そういえばあたしらが会う前の正月になんかあったって聞いたことがあるんだけど」
「・・・・・・・あまり思い出したいものじゃないんだが」
「いいじゃないですか別に」
「そういうものでもないんだがなぁ・・・」
 なにやら周りの職員達も興味津々な顔をしている。
 彼等はスターズの隊長が青い顔をしているのに気付いているのだろうか・・・?
「仕方が無い・・・。話してやろう」
 そうしてはあまり思い出したくもない思い出を語り始めた・・・・・・・・


 まだフェイトたちと知り合う前のその正月の新年会にて。

 朝、高町家では新年会の準備をしていた。桃子、ノエル、の3人がばたばたと走り回りながら準備に追われていた。
 なのはたち経由で仲良くなった高町家、月村家、バニングス家の合同新年会。早くも2回目である。
「ごめんなさいねノエルさん。手伝ってもらっちゃって」
「どうぞお構いなく。忍お嬢様からも頼まれておりましたので」
 二人は人数が人数なので朝早くから準備していた。鍋用の食材を切りそろえ、硬い海老を力技で真っ二つにぶった切り、
切ったそれをがカテゴリー別に揃えてバニングス家寄贈の大きな冷蔵庫に収納していく。
様。すずかお嬢様たちとお遊びにならないのですか?」
「・・・今あいつらはアリサのお母さんの指導で着物の着付け教室を開いてるんだ。俺が参加したら100%振袖を着せ
られる。それだけは絶対にいやだ」
 アリサの母(日英ハーフ)は日本の文化というものが大好きで着物の着付けが出来、よく能や歌舞伎もよく見に行くら
しい。その影響か、やたらに着物を着せて女形の真似事をさせようとするのだ。なまじ出来るあたり更に気に入られ
ており、苦手な人間TOP10に入る人物だったりするのだ。
「・・・見てみたいわね」
「勘弁してください。それとノエル。無表情ながら少々目が輝いているように見えるんだが?」
「申し訳ありません。私も見てみたいです」
 は大きく溜め息。本当に勘弁して欲しい。
 は無言で作業を再開し、無理だと悟った二人も作業に戻る。そもそも人が多いし、士郎やデビットはかなり食う方だ。
 大量の食材が必要になるので手を止めてはいられない。
「あ、あのー・・・ノエルお姉さま。私も何か・・・」
「ファリン」
「は、はい!何でしょうか君!」
「リビングのテーブルを拭いておいて」
「わ、わかりましたぁ・・・」
 ファリン・綺堂・エーアリヒカイト。ドジな彼女は先ほど、魚釣りで新年を迎えたの釣果を高町家の庭の池に
ぶちまけたところである。

「明けまして!」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
 全員揃って毎年恒例の新年の挨拶。実に日本人らしい。
 そして、
「子供たち。お年玉をやるからこっちにきなさい」
「「「はーい!」」」
 これも恒例の行事だ。なのはたち3人が大人たちからぽち袋を回収している中、は振袖姿の三人をさりげなく褒めつつ
鍋の準備。凹みっぱなしのファリンに発破をかけつつ迅速に火をかけていく。
「相変わらず働き者だねー」
「・・・美由希さんは手を出さないように」
「あははははは・・・・信用ないなあ」
「当然だろう。はお前の料理を食べて昏倒した事があるんだぞ」
「美沙斗は普通に料理ができたんだが・・・」
「恭ちゃん・・・とーさんまで・・・」
 美沙斗は幼い頃から美由希の本当の父親である静馬に恋心を抱いており、母親の美影が徹底的に花嫁修業を行っていたら
しい。家事万能な幼妻を地でやっていたそうだ。なお彼女が結婚したのはわずか16歳。ギリギリ結婚できる年齢である。
 だが、その娘がいくら練習しても料理が上手くならないのは何故なのだろうか・・・
 はその時のことを思い出して少し吐きそうになりつつ準備を進める。
「やるだけやったら食べるのに専念しますよ」
「本当はそれだけでいいんだけどねえ」
「普段世話になってるんだからこのくらい当然です」
 の言葉に苦笑する大人たちは、相変わらず子供らしくないななどと多少の愚痴をこぼしつつ温かく見守るのだった。

 宴もたけなわ。大人達はいい感じにお酒が入ってきた。全員泊まり予定なので遠慮なく飲んでいる。
 そんな中は腹八分あたりまで食べて、ソファに座ってのんびりとテレビを見ていた。毎年恒例のかくし芸大会をみ
て、食べ過ぎてダウン中のアリサに膝枕をしつつ髪を撫でていると、明らかに酔った桃子が近寄ってきた。
くーん」
「・・・すずかー。アリサ引き取ってー」
「はーい」
 夜、しかも満月だからか酒を飲まされているはずなのに全く酔っていないすずかにアリサを引き取らせる。
 この状態の桃子に絡まれるとどうなるかわからないのだ。
 そして、桃子は当然のようにを抱き上げて、自分の膝に乗せた。
「・・・うわ、酒臭い。どんだけ飲んだの桃子さん」
「そんなにのんでないわよ〜」
「し、信用ならない・・・」
 が周りを見ると、アリサの母が酒瓶を抱いてすやすやと眠っている。着物がはだけて太ももが見えている。とても艶めか
しいが無視して転がる酒瓶を数えていく。その周りにはひいふうみい・・・途中で数えるのをやめる。頭が痛くなる量だった。
 桃子はやたらご満悦にニコニコしてを抱きしめている。士郎がこっちを見ているが、桃子が普段を息子同然に
可愛がっているのを知っているからか優しい眼で静観している。・・・そう、ここまでは。
「んふふ〜」
「あ、あの? 桃子さnむぐ!」
「「「「!!!!!!!」」」」
 桃子は突然の顎をくいっと持ち上げ、いきなり唇を奪った。周りでそれを見たものは驚きのあまり声も出せずに硬直し
ている。しかも・・・
「ん! んんんんんーーーーー!!!」
 は混乱する。桃子の舌がの口内に侵入し、舌を舐っていく。誰もが呆然とその光景を眺め、そして、奴が動いた。
「どおおおおおりゃああああああ!!!!」
「うぎぇばっ!!!」
 わき腹の辺りから掬い上げるような蹴りを放ち、それを受けたがおおよそ人間の発するものではない悲鳴を上げて
吹っ飛ぶ。誰も反応できず、は壁に激突した。
「ふふふふ、桃子の唇を奪うなど・・・!」
「・・・まてとーさん。は明らかに被害者だぞ」
「知ったことかああああああ!!!」
「あんた何処の番長だ!」
 愛する妻の浮気?を見て暴走する士郎。なのはたち三人娘はを心配して傍による。
君? 大丈夫?」
「ちょっと!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ん?何か言ってる?」
 ぶつぶつとつぶやくに気付いた三人は耳を澄ますと・・・
「なんでおれがけられてるんだそもそもおれはひがいしゃだぞというかあいかわらずももこさんやむすめかんけいになると
りせいがとぶなあのひとあたまよわいのかあのひとよわいんだよなそうだよななぐってもいいよなおんじんだとかそういうの
かんがえなくてもいいよな」
 引いた。三人は盛大に引いた。切れる一歩前だと嫌がおうにも悟ったからだ。
 は焦点のあってない眼をしてゆらりと立ち上がった。そして、に背を向けていきりたつ士郎に音も無く近づき、
「どっせえええええええいいいいいいい!!!!」
「ぬおうあああああああ!!!!」
 腕を取って一本背負い。しかも途中でわざと手を離してすっぽ抜けさせて壁に叩き付けた。
「ぬぐう・・・」
 呻き声を上げながら起き上がる士郎。は相変わらず焦点のあっていない視線で士郎をただ見る。
「やってくれるじゃないか・・・」
「まだこのていどじゃたりないよなあ・・・」
 ぼんやりとした頭でただ士郎を倒す事だけを考えるに、ノエルが心配そうなそぶりを見せるが、忍に止められる。
 抗議の視線は彼女の笑みに無視された。
 そして、互いに一片の容赦も無いリアルバウトが開始された。


「せやあああっ!!!」
 士郎がに打ち下ろすようなパンチを仕掛け、
「ふんっ!!」
 はそれを打ち払い態勢を低くした士郎の顎を狙いショートアッパー。かすらせる事無く回避した士郎はの頭を狙い
アームハンマーを放つ。もろにくらったはその勢いのまま一回転して、士郎の首に両足引っ掛けて、
「おらあああっ!!!」
「ぬおおおっ!!?」
 某龍少年ばりの華麗な空中殺法で投げる。腹筋で無理矢理体を起こしその勢いで士郎を振り回して、遠心力を使って首を
極めたままフランケンシュタイナーで投げ落とした。は何気に日曜深夜のプロレス番組を良く視聴していた。
「とーさん!」
「・・・まさかがここまでやるとは・・・」
「恭ちゃん! 言ってる場合じゃないよ! かーさんも止めて!」
「ああ・・・二人の男が私を奪い合って・・・!」
「かーーーーさああああああん!!!!!」
 なにやら感嘆する恭也と士郎を煽り続ける桃子に美由紀は絶叫。いいから止めてくれて懇願するが聞く耳持たない。
 ゆらりと立ち上がった士郎は更に目が据わり、背中から木刀を取り出した。
「暗器術の一つか」
「だから恭ちゃん! っていうかとーさん何処の不良なの!」
 どこぞの不良少年が背中からフライパンやバットを出すかのような光景にツッコミを入れる。誰も聞いてくれないが。
 一瞬で間合いを詰めた士郎は何の容赦も無く突きを放ち、はそのダメージを緩和するべく防御しようとし、木刀が腕
の間をすり抜ける。直撃を受けたが吹き飛ばされ、その先にある窓を丁度そばにいたノエルが開け放ち、外の庭、
その更に向こうの道場の扉を破って中に飛び込んでしまった。

「おとーさんやりすぎだよ!」
「・・あ、いやその・・・すまん」
 なのはに怒鳴られて頭が冷えたらしい士郎は、の無事を確かめようと庭に出て・・・
「―――っ!」
 道場の中から放たれる圧倒的な殺気に身を硬くした。
 道場からゆらりと出てきたの手には、二振りの木刀。軽く素振りをするを見た士郎は、恭也と美由希に声をかけた。
「二人とも。武装するんだ」
「はあ?」
「何を言ってるんだとーさん。早くにあやま―――っ!」
 恭也も美由希も気がついた。が振るうその剣は明らかに―――御神流!
 そして、が弓を射るような体勢に入ったとき、士郎と恭也の目が驚愕に見開かれる。
 が弾けるように突進。その目標は・・・まだ奥義の習得に至っていない美由希!
「きゃああああっ!!」
 の刺突を受け、成す術無く吹っ飛ぶ美由希をノエルが受け止める。幸い気絶と打撲だけのようだ。
「とーさん。今のは・・・」
「ああ。射抜だ」
 二人はに戦慄していた。には確かに見せたことがある。御神流の技も、士郎が恭也に向けて射抜を使ったこともある。
 それを一度見ただけで覚えたという事実に、二人は戦慄していた。
 言葉も無く、は恭也に襲い掛かる。その鋭さも、速さも、見た目の子供のものではない。
「な、なんだこの鋭さは!」
「・・・この太刀筋、なんだ、覚えが・・・!」
 ぎりぎりで何とかいなした二人だが、の才能の心底驚愕する。は空手をやっているのだ。にもかかわらずその身体の
筋肉のつき方は剣士のそれであると見抜いたのである。
「しっ!!」
「ぐあっ!」
 の右薙ぎが恭也を捕らえ、想像以上の重さに吹き飛ばされる。何とか着地したものの態勢が完全に崩れた恭也にとどめを
刺そうと木刀を振りかぶったその時、恭也の視界から色が消えた。

 の視界から恭也が消失。だが、は奇跡的な反応で背後に出現した恭也を捕捉。瞬時に振り向いた瞬間に、
身体を沈めて頭上を走る木刀を回避。士郎が背後から虎切を放ってきたのだ。
 追撃をかけてくる恭也をしのいで、本気で潰しにかかっている士郎の蹴りから飛び退って回避する。距離をとったに、
士郎は神速を使って一気に肉薄。そしてそのまま・・・薙旋! 何とかガードしただが、ガードに使った木刀が砕け散る!
「っ!!」
「おおおおおおおおっ!!!!」
 士郎の四連撃で吹き飛ばされたに、さらに恭也が追撃! 空中で身動きが取れないに向けて、奥義の四・雷徹を
叩き込んだ!
「ぐぶぅっ!!」
 空中から地面に叩きつけられ、しばし地面を滑り、ぴくりとも動かなくなった。
 息を荒げてを睨んでいた士郎と恭也だが、なのはたち三人娘が動かないに駆けていくのを見て正気を取り戻す。
っ! ちょっと! 意識はある・・・っ!」
「あ、アリサちゃん!?」
「む、胸に・・・肋骨の感触が・・・無い・・・」
 を抱き起こそうとしたアリサは本来なら存在する感触が無い事に呆然となり、すずかとなのは、そして周りの大人たちも
それが何を意味するのかを理解してしまう。半ば呆然とした意識の中で涙を流しながらを呼ぶ子供たちの声に正気を取り戻
した大人たちが病院に連絡しようと電話を取ったところで、アリサたちの悲鳴が聞こえた。
 が大量の血を吐き、それがアリサの服を汚していたのだ。そして、救急車のサイレンが鳴り響き、は海鳴大付属病院
へと緊急搬送されたのだった。


「その後、その病院に勤める院長とその義理の娘のコンビによって一命をとりとめ、士郎さんたちは月村家の圧力により
罪には問われず、もともとの生命力の強さと並の人間を超える回復力のおかげで半年ほどで完治。士郎さんたちは
強く出られなくなり、なのはの婚約を認めたのもこの時の後ろめたさが大いに働いていたと」
 アリサが保管していたその事件のビデオを上映し終わり、その後の捕捉を入れる。見ていた面子は関係者以外ドン引きだった。
「・・・なんですかこのリアルバウト」
「・・・お兄ちゃん。この頃八歳だよね?」
 説明の途中でアリサに交代し、片付けに入って翌朝のお節の下拵えをしていたにスバルが聞くが、あっさり肯定されて
若干引く。
「よお生きとったな・・・」
「無駄にスペックが高い身体で不便も無いわけじゃないが・・・この時ばかりは感謝したな」
「私たちにはトラウマものだったよね」
「すずか・・・あの時あんたの血を舐めてたわよね・・・」
「えへっ」
 あの混乱の中、すずかはひそかにの血の味を堪能していたらしい。はその事実をしってすずかに軽くデコピンしている。
「まあ何にせよ過去の話だ。そんなに気にする必要も無いだろう」
「いや、気にするって・・・」
 ヴィータの突込みを無視しては地球のテレビ番組を見れるように改造していたTVのチャンネルを変えていく。
「さて、雑魚寝になるが寝室の準備はしてある。もう夜も遅いし適当に休めよ」
「「「「はーい」」」」
 もう深夜3時。そろそろみんな限界だった。
 ぞろぞろと退室して寝室に行く六課メンバー。

 明日、というかこの日の夜は新年会だ。
 正月休みが終わって、六課の女性メンバーは増加した体重に悲鳴を上げるのだった。




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