ヴォルケンリッターと少女達は戦慄していた。
目の前で行われている稽古、いや戦闘をただ呆然と見ているだけだった。



強さの秘密(修羅の師は鬼編)


ある日たまたま休みが重なったはやて・ヴィータ・フェイト・なのは・シグナムは暇をもてあまし
ぶらぶらしているところ、何処かへ向かうに遭遇した。
「空手の先生に挨拶?」
「ああ、御神流の修行を始めたは良いけどその話を館長にしてなかったんだ。
噂を聞いた館長が顔を出せと道場の門下生を使って脅しかけてきた」
「お、脅しって・・・」
「そういう人なんだよ・・・」
館長の破天荒さを知っているシグナムは特になんとも思わなかったが
他の皆はそうは行かない。
冷や汗を流しつつやくざの類なのかと思いひそひそと小声でなにやら話している。
「まあ、そういうことでな。これから顔を出してくる」
「ねえ、私たちも行っていいかな?」
なのはが代表で道場について来ていいかと聞き、他の少女たちも何かを覚悟した目で頷いている。
盛大に勘違いしている少女達に苦笑しつつ許可を出して、シグナムを見ると彼女も苦笑していた。


明心館空手巻島流道場
ここにやってきてそれは突然始まった。
「おう! 久しぶりだな坊主!」
その言葉と共に強烈な回し蹴りがを襲う!
「相変わらずですねあんたは!」
華麗にかわして脇腹にフックを放つ!
「わははははは! 相手しやがれ! 真一郎に晶坊主! てめえらも一緒でいいぞ!」
迫りくる拳を余裕でつかみ、道場の中央にをぶん投げる!
「三対一だ。やれるか?」
「っていうか勝てそうか?」
長身で美形の青年―相川真一郎―が問題なく着地したに声をかける。
さらには高校生ほどのボーイッシュな女性―城島晶―が勝率を聞いてくる。
「勝てる筈もないだろうけど、とりあえず一撃くらいはぶち込みたい!」
「「同感!」」
後ろ向きな様で実はものすごい前向きな返答に二人は同調し、館長―巻島十蔵―に躍りかかった。

道場に入って30秒でこの展開。
さすがについていくことができなかったなのは達は唖然とした表情で突然始まった組み手を
傍観していた。
「なんか凄い情けない事を言ってたよね?」
「せめて一撃って・・・3人がかりじゃねえか」
「それぐらいできへんはずが・・・」
5人の目の前で組み手中の3人が一斉に吹き飛ばされる。
ほぼ同時に飛び掛った3人をこれまたほぼ同時に迎撃したらしい。
見ていたはずなのに何をやったのかわからなかった少女たちは思わず沈黙する。
「まあ、見学していよう。むしろそれしかする事が無いしな」
シグナムは落ち着き払ってはやて達に座るように指示し、更なる激闘へと発展していく組み手へと視線を固定する。
ヴィータとフェイトは目の前で行われる組み手に視線は釘付け、なのはも興味深げに眺めだした。

晶が正面から攻撃を仕掛け、側面から真一郎が蹴りを放つ。
館長は真一郎の軸足を刈り転がし、そのまま体勢を整え晶を迎撃。
館長の拳をかわして跳び付き十字固めに入ろうとして腕に組み付き顔面に踵を叩き付けようとするも
首を逸らせて回避され、館長は腕に組み付いた晶を床に叩きつける!
背中から落ちて息が出来なくなっている晶を蹴り飛ばし、そこにが延髄切りを狙う!
だが後ろに目がついているかのような動きでの攻撃を回避、背中に強烈な掌底を叩き込み5M以上
吹き飛ばす! 真一郎が反動で動きを止めた館長に吼破を放つがカウンターで腹に膝を打ち込まれて
その場にうずくまり悶絶する。復帰した晶とが館長を挟み同時に下段と上段の回し蹴りを放つが、
拳と蹴りでそれぞれを迎撃! 呆れ返る程の威力で逆に打ち倒される。
が、は攻撃を受けた反動を利用し、胴回し回転蹴りを館長の脳天に振り下ろす!
館長はの足首を掴むとなんと天井に放り投げ叩き付ける!
更に落ちた先のこれから攻撃を仕掛けようとしていた晶の真上に落ち、二人は折り重なって活動を停止した。

「なあ、これって空手なのか?」
「「「絶対に違う」」」
ヴィータが唖然としながら何が行われているのかを聞くが、同じく唖然としたなのは・フェイト・はやてが
否定する。しかし目の前の光景をどういったらいいのか分からなかったのでそれ以上は言わなかった。
「テスタロッサ。はこういうことをほぼ日常的に行ってきたらしい。強くなるのも当たり前だと思わないか?」
「納得です。・・・でもシグナム。どうしてあなたがそれを知っているのですか?」
シグナムはどこか勝ち誇った顔でとの付き合いの長さを語り、フェイトは悔しそうな顔をしてシグナムを睨んでいた。
数分の休憩の後に再び組み手が始まり、今度は3人とも館長を殺しかねない殺気と気迫をもって攻撃を仕掛ける
も、館長はこともなげにあしらいあるものは投げ、あるものは殴り飛ばされていた。
「この人はほんまに人間なん?」
はやての素朴な疑問にそばで見学していた中学生に見える容姿の女性が答える。
「一応人間だよ? 昔から知ってるけど多分。一応生物学的に・・・」
どことなく自信なさげに話す女性に苦笑いしつつ彼らに目を戻す。
ちょうどが館長の吼破をくらって派手に吹き飛んでいくのが見える。
晶が技後の硬直を突いて館長に吼破を放つも獣の如き反応で避けられ、後ろから真一郎が殴りかかるが
そのまま一本背負いで床に叩きつけられた。
「真くん怪我してないかなぁ・・・」
女性は真一郎の縁者らしく彼の心配をしている。
「大丈夫だと思いますけど・・・あの、あなたは?」
「あ、うん。私は相川小鳥。あの人の・・・」
「妹さんですか?」
「うう、これでも真くんのお嫁さんだよう・・・」
近くにいたなのはたちが硬直する。
なのはたちは相川小鳥嬢(旧姓野々村)を見る。
小柄な体格・童顔と、どこを取っても中学生かよくて高校生にしか見えない。
「えっと、あの人ってロ「違うっ!」」
「余裕あんじゃねえか真一郎!」
「ごはあっ!」
真一郎の人格を全否定しかねない不穏当な言葉を吐こうとしたなのはの言葉をさえぎり真一郎は否定するも
その隙を見逃す館長ではなく、真一郎は横っ腹に強烈な回し蹴りを叩き込まれて吹っ飛び、のたうちまわる。
「え、えっとね。私達幼馴染でその、高校生のころから付き合っててつい最近結婚したんだ」
この道場でのああいう光景は日常茶飯事らしく特に心配せずに小鳥が答える。
「そ、そうなんですか。えっとその・・・お年は?」
「・・・・四捨五入すると三十路になります」
その言葉にショックを受ける子供達。
身近に若く見える奥様方がいるが彼女は更に若く、いや幼く見えるのだから。

「おう、何話してやがるんだ?」
「い、いえなにもっ!」
突然館長が話しかけてきた。組み手は終わったらしい。
晶と真一郎は門下生に介抱されている。かなり激しく打たれたらしくそこら中にあざがある。
そしては、館長に襟首捕まれて引きずられていた。時々ビクビクと痙攣している。
「大丈夫か?」
「大丈夫やあらへんて!」
のんびりとに無事を確かめるシグナムに軽くキレながらはやてがを奪い取って介抱する。
フェイトも心配そうに近寄りとりあえずに膝枕をしている。
「相変わらずですね館長」
「なに、そんなにころころ変わるわけがねえだろうに」
館長は相変わらず豪放磊落を絵に描いたような豪快な男だった。
一つ間違えると社会不適応者であるのだが・・・館長はバトルマニアを通り超えてバトルジャンキーなのだ。
戦うのが当たり前なこの男に育てられたといっていいはこの男を反面教師として育っている。
戦うのは好きではないが興が乗ってくると恐ろしく反応が鋭くなるあたり館長の教育の賜物なのか。
やこの道場の一部の門下生はこの理不尽なまでに強い男をいかに倒して止めを刺すか日夜考え続けていた。
空手以外の武術に手を出す者、空手を極めて倒そうとする者と色々いたが、最終目標は・・・
一言で言うと【この爺を絶対にぶっ殺す】なのでこの道場の門下生は結束が異様に強かったりする。
の奴も大きくなったもんだな。あいつを拾った時はこんなにちっさかったんだが」
館長はを眺めて感慨深げに話し始める。
「拾った?」
「おおよ。あいつは最初に家を追い出された時着の身着のままの上に金も持たなかったらしくてな。
俺が見つけた時は餓死しかけていたんだよ。別にどうとも思わなかったが夢見が悪そうなんで
拾って少し世話をしてやったのが始まりだな」
「そんな事が・・・は一言も話しませんが・・・」
「そうだろうさ。あのころは特に酷かったぞ。それに今の家に住みだしたのはあいつの祖母を名乗る婦人が
部屋を用意したからそこで住まわせるようにって言ってきたからだ」
「4歳で一人暮らしですか・・・」
「それでもあいつはうまくやってきたんだ。驚くしかねえ」
「まったくですね。らしいといえばらしいのですが」
「あいつが生きる事に必死だったのは俺が良く知ってる。一応育ての親だ」
「普段から糞親父と罵倒してはいるのですが、嫌ってはいませんからね」
その言葉に豪快に笑いながらその通りだとのたまう館長。
「あいつはやるべき物を見つけたんだ。空手を捨てるわけでもねぇし、たまには相手してやると伝えてくれや」
「はい、必ず」
未だ気を失っているに呼びかけているはやてたちを眺めながら、烈火の将は頷いた。


帰り道の途中でヴィータがポツリと言葉を漏らした。
が強い理由はよーく分かった。あれじゃあ強くならねー方がおかしい」
「まったくだな。自分よりも遥かに強い相手をいかに倒すかを研究し続けてきていたのだしな」
気絶したままのを背負っているシグナムが同感だと頷いている。
「それとさ・・・気付いてるか? は保有魔力はでけぇんだけど出力はそんなに凄くねえ」
「私とは比べ物にならないくらいに弱いよね」
「なのは・・・なのはと比べちゃ駄目だよ・・・?」
「バリア出力はフェイトちゃんとおんなじくらいやし」
原因を考えてうなる子供達に、シグナムはある事が脳裏をよぎる。
確か魔力蒐集はリンカーコアから魔力を搾り取る行為であって、そもそも魔法に目覚めていない
から無理やり絞ったのだから出力関係に何か異常をきたしたのかも・・・
「何やシグナム? 顔色が悪くなってきとるよ?」
「いえっ! なにも!」
シグナムの態度に少々の疑問を感じながらはやては会話に戻る。
「その割には威力あるよな。何でだろ?」
のスタイルは近・中距離からの格闘戦だよね」
「恐ろしい速さで踏み込んでくるからなぁ・・・打撃は生身でも十分やしその上魔力で強化しとる。
怖くて近寄れへんし」
「遠距離は弓による精密狙撃。障壁貫通とか追加スペルでの爆破とかで威力を補ってるよね」
「それにあの矢は恐ろしく硬いんだよ。なのはのシューターとかあたしのフリーゲン普通に壊してたし」
「近距離では攻撃は見切られて受け流されるかかわされるか、もしくは正面から打ち砕く」
「遠距離から砲撃しても旅の鏡の応用で空間を捻じ曲げて返してくるし・・・」
「いつかやった模擬戦を思い出すよ。なのはのスターライトブレイカーすら返されたしね」
「あははは・・・旅の鏡の最大展開で真下から私達に当ててくれたからね」
「あの時は・・・一瞬で終わったよなー」
「高町を主軸にしてブレイカーを準備、それを守るために皆が周囲に展開し防衛する。
うまくいったと思っていたらブレイカーを飲み込んで逆に返された。確か開始2分で全滅だったな」
あの迫りくる桜色の壁を思い出してなのはまでもが身震いする。
密集しているところに空間をつなげられ近距離で直撃を食らったのだ。
逃げる暇などどこにも無かった。
なおあの魔法のこの使い方はシャマルですら考え付かなかった方法である。
「ごめんねフェイトちゃん。あの時・・・」
「いいよなのは。もう済んだ事だし・・・」
なのははかつてフェイトにバインドで固定した状態からS・L・Bという凶悪なコンボを食らわせた事がある。
その恐怖が今の自分にはありありと分かるのだ。思わず謝ってしまう。
「そーいやさ。出力で気になったんだけど絶龍砲は? アレかなりの威力じゃんか」
「あれは収束砲だよ。周りの魔力を集めて高密度の魔力球を生成してるから出力は関係ないし」
「それをよりにもよって吼破で撃ち出すんだ。カートリッジ5発分の魔力込みで」
「・・・それってかなりシャレにならねーよ」
「追加効果を付与できない単純魔力砲だけど、威力は見ての通りだからね」
実際あの時ザンバーやラグナロクが無くても同じ結果になっているほどの威力だった。
「時間掛かるからまともな局面では使い物にならんゆうとったけどな」
「そうでないと困ります。アレを普通に使われたら・・・」
あれはスターライトブレイカーの3倍以上の時間がかかる。
なので一対一の戦闘では使い物にもならないが、周りのフォローがあればまさに一撃必殺。
それを普通に使われるのは御免被る。仲間内では当たり前の認識だった。
は魔導師としては三流以下だろう。しかしこと戦闘者としてならば超一流だ」
「弱い出力を補うために様々な工夫をして、弱いバリアを補うために受けるのではなく回避、または
受け流す事を前提とした防御技術」
「おまけに旅の鏡の空間歪曲を利用したカウンターまで持ってる」
「・・・・・・・・死角が無いな」
「近接では隙を見せたら吼破による超打撃で、離れたら弓矢の精密射撃。何気にオールラウンダーですよね」
「正直味方で良かったと何度思ったことか・・・」
が敵だったら・・・考えたくもありませんね・・・」
が敵に回った事を想像して・・・ろくな事になりそうも無いのがあっさり想像できてしまった。
肉体的ではなく主に精神的にボロボロにされそうな予感がする。
きっと自分たちの自信とかプライドとかを粉々に打ち砕いてくれるだろう。

フェイトはあることが気になっていた。
「ねえなのは。なのははユーノの念話を聞いて魔法に出会ったんだよね?」
「うん。それがどうかしたの?」
「ユーノの念話はにも聞こえていたのかな? 後はやては?」
「あ〜、うん。そのことも聞いたし日付も確認したけど、その日って検査上がりで疲れてて
かなり早うに寝てしもうてたんよ」
「そうなんだ。じゃあは・・・?」
はやての事情は分かった。
なのははかなり前に聞いた【学校を休んだ理由】を思い出す。
「た、確かね。館長との組み手中に声が聞こえて驚いたときの隙を突かれて吼破を喰らって
三日ぐらい昏倒したらしいよ? 実際学校休んでたし」
その答えに全員が顔を引きつらせる。
ユーノは知らず知らずに迷惑をかけていたのだ。
もう少し遅いか早い時間であれば二人の協力者が得られていたのだが・・・間の悪いイタチである。
「この事は話さないほうが良いな」
「そうですね。ユーノ君がどんな目に合わされるか・・・」
「私たちに感謝してねユーノ」
この事はなのは達の心の内に封印された。
もしが知れば・・・とりあえず肉体はともかく精神に大きな傷が付きそうだった。



彼女たちはの強さの理由を知った。
幼い頃からこれでは強くなるのは当たり前だった。
いまだに眠り続け、結局二日ほど眠り続けていたを見て複雑に思いながらも
いつかに勝ってやると改めて誓ったという。
その誓いが果たされる事はもうしばらくの間来ることはなかったが・・・

ユーノははやてやヴィータにあの事を聞かされ、黙ってやる事を餌に翠屋のケーキを奢らされたりしたとかしないとか。
真相は闇の中である。
なお、ユーノは暫くの間顔色が悪く、の顔を見た瞬間に謝りながら脱兎の如く逃げ出し、
困惑させたそうな。





後書き
主人公の強さの秘密。
実戦に限りなく近い模擬戦を千以上こなしているからだった。
あるいみかなり戦闘経験が豊富である。
何せ館長との組み手は下手をすれば二度と目が覚めなくなるので・・・

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