時は過ぎて。
今日は小学校の卒業式。
それまでの学び舎を飛び立つ若鳥たちは、新しい学び舎へと。
なのは達女の子は聖祥大付属中学校に持ち上がり、
は海鳴中学へと進学するはずだった。



憎しみの理由



卒業式を終えて、は自宅に帰ってきた。
フェイト達は直行で翠屋に向かい翠屋を貸しきっての卒業パーティーの準備をしている
家族たちの応援をしにいった。抜き打ちでだったが・・・
今頃サボり気味のヴィータとリインがカチコチに固まっているのだろう。
自宅の鍵を開けようとした時、は気付いた。
中に誰かがいるという事に・・・
あれから2年、御神流を学び美沙斗からは皆伝を言い渡された。
あの時点で既に神速を使えた事が大きく、またその高い学習能力を持ってあっという間に
技や奥義を習得したのが最大要因だったらしい。既に皆伝の儀を終え不破の伝承刀を受け継いでいる。
そのが部屋の中にいる何者かの気配に気付いたのだ。
慎重にドアを開け、暗器である小刀を構え部屋に入る。
リビングに入った瞬間、その何者かが襲い掛かってきた。
大振りなナイフを逆手に持ち首を狙い切りかかる! しかしは小刀でそれを受け止め弾く。
襲撃者はいったん後ろに跳び退り、再び切りかかる! それに答えるようにも一気に距離をつめ
るが、襲撃者の顔を見て驚愕と共に納得する。とうとうこの時が来たか・・・と。
襲撃者の蹴りが無防備になったを捉え、リビングの中央へと吹き飛ばす。
そして襲撃者はにのしかかりナイフを振り上げ、顔すれすれに突き立てる。
「死んでもらうわよ、
「とうとうこの時が来たんだな。母さん・・・」
襲撃者の名は沙耶。実に8年ぶりの親子の再会だった。

は母の様子に違和感を覚える。
かつて殺されかけた時とはあまりに違う。
あの時は問答無用で殺そうとしていたが、今はこの絶好のチャンスに何もせずに
自分を見つめているだけ・・・
は母を視た。かつてと違う母を。
が訝しげな表情をする。母の目には憎しみが無い。
そこにあるのは深い後悔と葛藤、そして・・・愛情?
の眼にはもう一つ視えていた。母に絡みつく悪意の念を・・・
唐突に理解する。なぜ、母は自分を憎むのか。簡単だ。
奴らの仕掛けた何らかの仕掛けによるものだ。

母は息子が自分を慈しむような目をするのを見て悟る。自分の事情は息子に見破られたと。
だから・・・・・・・
「死んでちょうだい。
「ああ、【】が死ねば良いんだな?」
息子はあっさりと了解する。
死ねと言う言葉のその意味を正確に見抜いたがゆえに。
「この世界から居なくなれば良いんだな?」
「そうよ。しばらく眠ってもらうわ。後は彼が何とかしてくれるから」
母は息子に薬をかがせて眠らせる。
意識が混濁し、眠りつつある息子を母は抱きしめる。一筋の涙を流しながら・・・
頬に口付け、「ごめんね」と謝罪し、更に強く抱きしめる。
「・・・親父の名は・・・不破・・一臣・・・望んで・・いないかも・・・知れないけど・・・
親父の・・・仇・・・は・・・討った・・・か・・ら・・・・・・・」
意識を失う寸前、息子は母に父の事を話す。
母は、知りえなかった男の名を聞き、調べ上げた息子に感謝する。
「ありがとう・・・あの人も喜んでいるわ。息子がこんなにも立派に育って・・・」
自分がそう育てられなかった事を悔やみながら、愛しげに頬擦りする。
<俺の・・・母親は・・・あんただけ・・・だ・・・かあ・・さん・・・>
喋られなくなった息子は途切れ途切れの念話で自分の想いを伝える。
静かに涙を流しながら、母は愛する息子に別れを告げた。

「よかったのかい?」
「ええ。後はお願いします」
部屋に潜んでいたゲンヤが顔を出す。
名残惜しそうにを放した沙耶はをゲンヤに託す。
「なあ、ちゃんと治療すれば・・・」
「無理です。これは治療してどうにかなるものじゃない」
沙耶は分かっていた。もうどうしようもないのだということに。
「坊主の事は任せな。っていっても、こっちが世話になる気がするがな」
「ええ、お願いします。私はもう一つする事があるので」
ゲンヤはやるせない顔でその場を去ろうとして・・・一つ気になった事を聞く。
「あんた妙に強いがなんかやってたのかい?」
「【爆弾】の所為でこの子を憎んでいるときに習得したのよ。この子を殺すためにね・・・」
悲痛な顔で言う沙耶に、ゲンヤはかけるべき言葉が見つからなかった。


くん遅いなぁ。どないしたんやろ」
「まあだから今のところに向かってるんだけどね」
はやてとフェイトは一向に現れず連絡をよこさず連絡しても出ないを迎えに来ていた。
「念話でも繋がらんし、電話もだめやし」
「あのに何かあったとは考えづらいんだけど・・・」
そんな会話をし、また取り留めの無い会話をしながらの部屋の前に着いた。
「あれ? 鍵が開いてる・・・」
「おるんかなぁ・・・」
『内部に生体反応。殿ではありません』
バルディッシュの言葉に二人の表情が凍る。
中に誰かがいる。ではない誰かが。
自分達の仲間は今、翠屋に集合している。
じゃあここにいるのは誰?
二人は意を決して部屋の中に突入した。

そこには一人の女性がソファに深々と座り込み彼女たちを待っていた。
警戒し、身構える二人を表情も無く見つめながら彼女は二人に話しかけた。
「貴女たちがはやてちゃんとフェイトちゃんかしら?」
「・・・そうです。貴女は何者ですか?」
「何でここにいてるんです?」
自分たちの名を知る女性に二人はいっそう警戒を強めながら言葉を返す。
「ふふっ、息子の部屋に母親が来ていても不思議ではないでしょう?」
母親という単語に二人が更に警戒を強める。
幼い頃にが受けた仕打ちを、彼女たちは知っている。
「そんなに警戒しないで。一応事情があったのだし・・・」
「どんな事情があろうと、たとえ母親であろうと」
くんを殺そうとした相手を信じるのは無理や」
「なら聞くだけで良いわ。私も好きで殺そうとしたんじゃないのよ?」
「・・・聞くだけです」
「それで良いわ。・・・まず最初に、私は沙耶。あの子の母親よ」
彼女は自己紹介をして、かつての体験を語り始めた。

「私は管理局の人間に誘拐され、ある男性に陵辱されたわ」
「その辺のくだりは一応聞き及んでます」
「そう。あの当時は名前なんて知ることさえ出来なかった。誰もがナンバーで呼ばれていたわ。
・・・私はN―58だったわね。彼はJ―48だった」
「誰の名前も・・・?」
「そう、あそこに居た人間は誰も人間として扱われなかった。代わりの利く実験動物でしかなかったわ」
「モルモット・・・」
「そうよ。誰も彼もがね・・・男性たちは直接肉体を操られ、私達女性は首から下の自由を奪われた。
そして、貴方たちに聞かせて良い話じゃないけど、奴らに遺伝子を調整されて、その子供を産ませる為
だけに生殖行為を、端的に言って交尾させられた」
あまりに直接的な表現に二人の顔が真っ赤になる。
「あ、あの、それってかなり直接的な・・・」
「・・・そうね。ごめんなさい。ちょっと直球だったわね。
・・・私達はそのとき時間の感覚さえ消え失せていたわ。半年以上過ぎた事を知ったのは
妊娠した私達のお腹が目立ちだしたあたりだった。
可笑しい事だと思うけどね、私たち女性陣で男性陣を憎んだり恨んだりしていたのは
一人も居なかったのよ?」
「え? でも、だって・・・」
「確かに無理矢理だった。抵抗さえ許されなかった。でもね、それは彼らも同じだった」
二人はその顔に疑問符を浮かべる。
「私達はね、自分達に宛がわれた彼らが血の涙を流しながら必死に抵抗しようとしている所を見ているの。
それを見た私達は、それぞれ相手に愛情を抱いたのよ。私達は望んで彼らの子を孕んだの」
二人は驚く。かつてが推測していた事とは真逆の真実に・・・
「そして、奴らは先に生まれた子供たちの事を聞いて研究を破棄、私達をまとめて始末するつもりだった。
だけどその時、数人の男性が奴らの支配を振り切って始末しようとした研究員を殺した。
そしてその時私達は体の自由を取り戻したの。そして逃げた」
二人はその続きを思い出して顔を曇らせる。
それを見ながら沙耶は続ける。
「もう少しで脱出できる時に奴が現れ、逃げ出した私達を一気に薙ぎ殺した。
生き残ったのは妊娠した女性が10人ほど。そして奴らは・・・!」
言葉の最後、それまで平坦だった言葉の最後に隠しきれない怒りが篭るのを二人は確かに感じ取った。
「凶悪にも程がある【爆弾】を私たちに仕掛けたのよ!」
沙耶はもう思い出すだけで湧き上がる怒りを抑えられなかった。
「あ、あの、爆弾って・・・」
「実際に爆発するわけじゃないわ。爆発時期ほぼランダムで、子供への愛情が憎しみに変換される
という最悪の時限式の後催眠だった!」
それを聞いた二人はようやく理解する。
母が息子を憎む理由。それさえも奴らによるもので・・・
「私が正気を取り戻したのはつい最近。それまでずっとあの子を憎んでいた。あの子への愛情が深いほど
に、向けられる憎しみも深くなっていた。あの子を殺すためにコマンドサンボさえ習得した」
「それって確か・・・」
「ロシアの軍式戦闘術じゃあ・・・」
そんなものどこで学んだのだろうかと不思議な顔をする二人をとりあえず無視。
「ところで・・・はどこに?」
「死んだわ」
「「・・・・・・・・・・え?」」
どこにもいないの居場所を聞いて、即答された答えに二人は硬直する。
「【】は死んだわ」
二人の表情が消え、怒りを通り超えた殺気が部屋中に充満する。
沙耶は冷や汗をかきながら表情に出さずに言葉を続ける。
「このまま此処にいてもらうと、また【爆弾】が炸裂してあの子を殺しに行きかねない。
だから、この世から消えてもらったのよ」
二人は沙耶の言葉に矛盾があるのに気づき、その真意を悟る。
はミッドチルダに!?」
「死ぬっていうんはこの世界に帰れなくする為!?」
沙耶は二人の頭のよさに満足げに頷く。
「こんな母親がいる世界にいてもらいたくないのよ・・・私はあの子を傷つけるだけだから」
その台詞の中にどうしようもない程の苦悩と葛藤を感じ取り、二人は泣きそうになる。
この親子は、あまりにも辛すぎる運命を持っていた。
「そういうわけだから・・・あなたのお仲間たちに伝えておいて。
あと・・・桃子先輩によろしく言っておいてね」
沙耶は立ち上がり、部屋を出て行こうとしながら彼女たちにとって予想外な名前を口にする。
「え?」
「それって・・・」
「学生時代の先輩なのよ・・・妹みたいに可愛がってもらったわ。
・・・あの人は私の事情を知ってるから」
「あ、あの! 桃子さんの旦那さんがのお父さんのお兄さんなんです!」
「お姉さんも来てはるし、挨拶に!」
二人の言葉に驚きながら、それでも沙耶は首を横に振る。
「ごめんね。私にはもう時間が無いの」
それだけを言って、沙耶は自分の家に帰ってしまった。
残された二人は沙耶の言った言葉の意味を正確に汲み取ってしまい・・・二人で
肩を抱き合いながら泣き崩れた。


泣き止み気を取り戻した二人は足取りも重く翠屋へ向かい、再び泣きそうになりながらも
かの親子の事情を仲間たちに話したのだった。
聞かされた皆は、あるものは怒り、あるものは泣き、あるものは無言で、ただただ悲しすぎる親子を想い
世の無常を儚んだ。


実家に帰った沙耶は自室で一人、ソファに座り窓から星空を見上げていた。
「まったく、最後にあの子に恨まれてから死のうかと思ったのに・・・」
彼女の息子は、最初から最後まで母を慕い続けていた。
そんな息子に何もしてやれなかったと、悔しげに呟く。
「ろくでもない人生だったけど、あの人と出会って、あの子を産んで・・・」
それでも彼女はこういうのだ。
それだけでも十分に幸せだったと・・・
「元気でね・・・絶対に・・・幸せに・・・なりなさい・・・」
息子の未来が幸せなものであるように願いを込めて呟く。


―迎えに来たよ沙耶。さあ、一緒に逝こう―
「はい・・・かず・・・おみ・・・さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



ゲンヤは客室に寝かせてあるの様子を見に来たとき、は窓の外を、星空を見ていた。
「どうしたんだ? 何かあるのか?」
「・・・・・・・・母さんが・・・逝った」
抑揚の無いの声に、そうなる事を知っていたゲンヤは黙り込んだ。
ようやく分かり合えた母子は、死の顎により永遠に引き離されたと、ゲンヤは悟った。
「・・・俺は、親不孝だな・・・母親が死んで、涙も出ないなんて・・・」
「覚悟は出来てたんだろう? それにな、悲しいとかそういう感情が強すぎるとな、
かえって泣けなくなるもんだ。俺も昔はそうだったよ」
部屋の外では少女が二人、心配そうに覗き込んでいる。
「これからどうする?」
「こっちの学校。・・・そうだな、魔法学校にでも入学しようか。専門学校だから
年齢は問われなかったよな?」
「ああ。女房が手続きしてくれてるよ・・・」
「名前を・・・【】はもういない。俺は・・・【不破】を名乗る」
「父親の姓を名乗るか。・・・そうするように伝えておく」
「ああ、よろしくな。」

こうして少年は故郷を離れ、新たな世界で暮らすようになった。
母の死を悲しむも、あの世で両親が幸せになっていると半ば確信している
自分の生を精一杯生きる事を両親に誓う。
その要になるだろう二人の少女は今、正確な移住先を聞き忘れておろおろしている
のだが・・・彼らは4年後、空港火災の現場で再会する事になる。


「さて、あいつらの為にも自分の為にも、自分が出来るだろう事を精一杯頑張りますか!」





後書き
母の理由と主人公のこれから。
暗部たちは子供を始末するために母親の手をもって行わせようとしていました。
生き残ったのは主人公とあと一人。現在ミッドチルダ在住。

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